「トラフィック Traffic」 2000年

- スティーブン・ソダーバーグ Steven Soderbergh -

<犯罪映画の進化史>
 20世紀が始まって100年。映画は100年の間に様々な進化をとげてきました。その中でも「大列車強盗」から「トラフィック」へ、犯罪映画の複雑化は犯罪自体の複雑化というよりも、社会構造全体の複雑化を象徴しているように思えます。もちろん、単純な犯罪映画がなくなったわけではありません。それは、ハリウッド製娯楽犯罪アクション映画における重要な一ジャンルとして、なくてはならない存在であり続けています。しかし、犯罪アクション映画でも、同じスティーブン・ソダーバーグ監督の「オーシャンズ11」のようなその複雑な展開を売りにする映画も多くなり一度見ただけではすべてを理解できない作品が増えています。(それはDVDの登場により、映画を繰り返し見ることが可能になってきたせいもあるでしょう)
 現代社会の構造は100年前に比べその複雑さを増しました。そのうえ、経済、政治のグローバル化にともない世界中のあらゆる出来事が少しずつお互いに影響を与え合うようになりました。中でも、原産国からの密輸を必要とする麻薬犯罪はその典型です。2000年公開の「トラフィック」はまさにそんな複雑化した社会状況から生まれた作品だったといえるでしょう。この映画の監督スティーブン・ソダーバーグは、こうした複雑化する新しい時代に対応した新しい映画の申し子のような存在です。

<スティーンブン・ソダーバーグ>
 スティーブン・ソダーバーグ Steven Soderberghは1963年1月14日ジョージア州バトンルージュで生まれました。父親がルイジアナ大学の学部長というインテリ家庭に育ちますが、早くから映画の魅力に取り付かれ、高校を卒業するとすぐに映画監督を目指してハリウッドへと旅立ちました。しかし、下済み生活を続けるもののなかなかチャンスと出会うことができず、しかたなく故郷のバトンルージュに戻り8ミリ映画を撮りながらチャンスを待つことになります。
 1985年、彼は友人がロック・グループ、イエスのメンバーを紹介してくれたことがきっかけで、彼らのライブ映画を撮るチャンスを得ます。こうして撮られた作品「イエス/9012ライブ」(1986年)はいきなりグラミー賞を受賞。一躍彼の名は映画界で知られるようになります。当時は特にMTVがブームになっていたこともあり、MTVの優秀な監督には映画を撮るチャンスも巡ってきました。こうして、彼は自分の企画ををもとにした作品「セックスと嘘とビデオテープ」(1989年)が撮られ、いきなりカンヌ映画祭でパルムドール(グランプリ)と主演男優賞(ジェームス・スペイダー)を獲得してしまいます。実際に自分が経験した出来事をもとに彼が作り上げたこの映画は、単なる恋愛映画ものでも、過激なセックスものでもない、ナイーブかつ複雑な構造をもつ新しいタイプの愛の物語として高い評価を受けました。この時、あまりに高く評価された彼は冗談交じりで「これから先は下り坂だな」といったそうですが、実はその発言が彼に本当に重くのしかかることになりました。
 この後彼が監督した作品は「KAFKA/迷宮の悪夢」(1991年)、「わが街セントルイス」(1993年)、「蒼い記憶」(1995年)、「schiznopolis」(1996年)、「アウト・オブ・サイト」(1998年)などいずれも評論家からは高く評価されながらものの商業的成功にはつながらず、危うく彼は一発屋として映画界から消えてしまうところでした。彼自身も一時は商業映画をあきらめ自主制作に近い形で映画を撮り続ける決意を固めつつあったようです。複雑な構造をもち、なおかつ説明的映像を用いない彼の映画は一般受けしずらいのは当然なだけにその選択はある意味しかたのないものでした。しかし、複雑さを増す社会から生まれる新しい映画には、彼のようなタイプの監督が必要とされていました。21世紀に入ると一躍彼にチャンスが巡ってくるようになります。

