世界を変えることはできるのか?


「21世紀の資本」から

- トマ・ピケティ Thomas Piketty -

<21世紀経済学を変える本?>
 経済学の枠組みを越えて世界中の政治にまで影響を与えつつある話題の本「21世紀の資本」の著者、トマ・ピケティ Thomas Piketty 教授の講義をNHKEテレで放送しているので受講中です。(「パリ白熱教室」2015年1月~2月)さすがは話題の人だけあって、経済学に興味がなかった僕でさえひきつけられました。正直、僕は「経済学」には、「働かずにより多くお金を稼ぐための研究」もしくは「経済不平等の数学的考察」など、不毛なイメージしかもっていませんでした。
 しかし、彼の講義は、改革への意思が強く感じられていて、このサイトのテーマでもある「ロック・スピリット」満載です。そんなわけで、ここではピケティ教授の講義について、できるだけわかりやすく解説してみようと思います。
 彼の仕事についての評価で、「富の不平等が広がる傾向にある」というのは、今さら証明しなくても昔から誰もがわかっていたことで新発見でもなんでもない、というものがあります。でも、僕はそうは思いません。それは明らかだったかもしれませんが、論理的にそれを証明することはそれとは根本的に違う意味をもちます。すべての改革は、本質と現状を知るところから始まるのですから。彼の仕事こそノーベル経済学賞に選ばれるべきだと思います。
 ピケティ教授の言いたいことは実にわかりやすい!
富は黙っていると必ず集中し、不平等は拡散する。安倍さんがいうような富裕層の優遇により、富が貧困層まで降りてゆくという実例は過去にない。
人類は富の独占を防ぐため、何かの方策を用いなければならない。そのための画期的な発明として累進課税という方法があった。
 さて、ピケティ教授の理論はどこまで世界に影響を与えるのか?楽しみです。

<内容の概略>
 彼の講義では、まず第一回目に彼がその後教えようとしている講義の概要を大枠で説明しています。
「富の不平等とは?」
「富の不平等の歴史的変遷」
「なぜ富の不平等が生まれるのか?」
「これから先、不平等はどうなって行くのか?」
「どうすれば富の不平等を減らすことができるのか?」
 最終的には、どうすれば良いのか、という問題点にまで具体的に迫っていることが重要です。

 第二回目以降は、その補足的な講義としてより詳細に問題点を解説してくれています。というわけで、ここでは第一回の総論部分を中心に解説してみようと思います。第二回目以降の講義内容については、必要と思われる部分を随時追加しようと思います。もちろん、僕は経済学とは縁のない理系出身なので説明が不正確だったり不十分だったりする部分もあると思います。そこはご容赦下さい!
でも数式は出来る限り入れないようにしますので、数字が苦手な方も是非、ご一読下さい!
やはり最終的には、ピケティ教授の本を読んでいただければと思います。
パリ経済大学に入学するという手もあります。(学費は、成績や親の収入によって、無料にもなるみたいですから・・・)

<富の不平等とは?>
 先ずは、基本的なところから入りましょう。
「富の不平等とは?」
 いったいそれはどうやって評価すればよいのでしょうか?
 ピケティ教授は、この問題を具体的に数学的に把握するため、世界各国の納税データを収集し分析するところから研究を行っています。
 それぞれの国民がどれだけの税金を納めているのか?その収入に対する割合は?税金の支払額はどのぐらい個人差があるのか?
 それぞれの年代別データを分析すれば、国民の収入がどう歴史的に変化してきたのかがわかるというわけです。
 この分野の先駆者であるアメリカの経済学者サイモン・クズネッツは、1913年から行われるようになったアメリカの納税記録を用いて、アメリカ国民の収入を時系列的に追いかけました。「クズネッツ曲線」はそこから生まれたものです。
 それによると、アメリカにおける富の不平等は、当初は平等に近かったものの、経済的な発展と共に拡大しています。そのピークが1920年代「ジャズ・エイジ」の時期です。しかし、1930年の大恐慌以来、二つの世界大戦の間にはバブルの崩壊により、一気に不平等は減少しました。(スコット・フィッツジェラルドの文学はちょうどその大変動の時期に生み出されました)その結果からクズネッツは「資本主義経済は所得の不平等を拡大させるが、やがて自然にそれは縮小する」と結論づけたようです。(彼は当時のライバルソ連の共産主義に対し、資本主義の優位性を示したかったのでは、という解釈もあります)
 ところが、彼のグラフはあくまでも限られた時代だけのデータによるもので、実際にはアメリカの経済的不平等はその後、再び拡大することになります。さらにこうした問題は単に納税データだけから語れるかどうか?という問題もあります。(データがそろう国は未だにごくわずかであり、過去のデータがない部分は別の情報から推測するしかありません)さらに情報が増えれば増えるほど、その分析には膨大なデータ処理が可能な優秀なコンピューターの登場が求められます。
 実際、ピケティ教授の研究が可能になったのは、「ビッグデータ」を処理できる優秀なコンピューターの登場とインターネットによる情報収集が可能になったからでした。
<ジニ係数>
 富の不平等を示す係数として、「ジニ係数」があります。それは0~1までの数字で表わされます。0が完全な平等状態で、1に近ずくほど不平等ということになります。ただし、この係数は総合的な数字なため変化の原因を単純に特定することはできません。数値が一致しているからといって、同じ経済状況にあるわけではないのです。その状況は様々な条件が複合的に作り上げたもので、それは単純に結果の数値では示せないものです。

