トランスジェンダーと映画の歴史


「トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして」

<映画は社会を映し出す鏡>
 映画の歴史は、社会における様々な差別を映し出す鏡としての役割を果たしてもいます。例えば、アメリカにおける黒人への差別を描いた映画の中でも最も問題が多い作品として、映画史に残る巨匠と呼ばれてきたD・W・グルリフィス「国民の創成 Birth of Nation」があります。その中で、グリフィスはアフリカ系アメリカ人たちを人間以下の原始的な人種として描き、KKK(クークラックスクラン)のメンバーを英雄扱いしていて決して許される内容ではありません。この映画がヒットした影響で、KKKの活動が全米に広がったとも言われています。グリフィスが映画界に残した映像技術の数々は、確かに誰にも負けないものがあります。しかし、彼の差別主義の醜さは、映画の枠を越えてアメリカに悪影響を残したこともまた事実です。
 そんな人種差別主義者のグリフィス監督は、同じようにトランスジェンダーへの差別の原点となる映画も残しています。(そう考えると、彼は良くも悪くもハリウッド映画すべての原点だったのかもしれません!)
 1914年公開のグリフィス作品「ベッスリアの女王」には、女装した男性が登場。剣を振り回し殺人を犯す存在として描かれています。その後も殺人者としての意外性、ビジュアル的な面白さから女装した異常な殺人犯というキャラクターは、映画にとって重要な存在となります。そして、それがいつの間にか、トランスジェンダー=異常者というイメージを生み出して行くことになります。
 統計的にアメリカでは80%の人は知人の中にトランスジェンダーがいないとされています。そうなると、彼ら未知の存在のイメージは映画やテレビから与えられるものに限られることになります。(日本人にとっても同様ですが、我々にとっては、もしかするとマツコやミッツ・マングローブのような辛口インテリのイメージが強いかもしれません。とはいえハリウッド映画の影響は確かにあるはずです)

<異常者としてのイメージ>
 こうした異常者としてのトランスジェンダーのイメージをより強烈なものにした映画監督として、やはり映画史における偉大な巨匠アルフレッド・ヒッチコックがいます。サスペンス映画の巨匠として数々の歴史的名作を残したヒッチコックは、映画の中で度々犯人として女装した男性を登場させています。(1930年の「殺人者」など)そして、彼の最高傑作と言われる大ヒット作「サイコ」(1960年)でそのイメージを決定づけることになりました。あまりにもその犯人のイメージが強烈だったこともあり、その後、同じような女装した男性による殺人事件を扱ったサスペンス映画が数多く作られることになります。
 ブライアン・デ・パルマ「殺しのドレス」(1980年)、ジョナサン・デミのアカデミー賞受賞作「羊たちの沈黙」(1991年)は、その代表作です。

<キャラクターとしての活躍>
 1980年代に入ると、トランスジェンダーのキャラクターは、殺人者だけではなくしっかりとした人間的キャラクターとして、様々な映画に登場するようになり、主人公や重要な脇役として映画の中で活躍するようになります。
 バーブラ・ストライサンドが男装の女性を演じた「愛のイエントル」(1983年)、ウイリアム・ハートにアカデミー主演男優賞をもたらした「蜘蛛女のキス」(1985年)、ジョン・リスゴーがアカデミー助演男優賞の候補となった「ガープの世界」(1982年)、世界的大ヒットなったコメディ「ビクター/ビクトリア」(1982年)、「ヘア・スプレー」(1988年)などの作品が生まれました。

<嫌悪の対象としてのイメージ>
 その後、ハリウッドではトランスジェンダーを殺人者でもなく、主人公でもなく、嫌悪の対象として描く傾向が強まります。その気持ち悪さに思わずゲロを吐いてしまう存在として描かれることは、実に屈辱的なことでした。
 そのきっかけとなった作品、それはやはりアカデミー脚本賞を受賞した名作でした。ニール・ジョーダン監督のサスペンス映画「クライング・ゲーム」(1992年)は、ショッキングなどんでん返しで話題となりましたが、その鍵となった存在が美しすぎる女装した男性でした。その人物を演じたバイセクシュアル俳優ジェイ・デヴィッドソンはこの作品での演技を評価されアカデミー助演男優賞の候補にもなりました。しかし、問題はこの中であまりにショッキングに男性器を見せたことで、ショッキングさと同時に強烈な嫌悪感を観客に与えてしまったことです。トランスジェンダーへの嫌悪感は、この後、映画界のトレンド的なものとなります。(ちなみに「クライング・ゲーム」の主題歌を歌ったのは、トランスジェンダーを代表するシンガー、ボーイ・ジョージでした)
 1994年の「エースベンチュラ」では、ジム・キャリーが呆れるほど徹底的にトランスジェンダーの登場人物を嫌悪感たっぷりにいじめています。ここまで描いたら、誰もが彼らをいじめの対象にしていいと思い込んでも不思議ではありません。そうして生まれた社会状況を赤裸々に描いたLGBT映画の歴史的傑作が、1999年の「ボーイズ・ドント・クライ」です。この作品でおぞましいほどのいじめを受けた後に命まで失うことになる主人公を演じたヒラリー・スワンクはこの作品で見事主演女優賞を獲得しています。(ただし、実話を元にしたこの映画には、主人公と共に殺された黒人の友人のことがまったく描かれていないという指摘もあります。確かに本筋にはカットしても影響は少なかったかもしれませんが、黒人への差別と取ることも可能です)

