「無能の人」

- つげ義春 Yoshiharu Tuge -

<つげワールドへようこそ!>
 つげ義春の作品の舞台となった土地、さらにはストーリーのアイデアを生んだ宿や風景を、彼の作品を担当した編集者が取材した「幻想紀行」という本があります。そんな「つげワールド」への案内ともいえる本を読んでしまいました。
 「無能の人」にも、主人公が家族を連れて石を探すためにひなびた温泉宿に泊まるエピソード(「探石行」)がありますが、つげさん唯一の趣味がひなびた温泉宿巡りであることを知り納得しました。しかし、「ひなびた温泉宿」という表現では彼が泊まる宿は、表現しきれていない気もします。そんな宿が本当にあるのか?と思えるほどのうらぶれた宿がこの本では何軒も紹介されています。そしてさらに驚かされるのは、この本で紹介されている宿の多くは、つげさんが訪れた1970年代から1998年時点まで営業を続けていたという事実です。それはつげさんのファンが訪れたせいとは思えません。そんなに多いとは思えないし、そんな心に余裕のある人ばかりがファンだとも思えないし、・・・。
 彼の作品の多くが私小説的なマンガであり、その生き方がもとになっているだけにここで著者が旅する風景についてのつげ氏のコメントやエピソードを読むと、そこからは彼の作家生活や生い立ちまでもが見えてきます。
 つげの父親は、旅館の板前だったのですが、彼が6歳の時、精神錯乱となりその後亡くなったのだそうです。彼が子供の頃から家庭生活に恵まれず、常に経済的にギリギリの生活を送ってきた彼の人生は、高度経済成長の昭和日本から離れたところにありました。実は、東京に住んでいる人の多くは、そんな生活をしていてそんな時代の風景や空気を描き残したマンガ家は、もしかすると彼だけなのかもしれません。(マンガは当時も今も現実逃避のための手段だったのですから・・・)
 僕自身は、この本に出てくる山手線大塚駅に画家の友人がいて、よく遊びに行ったので、妙に懐かしく感じました。今でもあのあたりは「風街ロマン」の世界が残っていると思います。彼の作品は、発表された当時から懐かしい昭和の東京を閉じ込めたタイムカプセルのような存在として大切にされてきたのかもしれません。
 どうやら彼の心は、各地のひなびた温泉を旅しながら、少しずつ東京という高度経済成長都市から離れて行き、いつしか東京にいながらにして、その心は山の中へと迷い込み、生と死の境界線が不明確な地点に達してしまったのかもしれません。一時は不安精神症という心の病により自殺を試みるほどの精神状態に追い込まれた彼が、無事に帰還できたことに感謝したいと思います。
 あなたも是非、つげ義春の世界を訪れて見てください。もし、それを読んで感動しなければ、それはそれで良い事です。なぜなら、あなたは今の社会に適応していることになるからです。しかし、その世界にあなたが幸いにしてはまってしまったら、・・・当サイトでは責任を負いかねますので、あしからず。

「つげ義春の旅はどこかへ行く旅というより、かつて行ったことのある場所、住んだとこのある町へ帰ってゆこうとする旅である」
川本三郎「時には漫画の話を」より

<「無能の人」以前の主な作品>
「紅い花」(1967年「ガロ」12月号)
「ゲンセンカン主人」(1968年「ガロ」7月号)
「大場電気鍍金工業所」(1973年「漫画ストーリー」)
「義男の青春」(1974年「漫画ストーリー」)
「チーコ」(1965年「ガロ」)
「ねじ式」(1968年「ガロ臨時増刊号」つげ義春特集)

 つげ義春は、貧しい生活を続けながら、コツコツとこれらのマンガを書き続け、かろうじて漫画家として1970年代を生き延びました。しかし、1976年の12月から1985年の1月まで、まったく作品を発表できない期間がありました。どうやらその間、彼は精神を病み精神科に通う日々が続いていたようです。そのせいもあり、1980年代に入り、彼の存在は早くも伝説的なものになり、「幻想紀行」の著者のような熱狂的ファンが現れるようになります。そんなファンの声援に答える?かたちで、1985年季刊誌「コミックばく」の誌面に「無能の人」シリーズが登場することになりました。