<「エリン・ブロコビッチ」>
 「トラフィック」と同じくこの年に公開された「エリン・ブロコビッチ」は企業による環境汚染を裁判によって訴えて多額の賠償金を勝ち取るという事実に基ずく法廷ものの作品でした。題材的にこの映画は、一歩間違えると地味な法廷劇としてヒットしなかったかもしれません。しかし、ところが、この映画は「トラフィック」以上のヒットとなりました。もちろんヒットしたのには主演のジュリア・ロバーツの魅力も大きく貢献していましたが、訴訟問題という地味な内容を観客にわかりやすく理解させながらエンターテイメントとして楽しめるドラマに仕上げたのは監督の手腕によるものでした。

<「トラフィック」>
 「エリン・ブロコビッチ」は、あくまで実録ヒーローものであり、女性の主人公が巨大企業を打ち負かすという判りやすい構図の作品でした。それに比べると「トラフィック」は、主役不在の集団ドラマで物語の結末も現実と同様はっきりとしないままになっています。さらに、この映画は三つのドラマが平行して展開し、それぞれがお互いに少しずつ影響を与えながら展開するという複雑な構造になっています。それぞれのドラマを理解しながら、その関連性を予想してゆくのはかなり難しいことです。しかし、ソダーバーグ監督はそれをナレーションや字幕などによって説明せず、あくまでも観客が画面の中に入り込んだ状況で理解できるよう仕掛けをしています。
 その第一の方法は、三つのドラマを三色別々の色調に分けてしまったことです。メキシコを舞台に展開するベニチオ・デル・トロ中心のドラマは乾燥したメキシコの土地をイメージさせる黄色味がかった画面。カリフォルニア州のサンディエゴを中心としたドン・チードル、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ中心のドラマは、カリフォルニアの太陽を意識したのでしょう赤味がかった画面。(赤というよりも「マジック・アワー」の色に近いかもしれません)マイケル・ダグラスとエリカ・クリステンセンを中心とする親子のドラマは、ドラッグをイメージさせると同時に青春のブルーな気分の意識したような青味がかった画面になっています。
 このやり方に対しては、そこまでやってはリアリティーが逆に失われてしまうのでは?という意見もあります。でも、画面が切り替わった瞬間、すぐにこれがどの物語なのかがわかるというのは観客にとって、非常に助かります。
 元々ソダーバーグは自主制作映画を撮っていた時代から自分でカメラをのぞいて映画を撮ってきました。しかし、現在はカメラマン組合が監督による撮影を許さないために名義上のカメラマンを雇い実質的には自分が撮るという方法をとっているようです。そうまでして自らがカメラをのぞくことにこだわる彼だからこそ、この映画では3色による色分けという冒険も可能だったのかもしれません。当然彼は編集についてもこだわっています。カットの多さもこの監督の映画の特徴で、短いカットをつなぎ途中をカットして、ストーリー展開をコンパクトに圧縮することで映画を大幅に短くしています。(これはかつて「ワイルド・バンチ」でサム・ペキンパーがやってみせた手法です)この映画の編集に対しての評価は当然高く、この年のアカデミー編集賞を受賞しています。

