旧ソ連版血まみれ図書館戦争


「図書館大戦争 The Librarian」

- ミハイル・エリザーロフ Mikhail Elizrov -
<ロシア式暴力アクション巨編>
 とにかく面白い!
 「マッドマックス」+「図書館戦争」+「オウム真理教事件」…この小説は映像的で暴力的な小説として画期的な「読むスプラッタ・アクション小説」です。
 背景となるのは、映画「裁かれるは善人のみ」や「ストーカー」で描かれた寒々しいロシアの大地。登場するのは、マッドマックス・シリーズに登場する武闘派の男たちと「エイリアン」のリプリーのような闘う女たちです。彼らはかつての「オウム真理教」信者たちのような宗教施設を持ち、「グロモフが書いた7つの書」という謎の本をめぐる戦闘を日夜繰り広げています。
 「読むアクション映画」と言いたくなる、映像的で暴力的で時に耽美的な描写による異色の娯楽文学作品がこの小説です。いったいどんな人が書いたのか?当然気になります。

 こんな壮絶な戦いの描写が連続します。

 破壊的なスパイクのついた武器がパル・パルイチの顔を直撃した。ラリオノフは工兵用スコップを拾い上げると、我々を忘れて傷ついた敵を滅多切りにしたが、背中をナイフで刺された。
 よく響くニコライの斧が、敵兵のヘルメットの破片を煮すぎたビーツのようなピンク色の肉塊を空中に投げ上げた。
 ブルキンのところの志願兵は草の上に坐り、首を落とされた鶏のように血を噴き出している自分の腕の先を生真面目に引き寄せ始めた。
 ガルシェニンは大鎌の柄を激しく引っ張っていたが、黒金象眼の長い刀があまりにも深く死体に食い込んでいた。ガルシェニンは死体をブーツで蹴ったブーツの鋭い突起が死体に引っ掛かって外れない。ゴレロフ兵が彼の両手にバットを振り下ろして大鎌の柄とともに手の骨を砕いたが、スヴェトラーナがそいつの襟の真下に銃剣を正確に突きつけて殺した。


<著者ミハイル・エリザーロフ>
 ミハイル・エリザーロフ Mikhail Elizrov は、1973年、旧ソビエト連邦時代ウクライナ西部のイヴァノ=フランキウシクに生まれています。
 精神科医の父親と技術者の母親のもとでハリコフで育ちました。(ハリコフは現在はハルキウと呼ぶようです。ウクライナ北東部の大都市です)音楽学校で声楽(バリトン)、ハリコフ国立大学文学部で哲学を学び、さらには美術アカデミーでは映画演出を学んだそうです。彼の小説の映像的なこと、音楽が重要な役割を果たしていること、ある種哲学的なところは、この当時の勉強の成果なのでしょう。その後、彼は徴兵によって兵役につきますが、そこで体調を崩して入院。ちょうどその日に、ソビエト連邦が崩壊し、彼は軍を除隊になりました。
 1990年代にカメラマンとして働いた後、2001年から2003年にかけてドイツのハノーバーに留学し、テレビ番組の制作を学び、ベルリンで仕事をした後、作家としてデビューし、2008年からはモスクワに移住し、そこで作家活動を続け、同時にミュージシャンとしても活動中です。
 作家としての活動は、2001年に小説集「爪」が評価されて本格的にスタート。2003年の「パステルナーク」では、映画化もされた小説「ドクトル・ジバゴ」の著者ボリス・パステルナークを描いた大きな話題となり、この作品ではロシア・ブッカー賞を受賞しています。
 精神科、声楽、哲学、映画、軍隊、入院、チェルノブイリ原発事故、ソ連崩壊、旧ソ連への憧れ・・・彼が体験し、学んできた学問や事件、出来事が、この小説の背景となっていることは明らかです。そんな彼がある日、ふとこの小説のアイデアを得たと言います。