<名優たちとトランス俳優>
 「ボーイズ・ドント・クライ」でアカデミー賞を受賞したヒラリー・スワンク以外にも、LGBT映画では多くの俳優たちが名演技を披露しています。
 「ダラス・バイヤーズ・クラブ」(2013年)ではジェレッド・レトが、主人公を立ち直らせる重要な役どころのトランスジェンダー役としてアカデミー助演男優賞を獲得。「リリーのすべて」(2015年)では、エディ・レッドメインがトランスジェンダーの主人公として見事主演男優賞を獲得しました。しかし、彼らはあくまでストレートの俳優なので、トランスジェンダーのキャラクターにより近づけるための演技をしているのであって、トランスジェンダーの人物が同じトランスジェンダーのキャラクターを演じているわけではありません。それは、女優がメイクなどによって男に似せて、男役を演じるようなものであり、女形の歌舞伎俳優と同じ立場と言えます。(もちろんそれが間違いというわけではありませんが、女形俳優は何かの意図があってやるべきです)
 映画がよりリアリズムを追求するならば、男は男を演じるのが自然なようにトランスジェンダーもまたトランスジェンダーの俳優が演じる方が自然と考えるのは間違いではないはずです。こうして、1990年代以降、少しづつトランスジェンダーを自認する俳優たちが映画界で同じトランスジェンダーの役どころを演じるようになって行きます。

<トランスジェンダー俳優たち>
 1990年のドキュメンタリー映画「パリ、夜は眠らない」は、ニューヨーク、ハーレムのボール・ルーム・カルチャーに関わる人々を追った作品です。トランスジェンダーのダンサーたちが活躍するボール・ルームからは、様々なダンス・スタイルやファッションが生まれてきました。彼らのダンス・カルチャーにおける影響力の大きさは過小評価されているはずです。(思えば、ディスコ・ブームを牽引した大人気テレビ番組「ソウル・トレイン」においても、トランスジェンダーの出演者は目立っていました!)この作品には多くのトランスジェンダーのダンサー、俳優たちが出演していましたが、その中にサンドラ・コールドウェルがいました。
 この映画のヒットにより、トランスジェンダーへの注目は増しましたが、サンドラはこの映画への出演後も自らがトランスジェンダーであることを隠し続けました。それは映画界ではまだまだトランスジェンダーへの差別が続いていると感じていたからです。当時も、多くのトランスジェンダーたちが自分の本来の性別を隠したまま、俳優、ダンサーとしての活動を行っていたようです。それは、そうしなければ仕事を得られなかったからです。
 しかし、その後、少しづつ状況は変化し始めます。
 「NYPDブルー」(1993年)のジャズムン、「真夜中のサバナ」(1997年)のザルディ・シャブリなどの俳優が登場した後、21世紀に入り、ついにハリウッド初のトランスジェンダー俳優が誕生します。
 2007年キャンディス・ケインがトランスジェンダー俳優であることを公表して出演した映画「ダーティー・セクシー・マネー」が公開されます。残念なことに、この映画で彼の声は、女装した男性であることをわかりやすくするためにわざと低い声に変えられていました。(そうしなければわからないほど、彼女が美しく女性的だったということでもあるのですが・・・)それでも、彼女が切り開いた道は他の多くのトランスジェンダーの映画人に勇気を与えることになりました。
 トランスジェンダー俳優のチャズ・ボノは、自らの性転換の過程を映画として記録したドキュメンタリー作品「ビカミング・チャズ」(2011年)を製作し、大きな話題となりました。
 様々なジャンルの革新的作品を製作してきたネットフリックスもまたこのジャンルで大きな貢献をしています。オリジナル配信ドラマ「オレンジ・イズ・ニューブラック」(2013年)では黒人トランスジェンダー女優ラヴァーン・コックスが一気にブレイクしました。トランスジェンダー初の人気アイドルとなった彼女は、時代の象徴となります。
 2016年のドラマ「トランス・ペアレント」は、俳優たちだけでなく製作陣の多くもトランスジェンダーで、トランスジェンダーの家族をリアルに描いた最初の作品となりました。いよいよリアルなトランスジェンダー作品が生み出される時代が始まろうとしいるようです。

