「第三の男 The Third Man」 1949年

- キャロル・リード Carol Reed -

<映画の復興>
 第二次世界大戦が終わり、イタリアでは連合軍による解放が行われたのと同時に映画の撮影が始まり、そこからネオ・リアリズモの傑作が次々に生まれることなりました。こうして、イタリアは敗戦国でありながら映画の先進地になってゆきます。
 イタリアには遅れたものの、同じ時期イギリスでもネオ・リアリズモに負けじと映画の黄金時代が始ろうとしていました。
 巨匠デビッド・リーンの元祖不倫映画「逢いびき」(1945年)、ローレンス・オリビエの「ハムレット」(1949年)、パウェルとプレスバーガーの「赤い靴」(1948年)、「黒水仙」(1946年)、そしてキャロル・リードの「邪魔者は殺せ」(1947年)とこの「第三の男」。こうした、イギリス映画の活況には実はちゃんとした布石がありました。
 映画が誕生し、大衆文化として広がりをみせた1920年代、イギリスには映画産業といえるものはまだなく、アメリカ映画が完全にその市場を支配していました。それに対して、イギリス政府は1927年、自国の映画を保護するためイギリス映画を強制的に上映させるという保護政策を打ち出しました。もちろん、単なる保護だけでは良い作品が生まれるわけはなく、当初は安易なラヴ・コメディーばかりが作られていました。しかし、そんな中、アルフレッド・ヒッチコックが「下宿人」でデビュー。さらに1932年、ハンガリー出身の映画製作者アレクサンダー・コルダがロンドン・フィルムを設立。イギリス発の映画を撮り、海外にも輸出するための基盤をいち早く作りました。残念ながら、この動きは第二次世界大戦によって中断されてしまい、戦後しばらくコルダの活動は停滞してしまいますが、彼に代わってJ・アーサー・ランク・オーガニゼーションが中心となって、イギリス映画の黄金時代を築いてゆくことになりました。映画「第三の男」は、こうした戦後イギリス映画の黄金時代を象徴する作品といえるのです。

<映画の主役ウィーンの街>
 映画の舞台となったのは、オーストリアの首都ウィーンです。第二次世界大戦の開戦と同時にドイツと共に闘うことになったオーストリアは、ドイツが降伏してもすぐには独立国家の地位を取り戻すことができませんでした。(完全な独立は1955年のことになります)そんなオーストリアの首都を舞台に映画は展開するのですが、この混沌としたウィーンの街こそ、この映画の本当の意味の主役だったともいえるでしょう。特にこの映画の特徴である光と影の強烈なコントラストによって映し出された街の映像の美しさ、怪しさは、「第三の男」ハリー・ライムの人物像をそのまま投影しているともいえるでしょう。(この映画はアカデミー撮影賞(白黒)を受賞しています)
 もともとこの映画は、製作者のアレクサンダー・コルダが「終戦後のウィーン」を舞台にした映画のための物語を書いてほしいと、作家グレアム・グリーンに依頼したことで誕生した企画でした。

<キャロル・リード>
 この映画の監督キャロル・リード Carol Reed は、1906年12月30日ロンドンで生まれました。裕福な家庭ではなかったこともあり、彼は少年時代から舞台の俳優として活躍。その後、映画の世界に活動の場を移し、36歳で映画監督になり、「銀行休日」(1938年)、「星は見下ろす」(1939年)などを撮りましたが、ヨーロッパでの大戦が始ってしまいました。彼は戦場に行くことなく、戦意高揚のための映画制作に関わることになります。こうして作られたのが、ドキュメンタリー映画「真の栄光」(1945年)や劇映画「最後の突撃」(1944年)でした。戦争終結後、やっと本格的に映画製作の現場に復帰した彼は、自身の代表作となる傑作「邪魔者は殺せ Odd Men Out」(1947年)を発表しました。
 「邪魔者は殺せ」は、アイルランド独立運動のリーダーが強盗を行い警官に撃たれて死ぬまでの8時間をドキュメンタリー・タッチで描いた出世作で主役のジェームス・メイスンもこの作品で一躍有名になりました。続いて発表した1948年の「落ちた偶像 The Fallen Idol」(ラルフ・リチャードソン主演)もまた傑作で、「第三の男」はいよいよその頂点に達した作品となり、カンヌ映画祭でも見事グランプリを獲得しています。