「ミュンスターから百キロほど離れた小さな村に住んでいたことがある。村には屠畜場があり、週に3度豚を殺していた。だから、週に3度そこら中にひどい悪臭がして、気が狂いそうだった。夜、突風でその臭いが運ばれてくると、私は走って行って窓を閉め鍵をかけた。そんなある夜、「図書館大戦争」のアイデアが浮かび、私は机に向かって座り、第一章を書き上げた。動機は死んだ豚の肉だったのだ。なぜ他でもないそれが動機になったのかは、論理で説明がつかない」

 「臭い」とは五感の中でも最も原始的で、その分、多くの記憶を蘇らせる感覚と言われています。だからこそ、豚の血の臭いが彼の過去の様々な体験を一気に物語へと昇華させることになったのでしょう。著者は、ウクライナ生まれではありますが、現在はモスクワに住んでおり、どうやら旧ソビエト連邦時代への懐古趣味を持つ人のようです。2014年に彼が育ったハルキウでは、親ロシア派による内戦が起き、一時は「ハリコフ人民共和国」の設立が宣言され、ウクライナ政府軍に鎮圧され70人以上が逮捕されています。我々日本人には考えられないほど、ロシアでは戦争は身近なものといえます。市民運動として「戦争」が行われる国でのあるのです。そのうえ、大統領による対立候補やスパイの暗殺が堂々と行われる国でもあり、この小説があり得ない小説だけのことと考えられるのか?
 彼の政治的意図は不明ですが、その危険な香りも含めて、この小説の「とんでもなさ」は決して、小説の中だけのことではないのかもしれません。

 すべては筋が通っていた。私は、遅れてではあったが、ソ連という祖国が約束した、とても考えられないような幸福を手にした。記憶の書が作り出す偽りの幸福ではあったけれど。だが、それがどうしたというのか・・・。だって私は子供の頃、本や映画や歌で賛美された国家を自分が住む現実だと信じていたではないか。・・・


「図書館大戦争 The Librarian」 2007年
(著)ミハイル・エリザーロフ Mikhail Elizrov
(訳)北川和美
河出書房新社
<あらすじ>
 叔父の遺産を処分するため、アレクセイはウクライナからロシアへと向かいます。彼は叔父のアパートを売ろうとしますが、その部屋で突然、何者かの殺し合いに巻き込まれ、自分も誘拐されてしまいます。その殺し合いの原因は、叔父が所有していた本にあるようでした。誘拐犯たちは、彼に自分たちは「シローニン読書室」のメンバーであると名乗り、彼の叔父さんは自分たちの指導者「司書」だったと明かします。自分が狙われることになったと知った彼は、嫌々ながら読書室のメンバーに入り、メンバーたちと共に「グロモフの7つの本」を巡る戦争に巻き込まれることになります。
 読書室同士が繰り広げる本を奪い合う戦争は、銃を用いず行う壮絶なものですが、その戦闘に彼らは「本」の持つ不思議なパワーを使っていました。7つの本それぞれが持つパワーとは?「グロモフの本」とは何か?様々な謎を少しづつ明らかにしながら壮絶な戦いは最後の戦闘へと向かって行きます。

 グロモフの本は合計50万部以上出版されたが、ほんの一部が奇跡的に僻地の村のクラブの図書館や病院、矯正労働収容所、寄宿学校に残るだけで、地下室で、細紐で十字に縛られ、第何回かの共産党大会資料やレーニン全集の間で朽ち果てていた。
 しかし、グロモフを本当に評価する者たちがいた。彼らは国中を探し回って残された本を集め、本を手に入れるためなら何も惜しまなかった。
 世間一般では、グロモフの本には瀞だの草だのというタイトルがついていたが、グロモフ・コレクターの間では、まったく別のタイトルが使われた - 力の書、権力の書、憤怒の書、忍耐の書、喜びの書、記憶の書、意味の書・・・。

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