「存在の耐えられない軽さ The Unbearable Lightness of Being」 1988年

- フィリップ・カウフマン Philip Kaufman、ダニエル・デイ・ルイス Daniel Day Lewisha -

<諸星あたる?>
 「存在の耐えられない軽さ」とは、タイトルからして難解そうです。そのうえ、原作者がチェコを代表する文学者のミラン・クンデラで、舞台が1968年から1970年代にかけて激動の時代をむかえていたチェコとなれば、政治的、哲学的、文学的で難解な作品と思われても仕方ないでしょう。
 しかし、この映画は激動の時代を背景に描かれた大河ドラマ・スタイルのラブ・ストーリーと考えるべきだと思います。それどころか、この映画の主人公トマシュの行き方を見ていると、僕は押井守の出世作「うる星やつら」の主人公、諸星あたるを思い出してしまいます。女好きで、アナーキーで、食い物につられる超軟弱者、そのくせ好きな女の子のためならどんな危機をも乗り越えるという愚かなくせに勇気にあふれた人間性。。これはまさに「諸星あたる」のキャラクターそのままです。トマシュの職業が医者というのも、あたるなら大喜びしそうです。
 映画の製作は1980年代後半ということで、ほぼ20年の年月が過ぎていますが、リアルさにこだわった映像からは当時の雰囲気がよく伝わってきます。政治、恋、人生、セックス、文学、国境、写真、亡命、デモ・・・ドラマの要素がてんこ盛りになったこの作品は、2時間53分という長さを感じさせない骨太な歴史ドラマであり、軟弱な恋愛ドラマ、ふたつを合わせ持つ見ごたえ十分の傑作です。

<プラハの春>
 映画の舞台となった1960年代末のチェコスロバキアとは、いかなる時代だったのでしょうか?
 レーニンの死(1924年)とトロッキーの国外追放(1929年)以降、ソ連に独裁体制をしいていたスターリンが1953年この世を去りました。そのため、それまで押さえ込まれていた共産圏の民主化勢力はやっと独自の路線を歩むことが可能になろうとしていました。
 チェコスロバキアでも、民主化に向けた運動が活発化し、「プラハの春」と呼ばれる自由な時代が訪れました。しかし、この映画の物語が始まる1968年、行過ぎた民主化に対するソ連からの圧力が高まり、8月にはソ連の戦車部隊が首都プラハを制圧、再びチェコには長い冬の時代が訪れることになります。再び、春が訪れることになるのは、1985年にゴルバチョフがソ連の書記長に就任し、1987年あのペレストリカ(改革)が始まる頃のことでした。
 しかし、この映画の撮影が始まった1987年時点では、まだこの映画をチェコ国内で撮影できる状況にはなく、そのためこの作品はよく似た雰囲気をもつ街、フランスのリヨンを中心に撮影されました。とはいえ、事件から20年という歳月が過ぎ、ついに当時の出来事を再現し撮影することができるようになったわけです。20年という時を経て、雪は解け、再びプラハに新しい春がやって来たのです。

<ミラン・クンデラ>
 この映画の原作者ミラン・クンデラ Milan Kunderaは、まさにこの激動のチェコを代表する作家です。1929年、チェコスロバキアのブルノに生まれた彼は、第二次世界大戦後、共産党に入党。音楽家だった父親の血を受け継いでミュージシャンとして活躍後、作家として戯曲や小説を書き、その後プラハ国立映画学校の教授になったほど、映画理論にも通じていました。
 しかし、ソ連軍の介入後、1970年に共産党を離党すると、彼は大学教授の職を追われ、それまでの著作もすべて発禁処分となります。結局彼は1975年に妻とともにフランスへと亡命。ソルボンヌ大学の教授となりました。
 彼はこの間の経験をもとに1984年この映画の原作となった小説「存在の耐えられない軽さ」を発表。それが世界的なベストセラーとなります。しかし、当然、この小説は故国チェコでは映画公開時点でもまだ出版されていませんでした。