<オーソン・ウェルズの存在感>
 この作品の主役は、オーソン・ウェルズの盟友でもあるジョセフ・コットンですが、やはり「第三の男」を演じたオーソン・ウェルズの演技、存在感がなければこの作品の魅力は半減していたでしょう。彼が真っ黒な影の中から登場する有名なシーンは何度見てもゾクゾクさせられますし、彼ならではの台詞にも魅力があります。例えば、この有名な台詞。
「イタリアではボルジア家三十年の圧政の下に、ミケランジェロ、ダヴィンチやルネッサンスを生んだ。スイスでは五百年の同胞愛と平和を保って何を生んだか。鳩時計だとさ」

 「混沌」こそが芸術の源泉であるという思いをこめて、この台詞が生まれたのでしょうが、もともとこの台詞は脚本にはなくオーソン・ウェルズ自身が考え出したのだそうです。彼にとって、この映画への出演は、自らの作品を撮るための資金づくりのバイトだったのでしょうが、それでもこれだけの仕事をしてしまうのですから、とんでもない才能です。彼の場合、当時アメリカで吹き荒れていた「赤狩り」の影響により、ヨーロッパへ追われていた状況になったのですが、それだけの才能に活躍の場を与えなかったアメリカ映画界は実に惜しいことをしたと思います。

<アントン・カラス>
 もう一人、この映画には重要な主役がいます。それは地元オーストリアを代表するチター奏者アントン・カラスです。
 この映画は全編チター演奏だけの音楽になっており、オープニングではチターの弦の部分だけが大写しになった映像が使用されています。ここまでこの楽器にこだわったのは、いかにこの音楽がこの作品にとってなくてはならないものなのか、監督自身が判断したからでしょう。そして、確かにこの映画の音楽は「映画音楽」というジャンルの枠を越えて、スタンダード・ナンバーのひとつになった感があります。しかし、多くのスタンダード・ナンバーが歌として残ってゆくのに対し、この曲のようにインストロメンタルとしてスタンダード化した例はそう多くはないでしょう。(他に思い浮かぶのは「禁じられた遊び」、「スティング」の「ジ・エンターテイナー」ぐらいでしょうか)

<キャロル・リードその後>
 キャロル・リードは、1952年映画監督として初めて「サー」の称号を受け、その後もイギリスを代表する監督として活躍し続けました。「二つの世界の男 A Man Between」(1953年)、「文なし横丁の人々A Kid for two Forthing」(1955年)、「空中ぶらんこ Trapeze」(1956年)、「ハバナの男 Dur Manin Havana」(1960年)そして、ミュージカル映画「オリバー! Oliver ! 」(1968年)では見事にアカデミー作品賞、監督賞、音楽賞などを受賞しています。1972年の作品「フォロー・ミー」(ミア・ファロー、トポル主演)も素敵な作品でした。
 イギリス映画の黄金時代を築いたキャロル・リードは1976年4月25日ロンドンの自宅で心臓発作のため死去、享年69歳でした。
 その頃、イギリスの映画界は不況の影響もあり、再び冬の時代を迎えようとしていました。

<ハリー・ライムは死んだのか?>
 ところで、ハリー・ライムは本当に死んだのでしょうか?
 戦後の混乱期、日本も含め世界各国で闇の商売によって富と権力を手に入れた「第三の男」たちが誕生しています。彼らは闇の存在として、その後も表に出ることはなく戦後の歴史を裏で操るり、隠れた存在(フィクサー)としてさらなる権力を身につけてゆきました。ハリー・ライム、迷える彼の魂は生き続け、今でも世界各地で戦争をしかけ、クーデターを起こし、テロ事件を裏で指揮しながら、さらなる「混沌」を生み出すことで新たな利権を獲得しようとしているのです。

「第三の男 The Third Man」 1949年公開
(監)(製)キャロル・リード
(製)デヴィッド・O・セルズニック、アレクサンダー・コルダ
(原)(脚)グレアム・グリーン
(撮)ロバート・クラスカー
(音)アントン・カラス
(出)ジョセフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリ、トレバー・ハワード、バーナード・リー