<「無能の人」シリーズ+あらすじ>
第一話「石を売る」
 マンガで食えなくなった主人公が河原でひろった石を並べて売る元手ゼロの商売を始める話。もちろん、そんなものまったく売れるわけがありませんでした。

第二話「無能の人」
 珍石を売るオークション「愛石交換会」の存在を知った主人公が、自らのコレクションをもって参加。ところが参加料を払ったにも関わらずまったく売れず、妻にもうマンガ一度を書いてと泣きつかれます。

第三話「鳥師」
 主人公が立ち寄る小鳥店(間違ってもペットショップではない!)の主人が話してくれた謎の鳥師(鳥専門の猟師)の物語。本当はこのシリーズとは別に考えていたキャラクターだったようだが、無理やり組み込んだしまたとのこと。それだけに、このエピソードは独特の雰囲気があって面白い。

第四話「探石行」
 妻と息子と家族三人で石探しも兼ねた近郊のひなびた温泉宿(鉱泉)に出かける話。もちろん、売れるような石など見つかりません。
「淋しいわね、これから私たちどうなるのかしら」
「考えてみると私たちって親しい友達もいないし、親兄弟とも疎遠だし」
「なんだか世の中から孤立して、この広い宇宙に三人だけみたい」


第五話「カメラを売る」
 主人公が漫画家を止め、石を売ることになるまでの間、壊れたカメラを修理して売る商売をしていた時代の話。著者はこの物語は、ネタがなくて仕方なく書いた駄作と言っています。いよいよ行き詰まった彼は、次のエピソードでさらに自分を追い込むことになります。

第六話「蒸発」
 主人公が通う古本屋の主人、山井の「無能の人」ぶりと彼から借りた本の著者、実在の俳人、井月の生涯を描いた伝記もの。自らの上をゆく究極の「無能の人」の生き様は、つげにとって理想の生き方でもあります。しかし、そうした究極の生き様を描いてしまったことで、彼はいよいよ次作に行きづまってしまいます。この時、彼は本気で蒸発することを考え、雑誌発行が中止になることを願っていたといいます。ところが、この願いが本当に叶ってしまいます。「コミックばく」は、本当に休刊になってしまい、このシリーズもまた途中で終わることになったのでした。

<無能の人の目的>
「現在は妻も子もあり、日々平安だが、自分はどこからやってきて、まだ蒸発を続行しているのかもしれない」
「蒸発旅日記」より

 1968年、彼は突然すべてを捨てて蒸発したといいます。東京を離れ一人九州に向かい、何もせずに安堵でゴロゴロする日々。その時に得られた「無」の感覚はその後、二度と体験することができなかったといいます。当時は、まだ妻も子もいない完全な独り身だったらしいので、その時の状況を再現するのが不可能なのは当然でしょう。

「・・・現在私は失業状態で毎日ぶらぶらしている。すっかり無能の人になってしまいとても楽だ。そのせいか持病の神経症も軽くなってきたように思える。私は神経症を世の中への不適応症と名づけている。もともと適応しない素質を無理に適応させようとするところに葛藤が生じ発病するのだと思う。だから逆に適応しないことに徹して無能の人になってしまえば治るのではないかと期待している。
 それにしても、発病もぜす現在の世の中にしっかり適応をしている人を見ると、不思議に思えてならない。」

1988年3月調布・無能庵にて

人が生きるとは?何のため?誰のため?
欲望を追求するために生きるのか?欲望を消し去るために生きるのか?
あなたなら、どちらを選びますか?

 もちろん、その中間という方がほとんどなのでしょうが・・・。本当の心の平安を得る近道は、欲望を極めることよりも欲望を消すことなのかもしれません。では、どんな生き方を具体的に選ぶべきなのか?