<文学が描く不平等>
 教授によれば、富の不平等の問題は、過去の文学の中にも描かれているといいます。それはデータが残されていない時代の状況を推測するのに重要な情報源となりうるといいます。前述のスコット・フィッツジェラルドの作品もそうです。講義で教授は、自国フランスの代表的文学者バルザックの有名な小説「ゴリオ爺さん」を取り上げています。
 1820年代のパリを舞台にしたこの小説で法律家を目指す優秀な主人公は、友人にこんなことを言われます。
「一生懸命勉強して法律家になっても稼ぎなんてたかが知れている。それよりも資産家の娘を見つけて結婚した方が確実かつ大きな収入が得られるはずだぜ」
 このセリフは今でも通用するかもしれません。しかし、今ならそんなすごい資産家の娘を見つけるよりも、勉強して大企業に入社する方が確実に稼げるのではないでしょうか?現代の日本が舞台なら、そう考えるのではないでしょうか?
 ではバルザックの描いた1820年代のパリ市民の描写は間違っていたのでしょうか?
 もちろん、そうではありません。彼は当時の社会状況を正確に描いていたはずです。
 フランス革命を前にしたフランス支配階級である貴族の人口比率はわずか1~1.5%にすぎなかったのですが、なんと彼らはフランス全体の資産90%を所有していました。そうなると、どんなに真面目に働いて資産を増やしたとしても、99%の一般庶民は残りの10%を奪い合うことしかできなかったのです。
 そう考えると、富の不平等が激しいと言われるアメリカはまだましのように思えますが、実際はどうなのでしょうか?

<ウォール街を占拠せよ!>
 2011年9月にニューヨークのウォール街で起きた抗議活動「ウォール街を占拠せよ!」は、何がきっかけだったのか?それは「リーマンショック」から始ったアメリカの金融恐慌の際、倒産しかけた証券会社を救済するために巨額の資金を投入した政府への反発から起きたものでした。
 もとはといえば、目先の利益をあげるために無謀な投資を薦めていた証券会社に責任があったにも関わらず・・・役員たちは巨額のサラリーを得ていたにも関わらず・・・投資させられていた人々には何も残らない・・・こうして生まれた不平等は恐慌によってもとに戻るのではなく、政府によってその責任者だけが救済されたのです。よくぞ、それで革命が起きないものです?
 では実際にアメリカにおける富の不平等はどの程度なのでしょうか?
 ここで教授は、その状況を分かりやすく説明するために、国民の総人口を収入によって3つに分けています。収入が高い上位10%、その下の中位40%、そして残る50%。この3つの階層の人々の収入の変遷を追うことで富の不平等を調べています。

