- ティル・ブレナー Till Bronner -

<ジャズ界の新星>
 ティル・ブレナーは、ジャズの王道にこだわる昔からのファンの間ではあまり知られていないかもしれません。なにせ、ジャズの黄金時代から遥か遅れて1990年代に登場したミュージシャンであり、かつ白人、そのうえドイツ人という特殊性は、それまでのジャズ・ファンにとってはまさに異色の存在といえます。しかし、彼の成功はある意味ジャズが世界共通の音楽になったことの証明だともいえます。彼は、ドイツのジャズ・ミュージシャンとして、最もアルバムを売ったアーティストになり、「チェット・ベイカーの後継者」と呼ばれる存在となりました。これは、ドイツのジャズ界にとっては画期的なことといえます。しかし、彼の成功は単にジャズを演奏していて得られたものではなさそうです。それは彼が、その才能をかし様々なジャンルの音楽をこなしたからであり、トランペット以外に歌、それに作曲や編曲、ラジオ・パーソナリティーなどの分野でも活躍したおかげだったともいえます。かつて、クラシック音楽が天才音楽家たちに支えられて多くの傑作を生み出したように、ジャズの分野もまたアカデミックな教育を受けた天才たちが活躍する場になりつつあるかもしれません。
 クラシック出身で天才といわれた彼のような存在は、まさにそんな新しいジャズの時代を象徴する存在のような気がします。

<クラシックからジャズへ>
 ティル・ブレナー Till Bronner が生まれたのは、1971年5月6日ドイツの西の端に位置するフィールゼンという町でした。その後、彼はイタリアのローマで育ち、両親ともに音楽家のもとで9歳にはトランペットを吹き始めていたといいます。当初はジャズではなくクラシックの楽器としてトランペットを吹いており、数々のコンテストで優秀な成績をおさめています。しかし、13歳の時、彼の両親がルイ・アームストロングチャーリー・パーカーのレコードを聞かせてくれたことで彼の人生は大きく変わることになります。それまで聞いていたクラシック音楽とはまったく異なるファンキーで時にエロティックなジャズのサウンドに彼は衝撃を受け、クラシック音楽の勉強を続けながら、ジャズ・トランペットの演奏を始めるようになりました。
 15歳になると、彼はジャズ・オーケストラに最年少のメンバーとして参加。ジャズのコンテストに出場し、見事に優勝。天才ジャズ少年としてその名を知られることになります。ケルン大学でトランペットを専攻した後、彼は20歳で名門のホルスト・ヤンコフスキーのジャズ・オーケストラに入団。プロのジャズ・ミュージシャンとしての活動をスタートさせます。

<若きバンド・リーダー>
 1993年、22歳になった彼は、いよいよ初のリーダー・アルバムを発表します。アルバム・タイトルは、「ジェネレーション・オブ・ジャズ Generation of Jazz」。遅れて来たジャズ界のヒーローらしいタイトルでしたが、レイ・ブラウンなどの大御所を迎えたこのアルバムは多くのジャズ・ファンから高い評価をえます。さらに彼は1996年には、クラシックの交響楽団と共演を行いジャズの枠を越えたアルバム「ジャーマン・ソングス」を発表。その存在は、音楽界全体に知られるようになります。そのアルバムで初めて披露したヴォーカルも好評で、彼のスター性は海外からも注目されるようになり、ついにジャズの名門レーベル「ヴァーヴ Verve」との契約が実現します。

<メジャー・デビュー>
 メジャー第一作のアルバム「ラブ 1999's」(1998年)は、世界各国で発売され、日本でも彼の名が知られるようになりました。(スウィング・ジャーナル誌のゴールド・ディスクに選ばれています)しかし、彼の名が世界中で知られるようになったのは、2000年発表のアルバム「チャッティン・ウィズ・チェット Chattin' with Chet」のヒットからでしょう。彼にとって、最大の英雄のひとりだったクール・ジャズを代表するトランペッター&ヴォーカリストであるチェット・ベイカーは、1988年にこの世を去っていました。しかし、彼はその伝説のアーティストとデジタル技術による共演を行い、大きな話題となりました。そして、彼はこの頃つけられた「チェット・ベイカーの後継者」という枠に収まることなく、その後も新たな挑戦を続けて行きます。
 その活動の幅の広さは、共演してきたアーティストの名前からもわかります。ジャズ界の大御所、レイ・ブラウン、デイヴ・ブルーベック、ジェフ・ハミルトン、デニス・チェンバース、マイケル・ブレッカー、トニー・ベネット。それにフュージョン界のパット・メセニーやP−ファンクの指導者ヴーツィー・コリンズ、R&B界のチャカ・カーンやナタリー・コール、それにターン・テーブルを操る新しい時代のDJたちやベルリン・フィル・オーケストラのメンバーたち。
 チェット・ベイカーよりイケメン。ジャズだけでなくクラシックの素養も持つ天才。演奏だけでなく作曲、編曲もこなすマルチ・ミュージシャン。文句なしにスター性をもつジャズ界期待の星が、ヨーロッパのそれも英語圏ではないドイツから登場したというのも、またジャズの新しい時代を表しているのかもしれません。