<フィリップ・カウフマン>
 この映画の監督フィリップ・カウフマン Philip Kaufmanは、1936年10月23日イリノイ州シカゴで生まれています。1958年シカゴ大学を卒業した彼はハーバード大学で法律、シカゴ大の大学院でアメリカ史を専攻。その後、結婚してからは作家を目指すようになりサンフランシスコへ移住。その後はヨーロッパへ妻子と共に旅立ち、2年間放浪の旅を続けました。その間、彼はギリシャで英語を教えたり、イタリアのフィレンツェで数学を教えたりと各地で働きながら生活費を稼いでいたといいます。そんな生活の中、彼は各地の映画館でヨーロッパの素晴らしい映画と出会いその魅力にひかれて行きました。特に彼が気に入ったのは、ベルナルド・ベルトリッチやピエロ・パオロ・パゾリーニなど、イタリアの若手監督の作品にあアメリカ映画にはない魅力を感じ、自分も映画を作ろうと思うようになります。こうして彼は自らの目標を見つけ、シカゴの街に戻ると自主制作の映画を撮り始めます。
 友人たちから借りた資金を元手に、彼は共同監督で16ミリのコメディー映画「Goldstein」(1963年)を撮りますが、その作品がなんとカンヌ映画祭で批評家新人賞を受賞し、一躍注目を集める存在となります。(まさに彼は天才だったのでしょう!)
 1972年、彼はハリウッドに進出。そして撮られた「ミネソタ大強盗団 The Great Northfield, Minnesota Raid」は、ニューシネマ時代の西部劇を代表する名作のひとつとなりました。(渋い脇役俳優たちが大活躍するこの映画は、僕のお気に入り作品でした)その後も彼は、「SFボディー・スナッチャー」(宇宙人による侵略SFの代表作)(1978年)、「ワンダラーズ」(ノスタルジックな青春映画)(1979年)、そして、これまた僕も大好きなノンフィクション小説の映画化作品「ライト・スタッフ」(1983年)と着実に優れた作品を作り続け、そしてこの作品に至ったわけです。
 元々ヨーロッパ映画の美学に憧れて映画を撮り始めた彼は、ハリウッドの映画監督たちとは異なるインディーズに近いスタンスをとる監督となりました。その点ではヨーロッパを舞台とした恋と政治をからめた歴史映画は彼にとってぴったりの題材だったかもしれません。

<ダニエル・デイ・ルイス>
 この作品はもうひとつダニエル・デイ・ルイスとジュリエット・ビノシュという英仏を代表する二人の俳優を一躍世界的な存在にしたことでも記念すべき作品です。
 ダニエル・デイ・ルイス Daniel Day Lewisha,1957年4月29日ロンドンで生まれました。父親が有名な桂冠詩人のセシル・デイ・ルイスで母親もまた俳優という芸術家ファミリーに育った彼は名門の家系として入学させられた寄宿学校に馴染めずに脱走。家具職人になろうとしますが、祖父の薦めもあり演劇学校に入り、いよいよ俳優への道を歩み始めます。
 「ガンジー」(1982年)、「バウンティ/愛と反乱の航海」(1984年)に出演後、1985年公開の映画「マイ・ビューティフル・ランドレット」での妖しく美しいゲイの青年役でその名を知られるようになり、ジェームス・アイボリー監督の「眺めのいい部屋」(1986年)では、貴族を演じ、その演技力の高さからニューヨーク批評家協会助演男優賞を受賞しました。
 この作品の脚本を読んだ彼は、なんとか出演しようと考えます。そして、英語で台詞を言うことになっていたにも関わらず、あえてチェコ語を学び、チェコ訛りの英語を身につけてから監督に会いに行ったというのです。
 英国版ロバート・デ・ニーロといわれるほど役柄にのめり込むことで知られる彼は、1989年の「マイ・レフト・フット」では脳性麻痺のアーティストを演じるため数週間にわたり撮影現場以外でも常に車椅子で生活したといわれます。そうした役へののめりこみは、ロバート・デ・ニーロらのアクターズ俳優の演技手法「メソッド」とは異なり、身も心も役になりきるというものであったため、その反動もまた無視できないものでした。1997年の作品「ボクサー」では、撮影後彼は俳優として演じることに興味を失ってしまい、イタリアに渡り靴職人として修行を始めました。一時はもう俳優には戻らないのではと思われていましたが、マーティン・スコセッシの大作映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2001年)でついに復活。ビル・ザ・ブッチャーという強烈な個性を持つギャング団のボスを演じました。しかし、この強烈な役を演じ終わると彼は再び映画から遠ざかります。(彼はこうした半引退時期に「恋におちたシェークスピア」(1998年)、「ロード・オブ・ザ・リング」(2001年)、スティーブ・ソダバーグのリメイク版「ソラリス」などの映画への出演を断っていたとのことです)
 「重い時代を生き抜いた軽い男の物語」を生み出した男たちは、みな生き様は重いけれど、フットワークは軽い、自由に人生を楽しむ人物だったのです。