<格差大国アメリカ>
 「格差大国」と呼ばれるアメリカも実は常に富の格差が大きい国だったわけではありません。なぜなら、アメリカはほぼすべての移民たちが資産ゼロからスタートし、当初はいくらでも土地を所有することが可能だったからです。しかし、その後、しだいに資産の集中が始まり、1930年に起きた世界恐慌の影響で資産の分散が一時的にあったものの、その後の二つの世界大戦の影響は他の国に比べると小さく、第二次世界大戦後アメリカは再び急速な経済成長をとげます。ところが、意外なことに、1970年代までは、格差がそれほど広がったわけではありませんでした。それは大恐慌以降、アメリカでは社会主義的な政策を導入した民主党による政治体制が富の集中を防ぐ防波堤になっていたからではないかと思われます。
 これまた意外ですが、富の集中が急激に進んだのは、アメリカが経済大国日本に追いつかれた逆境の時代でした。1980年代、強いアメリカを目指すロナルド・レーガンが政権をとり、大企業への優遇政策をとり始めたことがきっかけでした。それ以降、アメリカは急速に富の格差が拡大し続けているのです。けっしてそれはアメリカの経済発展と比例しているわけではありません。(安倍政権が主張する大企業の利益は全体の給与アップにつながるという考え方は、アメリカではまったく通用しなかったのです)
 年収で10万ドルを得ている人口で10%に当たる人々は、この時期に国民総収入の30~50%を占めていますが、そのうち1%(年収40万ドル以上)の人々が20%を占めているのです!(2010年)レーガン政権誕生前の1970年代、この数字はわずか7%にすぎなかったといいますから、その変化は歴然です。
 以下に、その具体的なデータをグラフ化したものを記しておきます。

<労働所得の格差の時代・地域別一覧表>(仕事をして得られる給料)
  ヨーロッパ
(スカンジナビア)
1970年代~
1980年代
ヨーロッパ
(EU圏)
2010年
アメリカ
2010年 
アメリカ
2030年
(推定) 
上位 10%  20%   25%  35%   45% 
(上位 1%)   5%   7%  12%   17% 
(上位 9%)  15%   18%  23%   28% 
中位 40%  45%   45%   40%   35% 
下位 50%  35%  30%   25%   20% 
ジニ係数  0.19  0.26   0.36   0.46 

 富の不平等は、資産所得(株や金利など資産が生み出す収入)については、より大きなものとなります。資産についての上位10%の人々は、国全体の総資産のうち70%を所有しているのです!このペースで格差が広がるとアメリカの不平等は、1910年のヨーロッパ並みの格差に達することになりそうです。これは大変な数字です。実際、多くの人々は財産など持たず、逆に借金という負の財産を持つ場合もあります。

<資本所得の格差の時代・地域別一覧表>(不動産や株、貯蓄などから得られる利益)
  ヨーロッパ
(スカンジナビア)
1970年代~
1980年代 
ヨーロッパ
(EU圏)
2010年 
アメリカ
2010年 
アメリカ
2030年 
ヨーロッパ
1910年 
上位 10%  50%  60%  70%     90%
(上位 1%)   20%  25%  35%    50%
(上位 9%)  30%  35%  35%    40%
中位 40%  40%  35%  25%     5%
下位 50%  10%   5%   5%     5%
ジニ係数  0.58  0.67   0.73    0.85

 意外なことに、1910年ごろのヨーロッパにおける富の集中は、貴族社会が存在していたからとか税金の不平等のせいだったわけではないといいます。もちろんその影響もあったのでしょうが、実はこの時代すでに多くの資本家は株式投資などにより、資産を大幅に増やす方法を用いるようになっていたといいます。その代表的なものとして、スエズ運河への巨額投資があり、これにより巨額の資産を得た資本家は多かったと言います。この頃、すでに海外への投資というグローバルな経済体制が生まれつつあったのです!
 戦争によって、それは一時的にストップしましたが、戦後それは再び動き出したわけです。

<総所得の格差の時代・地域別一覧表>(資本所得+労働所得)
  ヨーロッパ
(スカンジナビア)
1970年代~
1980年代 
ヨーロッパ
(EU圏)
2010年  
アメリカ
2010年  
ヨーロッパ
1910年 
上位 10%   25%  35%  50%  60%
(上位 1%)   7%  10%  20%  25%
(上位 9%)  18%  25%  30%  35% 
中位 40%  45%  40%  30%  25%
下位 50%  35%  25%  20%  15%
ジニ係数  0.26  0.36  0.49  0.58

