- トータス Tortoise - 

<トータス・サウンドを語れるか?>
 音楽に関する文章を書く人間にとって、トータスというバンドはかなり書きづらい存在かもしれません。彼らのサウンドは、強引に言うと前衛的ロック系インストロメンタル・サウンドと言うことになるのでしょうか。ポップスと前衛音楽の境界線上に位置する音楽でもあります。さらに具体的に言うなら、ユーモアにあふれた前衛ロックの巨匠フランク・ザッパのギター・サウンドをデジタル化して、ペンギン・カフェ・オーケストラののどかさを加えたと言ったらどうでしょうか。(だいたい、このフランク・ザッパほど評論や解説を寄せ付けないミュージシャンもいません。膨大な作品量と真面目でありながらユーモアにあふれたサウンドは、まさに評論家泣かせです)
 それでもなお、僕がこうやってトータスについて書こうとしているのは、なんと言っても、彼らのアルバム「スタンダード」(2001年)が実に魅力的、ロック的だったからです。

<トータスとシカゴ音響派>
 彼らの本格的デビューは1994年のアルバム「トータス」の発表で、1996年には「ミリオンズ・ナウ・リヴィング・ウィル・ネヴァー・ダイ」を発表し、独特の音楽世界が注目を集めるようになって行きました。
 彼らの所属するインディー・レーベル、スリル・ジョッキーは、シカゴを拠点とする新興勢力で、その独特のサウンド・スタイルは、かつて「シカゴ音響派」と名付けられたりしていました。そのお堅い名前からも予想できるとうり「シカゴ音響派」というのは、かなり前衛的、現代音楽的なミュージシャンたちの集まりで、同じ地域出身の前衛ジャズ・バンド、アート・アンサンブル・シカゴの影響を多分に受けているようです。そして、そこにパンク・ロック以降のオルタナティブ・ロックのノイジーな要素(このバンドのリーダー、ジョン・マッケンタイアは80年代にはオルタナ系のロック・バンドのメンバーでした)と90年代にブレイクしたブラジリアン・ポップの複雑なリズムなどを持ち込んだのが、「シカゴ音響派」でありトータスのサウンドでもありました。(かなり単純化した強引な説明です。すみません)

<トータス>
 トータスのメンバー構成は以下のようになっています。
 リーダーでもあるジョン・マッケンタイア(ドラムス、パーカッション、キーボード)、ダグラス・マッカム(ベース)、ジョン・ヘーンドン(ドラムス、パーカッション)、ダン・ビットニー(パーカッション)、バンディ・K・ブラウン(ギター)、ただしギターは「TNT」(1998年)では、デヴィッド・パホに代わり、その後さらにジェフ・パーカーに代わっています。
 この構成を見れば分かるように、トータスは一応ロックの基本的なバンド構成をもっており、ステージではきっちりとそのライブ・パフォーマンスを見せてくれるようです。しかし、アルバムの制作においては、それぞれの役割はかなり曖昧になっているようです。

<ハードディスク・レコーディング>
 彼らは、サード・アルバム「TNT」以降、ハードディスク・レコーディングというレコーディング方式を用いています。簡単に言うと、演奏した音をテープに録音するのではなく、初めからデジタル化し、コンピューターのハードディスクに記憶させる方法です。これはサンプリング・マシーンの進化系であると同時に、パソコンによる究極の音楽制作方法への第一歩でもありそうです。この方法は、さらに押し進めて行くと楽器の存在を不要にし、バンドの存在もまた不要にしてしまうかもしれません。しかし、それは逆にあまりに膨大な自由度によってアーティストが首を絞められることにもなりかねません。実際、「TNT」の制作においては、そのあまりの自由度が彼らをかなり苦しめたと言います。
 例えば、こう考えてみて下さい。神様があなたに、自然界のありとあらゆる色がそろった絵の具セットとあらゆる画家のタッチをマスターした究極の描写力を与えてくれたとします。そして、「さあ!お好きな絵を描きなさい」と言われたら、あなたはなんの絵を描きますか?

