「ツリーハウス」

- 角田光代 Mituyo Kakuta -

<新聞連載の大河歴史小説>
 小さめの字で469ページという大作小説です。元々は産経新聞の夕刊に2008年から2009年にかけて連載されていた連続小説をまとめたものなだけに読み応えは十分です。ぶ厚い小説ではあっても、次々とドラマが展開しながら過去と現在を行き来するので、ページをめくる手は止まらないはずです。さすがは新聞の連載小説だけあって、どこを読んでも飽きないように書かれています。
 おまけにそこで描かれているのは、1940年(昭和15年)から1999年の世紀末までの60年にわたる家族三代の歴史と彼らを巡る日本、そして中国の歴史です。「20世紀の歴史」を追い続けているこのサイトで取り上げないわけには行きません。
 太平洋戦争から始まり、敗戦後の焼け野原の混乱、高度経済成長期の東京と学生運動、連合赤軍による浅間山荘事件、北朝鮮への集団移民、日中国交回復とパンダ来日、新宿西口バスジャック事件、オウム真理教事件など、実際の歴史上の事件も多数描かれていて、まったく飽きさせません。

<あらすじ>
 主人公の祖母は生まれ故郷での先の見える人生に嫌気がさし、新たな人生を求めて、当時日本に支配されていた中国に渡ります。そこで同じように故郷を捨てて中国にやって来た祖父と出会い恋に落ちます。しかし、二人は新大陸に安住の地を見つけることができないまま、戦火に追われて母国への逃げ帰ることになります。そして中国から子供を連れて帰国するものの故郷にもう生きる場所はなく、家族は放浪の後、焼け野原が広がる東京に流れ着きます。そして、焼け野原の中で中華料理店を始めた家族はやっとその場所に落ち着くことになります。
 その後、二人の子供たちはしだいに大人になり、時代は戦後の高度成長期、学生運動の混乱期に突入します。結局、6人の子供を持った二人ですが、そのうち3人を戦争と自殺で失っていました。
 そんなある日、主人公の祖父がこの世を去ります。仕事もせずにふらふらしていた主人公は、突然中国に行くと言い出した祖母のお供をするため、もうひとりの叔父と共に中国へと旅立ちます。それにしてもなぜ、祖母は突然中国に行くと言い出したのでしょうか?
 中国での旅の途中、彼女は少しずつ過去の思い出を語りだします。その話を聞くうちに、主人公は自分もまた家族の血を引いていて放浪へと向かう気質があることに気づき、家族の関係がどこかバラバラに感じていた理由がわかり始めます。

 簡易宿泊所のようだと、たしか良嗣は自分の家を思ったのだった。そう思っていたのは自分ばかりでなく、父も太二郎も、祖父も祖母も、みな同じなのかもしれない。自分たちがどこに属しているのかわからないまま、生活をくり返してきたのかもしれない。土台もないのに家を建てたのだ。根のない木を植えたのだ。あとさきのことなど考えず、生きて今日一日を終えるため。

 自分と同じように自分の祖父もまた当時、現実から逃れるように中国に渡ったことを知り、祖母とともに中国を旅しながら、その時の祖母と祖父の気持ちをすこしだけ理解するとともに自分との共通点に気づきます。

・・・大声で笑い出したくなって、それでようやく、良嗣は気づいた。おれ、今、興奮しているんだと。なんにも持たずに知らない町を歩いていることに、どうやら、興奮しているらしい、と。
 今の自分より若い祖父と祖母が、それぞれ違う事情で住んでいた町を飛び出したときのことを、良嗣は想像する。若き祖母の顔も思い描けなかったが、しかしその気分だけは、さっきよりもくっきりと思い浮かべることができた。


 戦時中の混乱の中、「逃げる」という選択はある意味命がけの危険な行為でした。巻き込まれて、兵士として命を落とす方が簡単なことだったともいえます。しかし、祖母はそうした生き方を肯定的にはとらえていませんでした。

「あの人も私もね、逃げて逃げて生き延びたろう。逃げるってことしか、時代に抗う方法を知らなかったんだよ。もちろんそんな頭はない。何か考えがあってのことじゃない、ただ馬鹿だから逃げたってだけだ。だけどさ、そんなだったから、子供たちに、あんたの親たちにね、逃げること以外教えられなかった。あの子たちは逃げてばっかり。私たちは抗うために逃げた。生きるために逃げたんだ。でも今はそんな時代じゃない。逃げるってのはオイソレと受け入れることになった。それしかできない大人になっちまった。だからあんたたちも、逃げるしかできない。・・・」
主人公の祖母ヤエ