<ヤナー・チェク>
 この映画には全編をとうして、チェコを代表する作曲家ヤナーチェクの曲が使用されています。今でこそ、村上春樹の「1Q84」で有名になりましたが、この映画が公開されて当時、ヤナーチェクの名前を知る人はそう多くなかったでしょう。
 トマシュがセックスをする場面で何度も使われているのが「チェロとピアノのためのおとぎばなし」という曲。その逆に重い場面、ソ連軍の戦車隊の侵入の場面で使われていたのは「クロイツェル・ソナタ」という曲です。

「存在の耐えられない軽さ The Unbearable Lightness of Being」 1988年公開
(監)(脚)フィリップ・カウフマン
(製)ソウル・ゼインツ
(製総指揮)ベルティル・オルソン
(原)ミラン・クンデラ
(脚)ジャン・クロード・カリエール
(撮)スヴェン・ニクヴィスト
(音)レオシュ・ヤナーチェク
(出)ダニエル・デイ・ルイス、ジュリエット・ビノシュ、レナ・オリン

<あらすじ>
 1968年、チェコスロバキアのプラハで医師として働くトマシュ(ダニエル・デイ・ルイス)は優秀な腕を持つと同時に女たらしとしても有名な若者でした。彼には画家の恋人サビーナ(レナ・オリン)がいて、セックス・フレンドとして付き合っているものの、けっしてそれ以上の関係にはなりませんでした。ある日、彼の家に出張先で知り合ったカメラマン志望の女の子テレーザ(ジュリエット・ビノシュ)が転がり込んできます。二人はそのまま同棲するようになりますが、常識的なテレーザはトマシュに結婚を迫り、あっさりと夫婦となります。
 しかし、トマシュが浮気をしないわけはなく、そんな彼に嫌気がさしたテレーザは家を出てしまいます。しかし、その時、プラハの街に突然ソ連軍が侵攻してきました。チェコの民主化の行き過ぎを見逃せなくなったソ連がチェコ政府の方針転換を迫ってきたのでした。それに対しチェコ国内ではすぐに抵抗運動が始りますが、ソ連の戦車部隊を止めることは到底不可能でした。テレーザはこの時のソ連軍の侵攻をフィルムに収めて、海外のメディアに載せるため知人に持ち出しを依頼します。同じ頃、サビーナはスイスのジュネーブへと旅立ち、トマシュとテレーザもまたジュネーブへと出発しました。しかし、スイスでの彼らの生活は長くは続きませんでした。サビーナは、アメリカへとひとり旅立ち、テレーザもまたトマシュと別れて、チェコへと向かいます。テレーザがソ連軍により危険が高まっていたチェコに帰ったことを知ったトマシュは、彼女の後を追い故国へと戻る決意を固めます。
 3人の運命はどうなるのか?