「悪魔の美しさ」(監)(脚)ルネ・クレール(出)ジェラール・フィリップ、ミシェル・シモン
オール・ザ・キングスメン〈監)(製)(脚)ロバート・ロッセン(出)ブロデリック・クロフォード、マーセデス・マッケンブリッジ
アカデミー作品、主演男優、助演男優賞
「オルフェ」(監)(原)(脚)ジャン・コクトー(出)ジャン・マレー、マリア・カザレス
「踊る大紐育」(監)ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン(ジーン・ケリー、フランク・シナトラ
「女相続人」〈監)〈製)ウィリアム・ワイラー〈出)モンゴメリー・クリフト、オリビア・デ・ハビランド(アカデミー主演女優賞
「サムソンとデリラ」(監)(製)セシル・B・デミル(脚)ジェシー・L・ラスキーJr他(出)ヘディ・ラマール、ヴィクター・マチュア
「情婦マノン」(監)アンリ=ジョルジュ・クルーゾー(ヴェネチア映画祭最高賞
「第三の男」(監)(製)キャロル・リード(原)(脚)グレアム・グリーン(出)ジョセフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリ
「チャンピオン」(監)マーク・ロブスン(製)スタンリー・クレーマー(出)カーク・ダグラス、ルース・ローマン
「頭上の敵機」〈監)ヘンリー・キング〈脚)〈原)バーン・レイ・Jr、サイ・バートレット〈出)グレゴリー・ペック、ディーン・ジャガー(アカデミー助演男優賞
「水着の女王」(監)エドワード・バゼル(脚)ドロシー・キングスレー(音)ジョージ・ストール(出)エスター・ウィリアムズ、レッド・スケルトン
「若草物語」(監)(製)マーヴィン・ルロイ(原)ルイザ・メイ・オルコット(出)ジューン・アリソン、マーガレット・オブライエン

映倫発足
二時間を越える映画の料金が50円に統一される

「青い山脈」(監)(脚)今井正(原)石坂洋次郎(脚)井出俊郎(出)原節子、杉葉子、池辺良
「女の一生」(監)亀井文夫(原)徳永直(出)岸旗江、沼崎勲
「森の石松」(監)吉村公三郎(脚)新藤兼人(出)藤田進、殿山泰司
「晩春」〈監)(脚)小津安二郎(原)広津和郎(脚)野田高梧〈出)原節子、笠智衆
「野良犬」(監)(脚)黒澤明(脚)菊島隆三(撮)中井朝一(出)三船敏郎、志村喬、淡路恵子
「破れ太鼓」(監)(脚)木下恵介(脚)小林正樹(出)阪東妻三郎、森雅之、宇野重吉
「忘れられた子等」(監)(製)(脚)稲垣浩(出)堀雄二、笠智衆、島村イツマ

<あらすじ>
 第二次世界大戦直後、友人ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)の招待でオーストリアのウィーンにやって来た売れないアメリカ人作家のマーチン(ジョセフ・コットン)は、到着早々ハリーが交通事故で死んだことを知らされます。葬式に出席した彼は、ハリーの死の現場に見知らぬ男がいたことを知ります。そこで彼は、その「第三の男」を調べ始めたところ、以外な事実が明らかになってきました。それは、ハリーがニセの医薬品を販売することで巨額の利益を上げ、そのため警察に追われソ連の占領地域に逃げ込んでいたことです。ところが、驚く彼の目の前に死んだはずのハリーが現れ、不気味な笑顔を見せます。その時、彼は自分が利用されていたことをやっと理解します。彼はハリーの逮捕に協力し、追い詰められたハリーは地下水道の中で警察によって射殺されました。

<1949年の出来事>
北大西洋条約機構(NATO)成立
東欧六カ国経済相互援助委員会(COMECON)成立
ドイツ連邦共和国、ドイツ民主共和国成立
毛沢東が主席となり中華人民共和国成立
ソ連、米軍が朝鮮半島から撤退
ソ連が核兵器保有を宣言
ビルマ、ラオス、カンボジアなど東南アジア諸国が独立
「東欧の社会主義は支配国ソ連による強制だったが、アジアの社会主義は違う。みのかかわらず、冷戦の時代にはこの二つがごっちゃにされていた」
「ロシアには一人の独裁者がいた。その後進性を新興国のアメリカは理解できずに見誤った。冷戦の時代とは、その結果でしかないのだ」

「二十世紀」橋本治
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