「ティンカーズ Tinkers 」

- ポール・ハーディング Paul Harding -

<緻密で難解な物語>
 正直、かなり難解で読みづらい物語です。ハワードとジョージという二人の人物の記憶とハワードが書いたらしい不思議な文章、それと十八世紀に書かれた時計修理の手引書からの抜粋。それらの文章が説明も見出しもないまま、入れ替わりで登場し、物語の全体像がなかなか見えてきません。それもそのはず、著者自身、この小説はバラバラに書き上げたいくつもの文章を、細密部品を組み上げるようにして一つの長編小説に仕上げたものなのです。
 是非、あせらずに最後までお読みください。そうすれば、少しずつこの小説が見事に組み上げられた工芸品のような作品であることが明らかになるはずです。そして、ラストにはきっと、ぐっときてしまうはずです。
 もちろん、ここではその感動のラストについては書きませんが、読み出すにあたり、「あらすじ」も兼ねた解説を書いてみようと思います。

<あらすじ>
<死の淵のジョージ>
 主人公のジョージ・ワシントン・クロスビーは、退職後に機械式時計の修理業を営んでいましたが、80歳を過ぎ癌に侵されて死の床についていました。いよいよ死の瞬間が近づいて、痛み止めの薬物のせいもあり、彼は朦朧とした意識の中、様々な幻覚を見始めます。

 ジョージ・クロスビーは死の床でさまざまなことを思い出したが、順序は思いどおりにはいかなかった。人が死ぬときにはそうするのだろうと彼がずっと思っていた、自分の人生を見つめ、吟味する営為とは、移ろう塊を、旋回し、渦を巻いて描きなおされるタイルのモザイク模様を目にすることだったのだ。

 そんな状況で、もっとも彼が見たかった過去の思い出は、彼がまだ子供だった頃に行方不明になった父親ハワードの記憶でした。

 死の床に横たわりながら、ジョージはもう一度父に会いたいと思った。父の姿を思い浮かべたかった。意識を集中して過去に遡ろうとするたびに、今この時から遠くむこうへと深く掘り下げようとするたびに、痛みが、物音が、シーツを取り換えようと彼を左右に転がす誰かが、癌に侵された腎臓から粘り気を増して黒ずんだ血液のなかへと漏れ出す毒素が、彼を衰弱した体と混乱した意識へと引き戻してしまうのだった。

<父親ハワード>
 主人公のジョージが生まれたのは、1915年メイン州のウェストコープ。その頃、父親のハワード・アーロン・クロスビーは、荷馬車に様々な雑貨を積んでそれを移動販売する仕事をしていました。さらには便利屋として、その家の雑用もこなしていましたが、田舎の農家ばかりが相手では稼ぎはたかがしれていました。
 そうして厳しい経済状況の中にも関わらず、彼は結婚し子供を4人育てる責任を負っていました。そのうえ、彼にはもうひとつ大きな重荷がありました。それは子供の頃から「てんかん」に悩まされていたことです。当時「癲癇(てんかん)」という病は、原因不明の不治の病気で精神病のひとつと考えられていました。そのため、家族は大変な負担を強いられていました。彼は力が強かったこともあり、一度発作を起こすと、物を壊すだけでなく、自らの命までも危険に追い込む怪我を負うこともたびたびでした。(現代では、薬によってその症状を抑えることができますが、それでもその薬を飲み忘れたために事故を起こすという悲しい事件も後を絶ちません)

 ・・・やってくる発作の前兆、チリチリするようなうずきは、稲妻ではなかった - それは稲妻が前へ押し出す加熱された空気だった。実際の発作は稲妻が肉に触れたときの、あまりに微細でほとんど無に等しい、ほぼ実体のない瞬間のことなので、そのまえもなければあともなく、結果Bを導く原因Aというものもなく、ただ単にBがあるだけで、あいだにそのときはなく、ハワードは意識のない純粋なエネルギーになるのだった。それは死とは反対のものか、あるいは死と少しばかり同じだが違う方向からのもののようだった。空にされたり、消されて自分が無となるのではなく、ハワードはあふれるほど満たされ、圧倒されて同じ状態になるのだ。死が同じ状態となるのだ。死が人としてのある境界を下回るということならば、彼の発作はそれを一挙に飛び越えるということだった。

