懐かしき昭和の風景と漫画界の伝説

映画「トキワ荘の青春」

- 市川準 Jun Ichikawa と昭和の漫画家たち -
<静かで懐かしい昭和の映画>
 静かで懐かしい昭和の映画です。製作されたのは、1996年で平成、21世紀直前ですが、リアリズムにこだわることで、この映画の世界は冷凍保存されたように「昭和の日本」が閉じ込められていて、古くなることはないでしょう。
 1950年代から1960年代にかけて、高度経済成長が始まろうとする日本。
 東京の喧騒から離れた北のはずれに建つアパート「トキワ荘」を舞台にした青春群像は、けっして特殊なものではなく誰もが懐かしい昭和のドラマでもあります。
 たぶん50年後に見ても、我々が今小津安二郎の「東京物語」を見るように、新鮮にこの作品を見ることができるはずです。
 日本の漫画史を変えた男たちの物語は、一見地味ですが、彼らの作品を読んで育ち、その物語に魅了された人々には、実に興味深いドラマの連続です。
 じっくりと「古き良き昭和の世界」をご堪能ください。
 そして今は亡き市川準監督のご冥福をお祈りください。

<トキワ荘という奇跡の場所>
 生物学において、ある生物種が急激な進化をとげて新たな種を生み出すための条件がいくつかあります。(進化のきっかけ)急激な環境変化はその代表的なものです。さらにその変化の中にある種の閉鎖空間がさらなる時、そこに閉じ込められた生物たちの間で生き残るために急速な進化が起きると考えられます。狭い空間で環境からの圧力を受けながら限られた範囲での交配を続けることで、突然変異種が生まれ、それが生き残ることで種として確立されるという進化の流れです。
 この進化の加速装置は「文化」についても当てはまると僕は思っています。
 1920年代のパリは、世界中のアーティストたちが刺激を求めて集まる芸術の都でした。ピカソ、スコット・フィッツジェラルド、ヘミングウェイ、エリック・サティ、ディアギレフ、ケインズ、ガートルード・スタイン、マン・レイ、ジョセフィン・ベイカー、ジャン・コクトー、ニジンスキー、ココ・シャネル、ルネ・マグリット、アンドレ・ブルトン、ルイス・ブニュエル、コール・ポーター、藤田嗣治・・・
 1960年代末のサンフランシスコはサイケデリック・ムーブメントの聖地として多くのカルト・ヒーローを生み出しました。
 1970年代半ばのロンドンとニューヨークのクラブは、多くのパンク・バンドを生み出しました。
 1960年代末の東京・六本木のキャンティーのように店単位で多くのアーティストを生み出した場所もあります。
 逆に考えると、それぞれのアート・ジャンルにおける革新的なムーブメントのほとんどは、限られた範囲に集まった限られた天才たちの個性のぶつかり合いによって生まれたといえます。思うに、「日本」という国は、もともと位置的、形状的、政治的に閉鎖された空間だったため、こうした進化が起きやすい土地だったのではないでしょうか。
 そして、そんな日本的閉鎖空間の象徴的な存在として、この「トキワ荘」があるわけです。(すべての部屋が四畳半というこれぞ昭和の日本といった作りになっていました)
 わずか10部屋の空間に集まった新進漫画家たちの顔ぶれを見ただけでも、この場所が日本漫画界、というより世界のマンガ界にとって、聖地であり、「進化の加速装置」であったことがわかるはずです。
 藤子不二雄、石森章太郎、赤塚不二夫、つのだじろう、寺田ヒロオ、鈴木伸一、森安直哉、水野英子、手塚治虫(トキワ荘OB)

<漫画家たちの青春時代>
 この映画は、伝説のアパート「トキワ荘」にカメラを据え、そこで起きた若き漫画家たちの様々なエピソードを再現することで日本漫画の青春期を我々に見せてくれます。そんな漫画家たちの青春時代を演じているのは、漫画界ではなく演劇界の若者たちです。
 映画監督として後に映画版の「ゲゲゲの女房」を監督することになる鈴木卓爾。「大人計画」「グループ魂」のメンバーとして活躍を始めたばかりの阿部サダヲ。劇団・新感線など関西の劇団で活躍していた古田新太と生瀬勝久。流山児事務所などで現在も活躍する舞台俳優さとうこうじ。「寿歌」などで有名な劇作家・演出家の北村想。すでに大物だったのは、シティボーイズのきたろう。「ゆきゆきて神軍」や「全身小説家」などの監督でドキュメンタリー映画界の大御所、原一男
 それぞれの俳優たちが、その後、それぞれの道を歩んで活躍すること、そして、その映像を撮った監督がもうこの世にいないことを思うと、エンドロールのモノクロ映像を見ていたら、泣けてきました。漫画家たちの青春時代へのオマージュでありながら、この映画は昭和を生きたすべての人々の青春時代を思い起こさせる懐かしさに満ちています。
 「Always 3丁目の夕日」もまた、昭和の青春時代へのオマージュでしたが、、その作品ではCGを用いることで、当時の街並みを見事に再現。それによりスケールの大きな「昭和日本」を画面に映し出しました。1996年にはそんなCG技術もなく、市川監督は「昭和日本」の姿をあくまでも実写で再現することにこだわりました。どのカットも、「昭和」に見える背景ばかりで、衣装、小道具、内装には徹底したこだわりが感じられます。その分、スケールの大きな映像はないものの、もともと四畳半の部屋が主な舞台なので、それはどうってことはないでしょう。けっして観客に「昭和」への違和感を感じさせないように作り込んだ映像は、音楽でもこだわりをみせています。
 この映画で使用されている昭和歌謡のスタンダード曲は、灰田勝彦の「燦めく星座」(1940年)「東京の屋根の下」(1949年)、霧島昇「胸の振り子」(1947年)といずれも1940年代の曲ですから、当時のヒット曲というわけではないのでしょうが、スタンダード曲として彼らが愛唱する曲だったのでしょう。