「『無能の人』は、現代の隠者に近い生活をするにはどんな商売があるかと、つげ義春があれこれ知恵を絞っている一種の、”就職情報”・・・」
川本三郎

 本当は欲望を捨てる最大の近道は「死」なのかもしれません。しかし、死を選んでは生まれてきた意味がないわけで、第一恐ろしい。そんなわけで、彼は生きながら死ぬための方法を模索していたのかもしれません。
 彼は生き方のヒントが得られればと「私小説」と「宗教書」ばかり読み続けました。しかし、頭で宗教が理解できても意味がありません。いかに生きながら死の世界に歩みいるかが重要。そのためには、生きてゆくこと(食べてゆくこと)と同時に世俗から離れる必要がある。
 だからこそ、山の中に入って仙人のように暮らすことこそが理想。「無能の人」に登場する俳人・井月はその理想の姿ともいえるのでしょう。実は、「無能の人」とはユートピアを目指す、修行者の物語なのです。

「かといって、こんな社会でボクは死にたくない。たった一度の死だもの、大量虐殺されたくないんですよ。それこそ犬死じゃないですか。死に場所は自分で選びたい。
 動物は死ぬときスッとどこかへ消えますね。人間は病院でいじくりまわされて、のたうって死ぬ。山は霊界への入り口じゃないですか。・・・」


<無能の人たちへ>
 この作品の中には、様々な表現でこの物語が語られています。その言葉の数々を拾ってみると・・・。

「貧すれば鈍する物語」
「虫けらたちの物語」
「河原の石ころたちの物語」
「役立たずの零落者の物語」
「いながらにしていない男の物語」
「かすみにつつまれた男の物語」
まだまだいっぱいありました。「究極のダメ男の物語」なわけです。
 店が暇な時に、この本を読んでいると、なんだか自分の生き方までダメになってゆきそうでした。おまけに、なぜかお客さんも入って来なくなるのです。この本の負の引力には、恐るべきものがありそうです。それでも、この文章を今読んでいるあなたにはもう免疫ができているのではないかと思うのですが・・・。
 それでも40歳を過ぎている方は要注意です。あなたがもし、20代なら大丈夫、笑って見られるはず。でも、「つげワールド」から帰れなくならないように、くれぐれもご注意下さい!

「つえ義春は、決して外へ出て行く人間ではない。生きることに積極的ではない。むしろ狭い場所へ、小さな穴へ、袋小路へともぐりこもうとする内向的な人間なのである。まるで胎内回帰してゆくように、つげ義春は、湯気のなかへ、女の身体のなかへ、湯壺のなかへ、路地のなかへ、便所のなかへともぐりこんでゆく。」
「つげ義春の作品は、水のイメージにひたされている。ほとんどの作品が水の要素を持っているといっていい。」

川本三郎「時には漫画の話を」より

映画「無能の人」 1991年
(監)竹中直人
(原)つげ義春
(脚)丸内敏治
(撮)佐々木原保志
(音)GONTITI
(出)竹中直人、風吹ジュン、三東康太郎、山口美也子、マルセ太郎、神戸浩、いとうせいこう、神代辰巳(鳥師)、大杉蓮(古本屋)、原田芳雄、三浦友和

 映画版の「無能の人」もお勧めです。映画の方は原作よりもより暖かな映画になっています。ラストシーンに「峠のわが家」を使っているのはその象徴。
この映画のゴンチチの音楽がまた良かった。救いのない暗い映画は、音楽によって天国のように幸福な作品になっています。2011年、東日本大震災以後、生き方を見直す人が増えています。そんな生き方を見直したい方には是非見ていただきたい映画です。
 でも、「無能の人」にはなりたくない?
 それでいいと思います。でも、ひかれてしまうんですよね。そんな自分が怖いです。

 最後につげさんが好きだった梶井基次郎の「檸檬」の中の文章をどうぞ。
「何故だか其の頃私は見すいぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしても他処他処しい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったり、むさくるしい部屋が覗いてたりする裏通りが好きであった。・・・」

<参考>
「無能の人」
(復刻版) つげ義春(絵・作)
「幻想紀行」 権藤晋(著) 立風書房 1998年

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