 あるクリスマスの夜、ハワードは初めて子供たちの前で発作を起こし、ディナーをメチャクチャにしただけでなく息子ジョージの指を危うく噛み切るまであばれてしまいます。ハワードの妻は、この事件で子供たちに危険が及ぶことを恐れるようになり、ついに彼を精神病院に入れる決意を固めます。彼もまた妻が精神病院について調べていることを知り、自ら家を出る決意を固めます。そして、自分の父親もまたかつて彼が子供の頃に突然家を出たことを思い出しました。
 ハワードの父親は牧師でしたが、精神の病に侵され、しだいにまともに説教を行うことができなくなり、子供たちに秘密で精神病院に預けられていました。(アルツハイマーだったのかもしれません)彼の癲癇の発作は、当時行方不明になった父親を探そうと一人で森の中に迷い込んだときに初めて起きたものでした。
 ジョージは、そうした父や祖父の苦悩を知らずにいましたが、死の淵にいる彼は少しずつ現実の世界から別の世界へと移りつつあり、かつて一度だけ父親の訪問を受けたときの記憶をよみがえらせつつありました。

<時計職人という仕事>
 「時計(機械式)」ほど、「人生」を暗示する人工物はないかもしれません。様々な歯車が組み合わることで正確に時を刻む時計は、時に人生そのもののように思える場合があります。時折小さなトラブルによって、時の流れは止まってしまいますが、優れた時計職人ならそれをすぐに元に戻すことができます
 そんな「時計職人」のハワードと、どんなものでも修理する「便利屋」のハワード、そして「心の修理人」だった牧師の祖父。三世代の物語は時を越えて、ジョージの夢の中で絡み合い、それぞれの死の瞬間に交差することになります。
 あの名作「めぐり合う時間たち」は、女性たちの人生が時を越えて出会う物語でしたが、こちらは男たち親子三世代の人生が時を越える物語なわけです。

<著者・ポール・ハーディング>
 この物語の主な出来事は、著者であるポール・ハーディング Paul Harding の身の回りで起きた実際の物語でした。彼の曽祖父が実際に「癲癇」で、妻に病院に入れられることを知って家を出たという事実は、まさに物語の中心になっています。彼は1967年マサチューセッツ生まれで、大学時代に結成したロックバンド、コールド・ウォーター・フラッドのドラマーとして2年間活動した後、大学にもどって創作コースで学び、教師として働きながら本書を書き上げました。
 ところが、書き上がった原稿は出版社に受け入れてもらえず3年近くお蔵入りしていたといいます。出版されるきっかけとなったのは、ニューヨーク大学医学部の非営利出版局が「癲癇」の主人公を描いていることに注目してくれたことでした。もちろん出版後の広告などなく、それが売れるとは誰も思ってはいなかったようです。ところが、出版後、口コミでこの本の人気が高まり、販売部数はマイナーの出版社にも関わらず異例の1万部に達し、さらにはピューリッツァー賞まで獲得してしまいました。まるで夢のような話で、ここに描かれている親子3世代の物語に続編が書き加えられたかのようです。考えてみると、小説家という仕事もまた、「言葉」という小さな歯車を組み合わせることで、「物語」というひとつの「人生」をつむぎだす職業だといえます。
 少々こんがらがった物語ですが、あなたもその物語を著者とともにつむいでみてはいかがでしょう。「読み解く」という行為もまた読書の楽しみであり、それが解けた時に見えてくる風景、感動はわかりやすいエンターテイメント小説とはまた異なる魅力があるはずです。

「ティンカーズ Tinkers 」 2009年
(著)ポール・ハーディング Paul Harding
(訳)小竹由美子
白水社

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