<音像を描くバンド>
 なぜここで「色と絵」に例えたのかというと、彼らの音楽について語るとき、しばしば「音像」という言葉が用いられるからです。
 例えば、「TNT」収録の"I Set My Face To The Hillside"という曲を聴くと、僕はこんなイメージを思う浮かべます。
「晴れた日曜の夕暮れ時、近所の公園に行ったまま帰ってこない子供を迎えに行った僕は、子供たちが無心に遊ぶ姿を見て、妙に懐かしい気分になってしまう。この風景は、いつか見たなあ、と思いながら、僕はしばしベンチに座っていた」
 「スタンダード」収録の"Seneca"の場合はこうだ。
「伝説のウッドストック・コンサートでジミ・ヘンが明け方の空に響き渡らせた「星条旗よ永遠なれ」の向こうに、ロックの黄金時代とパンクの混乱、そしてオルタナのノイズを越えて、新しい音楽の新世紀が見えてきた」
 彼らの曲は、歌詞を持たないにも関わらず、いや持たないからこそ、そこから豊かなイメージを喚起させる「創造力の生産工場」なのです。彼らは、音によって曲を作っているのではなく、音によって「音像」というイメージを構築しているのかもしれません。

<音楽の未来>
 それにしても、このハードディスク・レコーディングという手法のある種全能の神のような力は、音楽の未来をどう変えて行くのでしょうか?
 例えば、ギターの弦を弾く感触やドラム・スティックから伝わる振動、それに歌いながら飛び跳ねる心地よさは、無くなってしまわないのでしょうか?バンド演奏によって異なる個性がぶつかり合うことによって生まれる予想もしなかった新しい音楽は、コンピューターの中でも、ありうるのでしょうか?(コンピューター内における合作は、すでに行われています)

<進化の戦略から生まれた個性の融合>
 生物は生命進化の過程で、種の絶滅を防ぐため、有性生殖(オスとメスによる交配による出産)という遺伝子を混ぜ合わせる方法を生み出しました。これは、多様な種を存在させることで最悪の環境変化時においても、誰かが生き残ることができるようにと開発された画期的な戦略でした。しかし、人類はさらに画期的な方法を発見しました。それは、文化の創造です。人類は多くの人々の情報や個性を融合させることで文化を育て、それまでは世代交代の際、遺伝子を混ぜ合わせることでしか伝えることのできなかった新しい情報を、文字や絵などで生きている間に伝えることを可能にしたのです。音楽という文化は、その代表的な存在です。
 今まで音楽の世界では、バンド演奏という個性のぶつかり合いこそが新しい音楽を生み出す最大の創造現場でした。しかし、それが今やコンピューターの内部で行われる時代がこようとしているのです。

<「TNT」から「スタンダード」へ>
 もちろん、そんなことは当然、トータスのメンバーも意識していることに違いありません。しかし、アルバム「TNT」がそんな時代の先駆けとして評価されたことは、彼らにとって喜ばしいことだったのでしょうか?たぶん彼らは複雑な心境なのではないでしょうか。
 と僕が勝手に解釈したのは、2001年発表の彼らの4作目「スタンダード」が、実に肉体感にあふれたバンド・サウンドに仕上がっていたからです。(もちろん、従来の手法と変わったわけではないかもしれませんが・・・テープ録音による部分が半分に増えたそうです)彼らは「TNT」で自分たちが築き上げた美しい箱庭を蹴破って、街の路上に飛び出してしまったのではないか。ハードディスクだろうが、バンド・サウンドだろうが、ライブ一発録りだろうが、やっぱりロックはロックでしょう、と言わんばかりの元気の良いサウンドが展開されているのです。
 こうして、試行錯誤を繰り替えしながら、新しい音楽は育って行くものなのでしょう。そして、この試行錯誤の過程こそ、ロックという音楽の真髄であり、それが完成した時、その音楽はロックのフォーマットにのったポップスの仲間入りをすることになるのかもしれません。
 その意味では「スタンダード」というアルバムこそ、まさにロックのスタンダードと呼ぶに相応しい作品と言えるはずです!

<締めのお言葉>
「個人が感動すれば、社会は動揺する」
「人はすべて物理、科学的に平等である」
「今では誰だって徳高く振る舞える。涙を交えぬキリスト教-ソーマはまさにそれなんだよ」
「過去や未来を考えると気持ちが悪くなる。ソーマ1グラム飲めば、ただ現在があるばかり」

オールダス・ハックリー「すばらしい新世界」より
(注)トータス自前のスタジオの名前「SOMA」は、このソーマから来ているのか?不明です。

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