<この年の映画>
イマジン Imagine」 (監)(脚)(製)アンドリュー・ソルト(音編)ジョージ・マーティン
(ご存じジョン・レノンのドキュメンタリー映像、貴重な映像満載!)
数に溺れて」(監)(脚)ピーター・グリーナウェイ(カンヌ映画祭芸術貢献賞
霧の中の風景」(監)(脚)テオ・アンゲロプロス(脚)トニーノ・グエッラ(出)ミカリス・ゼーナ(ヴェネチア映画祭銀獅子賞
偶然の旅行者 The Accidental Tourist」 (監)ローレンス・キャスダン(原)アン・タイラー(音)John Williams
(ウィリアム・ハート主演、ジーナ・デイヴィスがアカデミー助演女優賞受賞)
「グッド・モーニング、ベトナム Good Morning, Vietnum」 (監)バリー・レヴィンソン
(ロビン・ウィリアムスの代表作、ルイ・アームストロングなど音楽も良し!)
グラン・ブルー Le Grand Bleu」(リュック・ベッソンの映像も凄いがEric Serraの音楽なかなか、ジャック・マイヨールの物語)
告発の行方 The Accused」(監)ジョナサン・カプラン(ジョディ・フォスターアカデミー主演女優賞受賞)
最後の誘惑 The Last Temptation」(監)マーティン・スコセッシ(音)ピーター・ガブリエル
サラーム・ボンベイ!」(監)ミーラー・ナーイル(カンヌ映画祭カメラ・ドール受賞)
スール/その先は・・愛」(監)フェルナンド・E・ソラナス(音)アストル・ピアソラカンヌ映画祭監督賞受賞)
神経衰弱ぎりぎりの女たち」(監)ペドロ・アルモドバル(出)カルメン・マウラ、アントニオ・バンデラス(ヴェネチア映画祭脚本賞
聖なる酔っぱらいの伝説」(監)エルマンノ・オルミ(出)ルトガー・ハウアー(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「ダイ・ハード」(監)ジョン・マクティアナン(原)ロデリック・ソープ(脚)ジェブ・スチュアート他(出)ブルース・ウィリス、アラン・リックマン
 (音)金庫を開けた時の曲、ベートーベンの第九交響曲より「喜びの歌」
バード Bird」 (チャーリー・パーカーの伝記映画、イーストウッド監督の傑作、フォレスト・ウィテカーがカンヌ映画祭主演男優賞、フランス映画高等技術委員会賞受賞)
「ヘアスプレー」(監)(脚)ジョン・ウォーターズ(撮)デヴィッド・インスレー(出)リッキー・レイク、ディヴァイン(2007年にリメイクされヒット!)
ペレ」(監)(脚)ビレ・アウグスト(主)マックス・フォン・シドー(カンヌ映画祭パルムドール受賞)
ミラグロ 奇跡の地 The Milagro Beanfield War」 (音)Dave Grusin アカデミー作曲賞ルベン・ブラデスが出演、ロバート・レッドフォード監督)
ニュー・シネマ・パラダイス Nuovo Cinema Paradiso」 (監)ジュゼッペ・トルナトーレ(音)Ennio Morricone (映画への愛に満ちた名作中の名作)
U2 魂の叫び」 (監)フィル・ジョアノー(U2のアメリカン・ツアーをとらえたドキュメント映像)
レインマンRain Man」 (監)バリー・レヴィンソン(音)ハンス・ジマー (アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞ダスティン・ホフマン受賞作)
レッツ・ゲット・ロストLet's Get Lost」チェット・ベイカー(伝説のジャズ・ヴォーカリストのドキュメント)
ワーキング・ガール Working Girl」 (監)マイク・ニコルズ(音)Carly Simon「Let The River Run」 アカデミー歌曲賞
ワールド・アパート」(監)クリス・メンゲス(主)バーバラ・ハーシー(カンヌ映画祭グランプリ、主演女優賞受賞)
ワンダとダイヤと優しい奴ら A Fish Called Wanda」(監)チャールズ・クライトン、ジョン・クリーズ(ケヴィン・クラインがアカデミー助演男優賞受賞)