<学力格差が生み出すさらなる格差>
 所得の格差を生み出す原因として、学力格差もまた大きな問題です。この問題は昔から存在していましたが、近年の科学技術、医療技術などの急激な進歩は技術者に今まで以上の知識と技術を求めるようになってきています。そうなると労働者は今まで以上に学力、専門的知識を求められます。それぞれの分野での専門家は、その分野において専門的な勉強を常に続けなければ対応できない時代になっています。そうなると、それ以前の段階、「読み書き」の時点で止まっている労働者に高い賃金の仕事がまわってくるわけはないのです。この現状は、今後さらに深刻化してゆくでしょう。
 当然、大学や専門学校もより優秀な人材を育てるために、教育レベルを上げ続けなければなりません。そのために大学は高額の授業料を必要とするようになります。そして必然的に高額の収入を得ている医師や実業家の子供たちでなければ、そうした学校に入学できないという状況が出来上がります。
「教育と技術革新の追いかけっこの理論」
 こうした状況について教授は、「教育と技術革新の追いかけっこの理論」と呼んでいます。現代の労働者を大きく高技能労働者と低技能労働者に分けると、その比率はその国の教育レベルによって違ってきます。
 教育レベルが高い国ならば、高技能労働者の人口が増え、彼らの賃金レベルは競争により下がります。逆に高技能労働者が増える分、低技能能動者は減ることになり競争が減ることで賃金レベルは上がることになります。したがって、教育レベルの向上は、高技能能動者と低技能労働者の間に賃金格差を縮めることになるわけです。したがって、学力の全体的な向上こそが、この問題を解決する方法ということになります。
 ヨーロッパの大学は優秀な生徒には無料で入学できる条件がととのっています。日本も市立と公立の学費レベルの差はそう大きくはありません。しかし、アメリカはそうではありません。アメリカの名門ハーバード大学は年間の授業料に5万ドルは必要です。奨学金制度はあるものの生徒の親の年収は平均で45万ドルだといいます。そのため多くの貧しい家庭の子供たちは、奨学金が受けられない場合、兵役についてその後、大学に通う制度を利用することになります。(ロバート・レッドフォードの隠れた名作「大いなる陰謀」の主人公もこうした問題から兵士となり、悲劇的な結末を迎えることになります)

<富の不平等はどう変化するのか?>
 今後、富の格差はどうなってゆくのでしょうか?それついて予測するための数式について教授は説明しています。
 国民の総所得に占める資本の割合が高いとは、「働かずして得られる財産」をより多く持っているということです。ではその国の「お金持ち度」ともいえるこの数値は、どんな条件で変動するのでしょうか?

 ここではこの「国民総所得に占める資本所得割合」αとします。するとこのα=γ(資本の収益率)×β(資本所得比率)と表すことができます。
 γ(資本の収益率)とは手持ちの財産を使ってどれだけ稼げるか?という比率です。(例えば、株の配当や貯金の利子など)
 β(資本所得比率)とは、総所得に占める資産の割合のことですが、この数値はもうひとつ別の見方によると、貯蓄率(s)と経済成長率(g)の比率で示すこともできます。
 β=s/g
 これはどういうことかというと、貯金が多いほど所得に占める資本所得が増えるということであり、逆に経済成長率が高ければ利子や株の配当よりも企業活動などで利益をあげた方がもうかるため資本所得の比率は低くなるということを示しています。
 したがって、α=γ×β=γ×(s/g)と表せます。
 ここでγ(資本の収益率)は、お金を預けて得られる利子や株の配当ですが、これは時代によってそれほど大きく変動する数値ではありません。なぜならそうした利子や配当は多少の変動はあるものの、企業活動の成功や革命的な大発明のように大きく変動することはないからです。
 s(貯蓄率)は戦争や大災害などにより大きく変動することがあっても、世界レベルではそう変化することはありません。
 では、g(経済成長率)はどうでしょうか?この数値を変動させる条件として重要な「人口の変動」については、21世紀まで常に増え続けてきました。すなわち、ここまでは常に+傾向の条件が続いていたわけです。しかし、地球全体の環境、食糧、水、エネルギーの容量に限界がみえていることから、これから先は人口が増え続けるとは考えられません。実際、日本やヨーロッパの一部の国では人口が減り始めています。さらにこの値を左右するものとして「生産効率の改善」があります。これは「電気」の発明が世界を大きく変え、それまでにない便利な状況を生み出したことで経済を大きく成長させたことが理解しやすいでしょう。ただし、こうした大発明は20世紀以降ほとんどありません。この二つによる経済成長率は、過去300年間を平均するとわずか1.6%の上昇にすぎないのです。したがって、経済成長率が減少傾向になると考えるのが妥当でしょう。
 そうなると、γはそのまま、sもそのまま、gだけがマイナス傾向となると、結果的にα「国民総所得に占める資本所得割合」は上昇することになるわけです。ここでもし「リーマンショック」によってストップがかかっていた「金融の自由化」が再び進むことになると、γは+に転じることになり、さらにαは上昇することになるでしょう。
 こうして、「富の不平等」を数式化してみると今後の世界では確実に不平等が進むと考えられるのです。