<お奨めのアルバム>
「ジェネレーション・オブ・ジャズ Generation of Jazz」(1995年)Minor Music
 大物ベーシスト、レイ・ブラウンを迎えての初リーダー・アルバム。まだ、トランペット一本で勝負していた彼は、新人ながら大物のバックを従えて力いっぱい吹きまくっています。そのうえ、このアルバムではオリジナル曲(「Ku'Damm1:30」なども発表しており、その才能の豊かさを早くも見せています。

「ジャーマン・ソングス German Songs」(1996年)Minor Music
 オーケストラとの共演により、ジャズとクラシックの共演を実現。母国ドイツの曲を演奏し、新しい面を見せた秀作です。

「チャッティン・ウィズ・チェット」(2000年)Verve
 このアルバムで、共演したチェット・ベイカーとは、1940年から50年代にかけてウェストコーストを中心に一大ブームとなったクールジャズ界を代表するトランペッター&ヴォーカリスト。麻薬に溺れ、ボロボロになりながらも演奏を続けた破天荒な生き様はドキュメンタリー映画「Let's Get Lost」として公開され伝説となりました。
 アメリカのアーティストではなくドイツのそれもクラシック畑出身の天才トランペッターが、人間失格的アーティストであるチェット・ベイカーを目指すというのも、ある意味次代の流れを感じさせます。

「リオ・ボサノヴァの誘惑 Rio」(2008年)ユニヴァーサル
 ブラジル音楽に挑んだ意欲作。アニー・レノックス、ミルトン・ナシメント、セルジオ・メンデス、マルコス・スザーノ、パウリーニョ・ダ・コスタなど豪華なミュージシャンとの共演による作品。クロスオーヴァー志向のブレナーらしいアルバム。今回のライブでも、このアルバムから「Cafe com Pao」が選ばれ、演奏されています。

映画「JAZZ SEEN/カメラが聴いたジャズ」(2001年)(同名タイトルのサウンドトラック盤もあります)
 ジュリアン・ベネディクト監督によるドキュメンタリー映画。50年代以降のジャズ・ミュージシャンたちの写真を撮り続けたカメラマン、ウィリアム・クラクストンの半生を描いた作品。ブレナーは、この映画のための演奏やオリジナル曲の提供、それにプロデュースも彼が担当しています。ジャズ・ファン必見の映画です。

<ライブの見所>
 彼のライブの見所は、そのトランペットとヴォーカルの見事な融合にあるといえるかもしれません。ミュート・トランペットと囁くようなヴァーカルが交互に入れ替わる展開は実に自然で、トランペッターの多くがヴォーカリストとしても有名になっている必然性を感じさせます。
 彼の場合は、ソウルフルに歌わない分、ボサ・ノヴァやレナード・コーエンのようなシンガー・ソングライターの歌にフィットするようで、ライブでの選曲もそうした曲になっています。ちなみに、彼の歌声は1970年代に「イヤー・オブ・ザ・キャット」などのヒットでブレイクしたシンガー・ソングライターのアル・スチュアートにそっくりです。いや、それよりもマイケル・フランクスの方が似ているかも・・・。どちらにしても、ソウルフルというよりは、クールなボサ・ノヴァ系ジャズにぴったりの声だといえるでしょう。おまけに、エリック・クラプトン風の良い男なんですから、人気が出ないわけはないでしょう。

<参考>
「ジャズ批評ブックス- Jazz トランペット-」より
「アマゾン英語版ホームページ」より

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