「異人たちとの夏」(監)大林宣彦(製)杉崎重美(原)山田太一(脚)市川森一(出)風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎
「怪盗ルビイ」(監)(脚)和田誠(原)ヘンリイ・スレッサー(撮)丸池納(出)小泉今日子、真田広之、水野久美
「木村家の人々」(監)滝田洋二郎(原)谷俊彦(脚)一色伸幸(音)大野克夫(出)鹿賀丈史、桃井かおり、岩崎ひろみ
「郷愁」(監)(脚)中島丈博(撮)林淳一郎(音)近藤等則(出)西川弘志、小牧彩里、吉行和子
「さくら隊散る」(監)(脚)新藤兼人(原)江津萩枝(撮)三宅義行(音)林光(出)吉田将士、未来貴子
「釣りバカ日誌」(監)栗山富夫(出)西田敏行、三國連太郎(「釣りバカ・シリーズ」の第一作)
「となりのトトロ」(監)(原)(脚)宮崎駿(製)徳間康快(撮)白井久男(音)久石譲
「TOMORROW/明日」(監)(脚)黒木和雄(脚)井上正子、竹内銃一郎(原)井上光晴(出)桃井かおり、南果歩、原田芳雄
「敦煌」(監)(脚)佐藤純弥(原)井上靖(脚)吉田剛(出)西田敏行、佐藤浩市、中川安奈(45億円の超大作大ヒットとなる)
「火垂の墓」(監)(脚)高畑勲(原)野坂昭如(撮)小山信夫(音)間宮芳生
「リボルバー」(監)藤田敏八(原)佐藤正午(脚)荒井晴彦(出)沢田研二、村上雅俊、佐倉しおり
「ロックよ、静に流れよ」(監)(脚)長崎俊一(原)吉岡紗千子(脚)北原陽一(出)岡本健一、成田昭次

「座頭市」撮影中に真剣が刺さり俳優加藤幸雄が死亡
東八郎(俳優、コメディアン)死去(52歳)
荻昌弘(映画解説者)死去(62歳)
清水俊二(映画字幕の草分け)死去(81歳)
中井朝一(黒澤組カメラマン)死去(78歳)

<この年の出来事>
アフガニスタン和平4カ国協定調印(米国、ソ連、アフガニスタン、パキスタン)
第14回主要先進国首脳会議(トロント・サミット)
国連平和維持軍がノーベル平和賞受賞
<アメリカ>
米軍ペルシア湾でイラン軍と交戦
アメリカの理論物理学者リチャード・ファインマン死去
チリの大統領新任投票で15年続いたピノチェト軍事政権が敗北
<ヨーロッパ>
EC・コメコン相互援助関係樹立宣言
エーゲ海観光船テロ事件
ゴルバチョフが最高会議幹部会議長に就任、党書記長も兼任
スウェーデン議会、原子力発電所廃棄法可決
<アフリカ・中東>
イラン・イラク戦争終結
パレスチナ国家独立
<アジア>
ソ連軍アフガニスタンから撤退
カンボジア問題5者ジャカルタ会議開催、ヴェトナム軍がカンボジアからの撤収を開始
バングラディッシュ大洪水
ビルマ国軍クーデター(翌年国名をミャンマーに変更)
台湾の総統に李登輝氏就任
チベット自治区で独立を求める運動激化
ソウル・オリンピック開催
<日本>
青函トンネル、瀬戸大橋開通
リクルート事件
東京ドームが完成
日米牛肉・オレンジ交渉決着

<芸術、文化、商品関連>
「ビラブド:愛されし者」トニ・モリスン著(ピューリツァー賞受賞)
「オスカーとルシンダ」ピーター・ケアリー著(ブッカー賞受賞)
「パリス・トラウト」ピート・デクスター著(全米図書賞)
「ジャーナル・オブ・デザイン・ヒストリー」創刊(イギリス)
ドラゴン・クエストVが大ヒット
<音楽関連(海外)>
ヒップ・ホップ専門誌「ザ・ソース The Source」創刊
ヒップ・ホップ専門TV番組「Yo! MTV Raps」放送開始
デトロイトにクラブ「デトロイト・ミュージック・インスティテュート」誕生
(デトロイト・テクノの発信源となる)
「ディファレント・トレインズ」 スティーブ・ライヒ
<音楽関連(国内)>
CDシングルの発売が始まり、CDの売上が一気にアナログ盤を抜きさる
東京ドームがオープン(アルフィー、ミック・ジャガーが登場)
新宿パワー・ステーションがオープン(インディーズ・バンドの登竜門)
代々木公園の歩行者天国に「バンド天国」が現れる

<この年の音楽情報>

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