<実験的作品への挑戦者>
 「セックスと嘘とビデオ・テープ」もかなり実験的な作品でしたが、彼の場合は元々どの作品も、それぞれ実験的な要素をもっていました。
 世界の文学史に名を残す作家カフカを主人公とする架空の物語をカフカの小説世界を舞台に展開させるという実験的な作品「KAFKA/迷宮の悪夢」(1991年)
 フィルムノワール風の犯罪映画でありながら、主人公が銀行強盗を犯す過程とそれに至るまでの人生、そしてさらに彼がかつて若かりし頃の出来事、三つの異なる物語を時間軸を交錯させながら展開させた「蒼い記憶」(1995年)
 その後、「オーシャンズ11」で大ヒットを飛ばしてからも、彼はロシアが生んだ巨匠アンドレイ・タルコフスキーの異色SF映画「惑星ソラリス」のリメイクに挑むなど、映画による実験、挑戦を続けています。元々は「オーシャンズ11」もまたかなり挑戦的な作品でした。11人の俳優と敵役の出演料を合わせると到底映画化は困難だった企画を可能にするため、この映画の主演であり、二作目以降の製作総指揮を担当するジョージ・クルーニーは出演者たちを口説き落とし、ギャラを半額にしてもらったといいます。その意味では、ギャラの高騰で難しくなりつつあるオールスター・キャスト作品を可能にした貴重な作品だったともいえるのです。
 そして、2006年公開の「さらばベルリン」。「カサブランカ」「第三の男」などフィルム・ノワールの名作へのオマージュとして、モノクロ・フィルムで撮られた見事な政治サスペンス映画でした。ローレン・バコールを現代に蘇らせたようなケイト・ブランシェットの影のある美しさはほれぼれしてしまいました。ジョージ・クルーニーも雰囲気はボギーに近かったように思います。映画ファンならたまらない作品です。
 ハリウッドの常識を覆しつつ、新たな映画を撮り続けるスティーブン・ソダーバーグ監督の次回作には成功、失敗、ヒットするしないに関わらず注目したいと思います。(ただし、「オーシャン・シリーズ」はもういいですね)

<音楽映画出身の監督たち>
 MTV(ミュージック・ビデオ)もしくは音楽映画出身の映画監督の歴史は、やはり「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」(1964年)のリチャード・レスターから始まるのでしょう。その後も「ストップメイキング・センス」(トーキング・ヘッズのライブ映画)でブレイクしたジョナサン・デミ(「羊たちの沈黙」、「フィラデルフィア」など)やセックス・ピストルズデヴィッド・ボウィ、ミック・ジャガーなどのMTV作品で認められ「ビギナーズ」(1986年)を撮ったジュリアン・テンプル。「ABBAザ・ムービー」(1977年)で一躍有名になり、その後スウェーデンからハリウッドへと進出したラッセ・ハルストレム。「ダンシング・ヒーロー」、「ロミオとジュリエット」、「ムーラン・ルージュ」など音楽映画の傑作を連発している監督もいます。
 被写体に向けるカメラのセンスとその編集テクニック、そうした技術に優れた腕前を見せる音楽映画、ミュージック・ビデオの監督たちは、1980年代の映画界に新しい風を吹き込み続けることになりました。

「トラフィック Traffic」 2000年公開
(監)スティーブン・ソダーバーグ
(製)ローラ・ビックフォード、マーシャル・ハーズコヴィッツ、エドワード・ズウィク
(製総)キャメロン・ジョーンズ、グレアム・キング、アンドレアス・クライン、リチャード・ソロモン、マイク・ニューウェル
(原)サイモン・ムーア
(脚)スティーブン・ギャガン
(撮)ピーター・アンドリュース
(編)スティーブン・ミリオン
(音)クリフ・マルティネス
(出)マイケル・ダグラス、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、ベニチオ・デル・トロ、ドン・チードル、ルイ・ガスマン、デニス・クウェイド、エリカ・クリステンセン、アルバート・フィニー、トーマス・ミリアン、ジェームス・ブローリン・・・・・