「番組の作り手には覚えておいてほしい
 あるコミュニティの物語を伝えたり、彼らが伝えるのを助けたりするなら
 自分の特権を認識すること
 そして、彼らとの違いを理解することをね」

トレベル・アンダーソン(ジャーナリスト)

「トランス女性が強くなれるのは失うものがないからよ
 仕事はもう失ったから -
 本音を語っても得るものしかない」

アンジェリカ・ロス(女優・起業家)

 今やトランスジェンダーの人々は自らを恥じることなく、自信をもってアピールできる存在となりつつあります。
 トランスジェンダーの子供を持つ親たちの座談会で、ある父親がこんなふうに発言しました。
「自分の子供は幼いころからトランスジェンダーだとわかっていました。しかし、それを前向きにとらえ自信をもって育ててきたつもりです」
 この発言を聞いたトランスジェンダーの女優でライターのジョン・リチャーズはこう感じたと語っています。
「私は今でも常に周囲を気にしていて、祖母の葬儀にも出席しませんでした。・・・相手の立場を理解して平気でいなければなならいのです。
 でもあの父親は信じられないほど進んでいました。突然、悔しさが込み上げてきました。
 私を受け入れなかったあの人たちも彼のようになれたはずです。
 あの瞬間に初めて疑問がわいてきました。
 なぜ母や友だちはあの父親のように私の価値を認めないのだろうか?
 でも一番私の価値を認めていないのは私なの
 彼が子供を見るような目で自分を見ていない
 私が自分を見る目には、あの父親のような愛情と尊敬がこもっていないのです。
 誰もそんな目で見なかったもの。
 これからは自分を見る目を変えたい」


「子供は見えないものにはなれない
 子供だけじゃなくみんなそうだ
 いい社会が見えないといい社会になれない
 居場所が見えないと世界に存在できない」

ヤンス・フォード(映像製作者)

 2018年に製作されたテレビドラマ「POSE」は、ボール・カルチャーをリードするダンス・チーム、ハウス・オブ・アバンダンスのメンバーたちを描いた作品。初めて黒人トランスジェンダーたちが主役のドラマとなり、監督、脚本、製作にもトランスジェンダーのスタッフが関わりました。

 トランスジェンダーの社会進出は映画・テレビの分野では確実に進んでいます。しかし、成功した人々が目立つほど、逆に一般のトランスジェンダーたちにはその反動とも言える差別が行われているのも現実のようです。未だに毎年数十人のトランスジェンダーが殺害されていて、そのほとんどは黒人です。

 こうして過去の映画の歴史をLGBTの視点から見直してみると、一般的な映画の歴史がまったく変わって見えてきました。そこからは人種差別の問題だけでなく、障害者への差別などあらゆる差別問題の根本が見えてきます。要するに、他人の視点に立って世の中を見る想像力があるかどうか、そこに差別の問題はかかってくるということです。その想像力を持てない人にLGBTの立場に立って考えろと言っても無理なのかもしれません。映画にはそうした想像力の不足を補うプラスの力がありますが、残念ながら実際はその逆に悪い方向へ向かわせることがほとんどだったのです。
 映画がメジャーによる大衆向けの娯楽として収益だけを目指す限り、同じような過ちはまた起きるかもしれません。
 観客である我々はそこのところを、心して映画を見る必要があると思います。

「トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして Disclosure」 2020年
(監)(製)サム・フェダー
(製)エイミー・ショルダー(編)ステイシー・ゴルデイト(編)アブラム・フィンクレスティン、ソフィア・ミドン(音)フランシスコ・ル・メートル
(出)ラヴァーン・コックス、スーザン・ストライカー、リリー・ウォシャウスキー、ジェン・リチャーズ、ジャズムン、アレクサンドラ・グレイ、キャンディス・ケイン、サンドラ・コールドウェル、ドレヴェル・アンダーソン、ジェイミー・クレイトン、ホリー・デミータ

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