<格差を小さくするには?>
 ではこれから世界の富の不平等を小さくするためには、何ができるのでしょうか?
 教授は、それに対し、「より具体的な方策として「所得と資産に対する累進課税制度の見直し」をあげています。というか、これしかないということのようです。(「共産主義」社会は、20世紀に実験に失敗していますから・・・)もし、まったく新しい方法を見つけられたら、文句なしにノーベル賞間違いなしでしょう!
 ただし、これを有効に機能させるためには、やらなければらない事があります。
<オフショア(海外)資産の把握>
 国境を越えた広い範囲であらゆる金融機関の情報を開示させる必要があります。企業のグローバル化やスイス銀行のように秘密主義の企業は、金融犯罪の温床になるだけでなく、資金の正確な流れを不明確にすることで個人資産の把握を困難にさせるからです。
 正確に状況を把握して初めて、累進課税を平等に行うことができるということです。さらに危険な金融商品への規制も必要になるでしょう。(もし再び「リーマンショック」のような状況が起きても証券会社に公金を投入することは問題外です)
 もちろんこれ以外にも方法があるかもしれません。そのために経済学という学問が存在するのですから。それに画期的な大発明が世界を変える可能性もあります。画期的な新エネルギーの開発もあるかもしれません。可能性は他にもあるはずです。
 100年前、どの国にも所得税というものは存在しませんでした。その発明は人類にとって画期的な発明だったといえます。この優れた発明を有効に活用することが再び求められているのです。
 世界はまだ変えられるはずです!

<追記>
<資産蓄積のモデル>

 資産はどんな考え方、どんな目的で蓄えられるのか?そのモデルにより、社会が蓄える資産の全体像をとらえることが可能になるはず。そこで経済学の世界では様々な資産蓄積のモデルが考えられてきました。
<予備的貯蓄モデル>
 人々は、将来の不安を解消するために貯蓄すると考えたモデル。
 合理的なモデルとも思えるが、これだけでは一定以上の資産蓄積はおこらず、資産格差を生み出す原因には成り得ない。
<ライフサイクル・モデル>
 人々は、老後の生活の為に貯蓄を行い定年後はその資産を使い切り人生を終えるというモデル。資産は定年まで増え続け、そこからゼロへと減少する。
 このモデルが正しければ、社会全体の資産変化を個人個人の資産の三角形面積を積算することで推測できる可能性がある。
 このモデルは人口や寿命の変化によって大きく変動すると予想される。
 ただし、このモデルのように国民が資産を蓄積している国はどこにもない。
 このモデルには、財産の相続が含まれず、ゼロからのスタートもゼロでの終わりも、現実にはあり得ない。
<王朝モデル>
 資産を貯めこんで、最後には次世代に残す。
 これはかつて貴族社会全盛の時代には当然のモデルでした。しかし、これはごく一部の人々にしか通じないモデルです。
<ランダム・ショック・モデル>
 現実に起きる事件などによる変動を考慮するモデル。
 社会的な大事件だけでなく、家族構成や寿命、給与の変化など考慮することは様々。
 現実のモデルは、「ライフサイクル・モデル」と「王朝モデル」の間にあり、そこにランダム・ショックの要素を加えることでそれなりのモデルになると考えられます。 

<参考>
NHKEテレ「パリ白熱教室」トマ・ピケティ教授の講義より

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