<あらすじ>
 メキシコ警察のハビエル(ベニチオ・デル・トロ)とマノロ(ジェイコブ・バルガス)はティファナで麻薬犯罪の捜査を行っています。彼らは同じように麻薬犯罪撲滅のために動いていたサラザール将軍(トーマス・ミリアン)の作戦に協力し、ティファナの麻薬組織に対して壊滅的な打撃を与えることに成功しました。そして、その作戦において、アメリカ・カリフォルニア州で麻薬売買の中心となった人物デヴィッド・アヤラ(アレック・ロバーツ)の名前が挙がりました。
 モンテル(ドン・チードル)とレイ(ルイス・ガスマン)はカリフォルニアの麻薬犯罪を追う刑事で、二人はメキシコからの情報によりデヴィッド・アヤラを逮捕。彼の妻ヘレナ(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)の監視を行ない始めます。彼女は夫の正体を始めて知り、衝撃を受けますが、借金の返済を迫られたり、息子を誘拐すると脅され、仕方なく夫の友人(デニス・クェイド)に相談します。このままでは、自分もすべてを失ってしまうとわかった彼女は、夫の隠していた資金を用いて、彼を追い込んだ証人の暗殺を企てます。
 アメリカ国内への麻薬の蔓延に政府が本格的に対応するため、ロバート・ウェイクフィールド(マイケル・ダグラス)は麻薬撲滅担当として大統領補佐官に任命されました。ところが、彼が麻薬戦争解決のために動き出した頃、大学に通っている彼の娘キャロライン(エリカ・クリステンセン)はクラスメートたちとともに麻薬にはまっており、それがバレてすぐに矯正施設に入所させられてしまいます。
 ハビエルはサラザール将軍の作戦に協力しているうちに、彼が実は麻薬組織の大物であり、メキシコ国内の麻薬流通ルートを独占するためにライバル組織を攻撃していたのだということを知ってしまいます。相棒のマノロはその情報を売ろうとして、サラザール将軍に捕まってしまい、殺されてしまいます。ハビエルは逆にこのことを明かさなかったことから将軍に信頼されます。しかし、ハビエルは友人のマノロを殺されたことから、復讐のために将軍をアメリカの捜査官に売る決意を固めます。そして、その情報提供の見返りとして、ティファナの街の野球場にナイター・ゲームができる施設を設置してくれるよう頼むのでした。
 当初、ヘレナの刺客は暗殺に失敗。証人ではなくレイが爆死してしまいます。しかし、次なる刺客は証人を毒によって殺すことに成功します。そのため、証人がいなくなりへレナの夫は無罪放免となります。しかし、出所祝いのパーティーに乱入したモンテルはレイの復讐を叫びながら暴れまわる際に彼の部屋に盗聴器を仕掛けることに成功します。モンテルはこれで彼を逮捕できると小さくガッツ・ポーズをするのでした。
 矯正施設を脱走したキャロラインは街の犯罪多発地域に行き、そこで麻薬のために売春をさせられていました。父親ロバートは街中を探し回り、クラスメートの協力もありやっと居場所を突き止め、彼女を救い出します。そして、大統領補佐官への就任を捨て娘のためにそばにいる決意を固めるのでした。アメリカ合衆国としてではなく、家族としての麻薬戦争こそがキャロラインには重要だったのです。父親の決断を知り、キャロラインは微笑を取り戻します。
 ハビエルの証言によりサラザール将軍は逮捕され、メキシコ警察はティファナの組織に大きな打撃を与えることができました。しかし、サラザールが潰した組織は早くも復活。再び麻薬戦争の新しい局面が始まろうとしたいました。それでも、彼の希望によって作られたナイター設備のおかげで子供たちのいくらかは麻薬ではなく野球にはなることで救われることになるのかもしれません。野球に熱中する子供たちには、久しぶりに笑みがよみがえっていました。


<追記>2015年4月
「そう、これは戦争映画である。飛び交う銃弾は麻薬と金。だが、戦場はあまりにも広大すぎて、誰が敵でどこに味方がいるのかわからない。誰が兵士でどこが銃後なのかも定かではない。各地で無数の闘いが展開されていることはわかるが、それらをすべて把握できている人はいない。ソダーバーグはそうした「見えない戦争」を描くために、さまざまなレベルで同時多発的に起きている「戦闘」を、並列的に提出するという方法を採った。」
沢木耕太郎「シネマと書店とスタジアム」より

20世紀映画劇場へ   トップページへ