 「逃げる」ことは一時的な反抗ではあっても、状況を変えることには結びつかず、自分のもどるべき場所を失う覚悟を必要とします。そのことを知った上でなら「逃げる」という選択は間違いだと思ったかもしれない。そう、祖母は良嗣に語りかけます。

「でもね、どこにいったって、すごいことなんて待ってないんだ。その先に進んでも、もっと先に進んでも、すごいことはない。そうしてね、もう二度と同じところに帰ってこられない。出ていく前のところには戻れないんだ。そのことをようく覚えておきな」
主人公の祖母ヤエ

 人は、「時代」「世界」「社会」から「逃げる人」と「逃げない人」その二つに分かれます。そのうち「逃げない人」の中には、逃げずに巻き込まれた人とそうでない人が含まれます。「そうでない人」とは、ごくわずかに現われる「時代を変える人」のこと。小説のヒーローの多くはこのタイプの人でしょう。しかし、この本で描かれているのは、その逆のタイプ、まさに「逃げる人々」です。
 「逃げる人」とは、「時代」の異常に常に敏感な人ですが、それに立ち向かう強さは持ち合わせない弱虫のこと。しかし、彼らは時代の危機にいち早く気づく「センサー」のような存在であり、カート・ヴォネガットがいう「炭鉱のカナリヤ」だといえます。

・・・闇市を徘徊していた人々は、今やそんな記憶をすっかり失ってしまったように、子供たちを引き連れて動物園で象を見、デパートの食堂でライスカレーを食べ、にこにこと笑顔で記念写真を撮っているけれど、もしかして、今もまた私たちは押し流されているだけなのかもしれない。私たちのあずかり知らぬところで、何かが決定されていて、明日には、次の月には、次の年には、またすっからかんに何もかもを失って、顔に墨を塗りたくって物乞いをして歩くのかもしれない。いや、おそろしいのは、物乞いをすることではない、どこに押し流されているのか自分たちではわからないことだ。
主人公の祖母ヤエ

 良嗣の家族は時代の変化にいち早く気づき、自分たちの未来に敏感な人々でした。だからこそ「逃げる」という選択肢を選びましたが、時代はかつてのように命の危険が目の前に迫る戦乱の世ではありません。だからこそ、「逃げずに闘え」という選択をするべきなのでしょうか?
 では、学生運動にのめりこむことは、「逃げること」ではなく「逃げずに闘う」ことなのでしょうか?
 オウム真理教の信者になり、世俗を捨てることは「逃げること」で、サリンによる社会の攻撃は「逃げずに闘う」ことなのでしょうか?
 「逃げる」という行為が積極的な意味をもつことはあるのでしょうか?
「ただ、何も考えずに巻き込まれることだけはやめなさい」主人公の祖母ヤエは、そのことだけを伝えたかったのでしょう。

・・・あの時、祖母が何に怒ったのか、今ならわかる。闘うことも逃げることもせず、やすやすと時代にのみこまれんなと祖母は言ったのではなかったか。祖母たちの生きた時代のように戦争が今あるわけではない、赤紙がくるわけではない、父たちが生きた時代のように上がり調子なわけではない、浮ついた希望が満ち満ちているわけではない、今は平和で平坦で、それこそ先が見通せると錯覚しそうなほど不気味に退屈で、でもそんな時代にのみこまれるなと。

 「生きる」ことは、選択の連続でもあります。しかし、その選択が正しいかどうかは、「時代」により「人」により「社会」により答えは違ってくるはすです。そのことを歴史の流れとともに描き出す大河小説は、最近の日本では珍しいかもしれません。(新聞小説だからこその作品なのかもしれませんが・・・)
 映画「ぐるりのこと。」をちょっと思い出させてくれました。
 一軒の中華食堂に隠された家族の歴史から、20世紀日本の半世紀を描き出す。久しぶりにずっしりとした大河小説を読んだという気がします。作者の角田光代さん、やりますね。今までちゃんと読んだことがありませんでした。申し訳ありませんでした。
 ちなみにこの作品は、わが街「小樽」の文学賞である「伊藤整文学賞」を受賞しています。

「ツリーハウス」 2010年
(著)角田光代
文藝春秋

他の角田作品
「予定日はジミー・ペイジ」

20世紀文学大全集へ   トップページへ