<寺田ヒロオとトキワ荘>
 この映画の主人公、寺田ヒロオは、貸本漫画の時代から、新しい漫画雑誌の時代へと橋渡しをした漫画家として、若手の世話役的存在としての役割を果たしました。古き良き少年漫画の世界にこだわり続けたため、1970年代に入り漫画界の主流から消えてしまいます。彼がこだわり続けた「少年漫画の世界」こそが「トキワ荘の世界」なのかもしれません。そんな「トキワ荘の青春」をフィルムに収めたこの映画もまた「古き良き昭和の映画」なわけです。それはまるで小津安二郎監督の名作「東京物語」の世界を思わせる静かで清らかな昭和日本の美徳に満ちています。(ちなみに「トキワ荘」の時代は、小津監督はまだまだ現役バリバリでした)
 21世紀直前の1996年に撮影された「最後の昭和日本の肖像」は、どのカットにも昭和の香りが息づいています。「トキワ荘の廊下」、「アパート前の田舎道」、「四畳半の狭い部屋」、「河原の野球と相撲」、「石畳の階段」・・・どれも市川準ならではの計算された美しい映像で「昭和日本の写真集」を見ているようです。
 そこで演じられる漫画界の伝説となった様々なエピソードの数々は、その後の漫画界の歴史を変えることになります。
 トキワ荘で芽が出なかった赤塚不二夫のギャグマンガのセンスに気づき、その後押しをした石森章太郎の貢献。
 トキワ荘で石森章太郎と同居していた姉が病死。彼女の存在はトキワ荘のメンバーにとっても大きな存在で、後に石森は彼女を「幻魔大戦」で主人公の姉として登場させています。
 トキワ荘をいち早く出た手塚治虫は、その後、トキワ荘のメンバーたちに追いあげられることで、新たな世界を生み出すことになります。
 トキワ荘のメンバーではなかったものの、寺田とも関係があったつげ義春は、寺田よりも早く漫画界の変化から取り残され、その後、まったく異なる漫画の道を歩むことになります。

 ある若者たちが、ある時代に、ある空気を共有して生きていた、ということ、そして、そこに「青春」と呼んでいい、あらゆるぬくもりや、心細さや、嫉妬なんかがちゃんと存在していた、ということ。その濃密な「時間」が描かれなければ「映画」を作る意味なんてない、と思いました。
市川準(「トキワ荘の青春」撮影前、候孝賢監督の「戯夢人生」を見た後の言葉)

<トキワ荘との別れ>
1954年、手塚治虫は1951年には「鉄腕アトム」を発表。人気作家となり、最初にトキワ荘を出ています。
1956年、鈴木伸一はトキワ荘を出て、動画制作・演出の分野で活躍するようになり、「怪物くん」、「おそ松くん」、「パーマン」などの作画監督を務めます。
1956年、森安直哉は逃げるようにしてトキワ荘を去りました。それでも彼は様々な仕事を続けながら、漫画を描き続けますが、ほとんど発表されることはありませんでした。
1957年、寺田ヒロオは結婚し、トキワ荘を出ています。当時は「背番号」がヒット中で、まだまだ彼の人気は続いていましたが、1970年代に入ると彼の名は聞かれなくなり、1973年自ら筆を絶ちました。
1961年、石森章太郎はトキワ荘を出ますが、アシスタント用の部屋をトキワ荘に残し、その後もメンバーと関わり続けます。
1958年、トキワ荘の紅一点、水野英子はこの年、故郷に帰りますが、再び上京し、1970年「ファイヤー!」で小学館漫画賞を受賞します。
1961年、赤塚不二夫はアシスタントだった稲生登茂子と結婚して、トキワ荘を出た翌年「おそ松くん」、「ひみつのアッコちゃん」で一気にブレイクすることになります。
1961年、藤子不二雄はトキワ荘を出ます。まだ実際にはブレイク前で、1964年「オバケのQ太郎」の大ヒットで、一躍人気漫画家の仲間入りを果たします。

映画「トキワ荘の青春」 1996年
(監)(脚)市川準
(脚)鈴木秀幸、森川幸治
(原案協力)梶井純(漫画評論家)、丸山昭(漫画雑誌編集者)、藤子不二雄A、手塚治虫、石ノ森章太郎
(撮)小林達比古、田沢美夫
(美)間野重雄
(編)渡辺行夫
(歌)灰田勝彦「燦めく星座」「東京の屋根の下」、霧島昇「胸の振り子」
(出)本木雅弘(寺田ヒロオ)、鈴木卓爾(安孫子素雄)、阿部サダヲ(藤本弘)、さとうこうじ(石森章太郎)、大森嘉之(赤塚不二夫)、古田新太(森安直哉)、生瀬勝久(鈴木伸一)、翁華栄(つのだじろう)
   北村想(手塚治虫)、松梨智子(水野英子)、土屋良太(つげ義春)、柳下照生(柳ユーレイ)
   原一男(学童社編集長加藤)、きたろう(学童社編集者丸山)
   時任三郎(寺田の兄)、桃井かおり(藤本の母)、安倍聡子(石森の姉)、内田春菊(娼婦)

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