世界平和の実現を目指す知的国際結社

- ユネスコ UNESCO - 

<ユネスコって何?>
 日本に新たな世界遺産が誕生するたびに名前が出る「ユネスコ UNESCO」って何?素朴な疑問について調べてみました。
 先ずは、UNESCOとは何の略なのか?から始めましょう。
 United Nation Educational , Scientific and Cultural Organization(国際連合教育科学文化機関)となります。その設立目的については、国連憲章の第一条にこうあります。

 この機関の目的は、国際連合憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民間の協力を促進することによって、平和及び安全に貢献することである。

 ユネスコの設立目的は「世界平和」の実現なわけです。そして、そのきっかけとなったのは、世界を崩壊の危機に追い込んだ二つの世界大戦でした。しかし、それより以前、第一次世界大戦の後1922年に設立された国際知的協力委員会と国際知的協力機関はユネスコの全身といえる存在でした。(国際連盟のもとで活動する組織でした)そこに所属する委員の中には、アンリ・ベルグソン、キュリー夫人、アインシュタインなどに加え、日本からも新渡戸稲造が参加していました。残念ながら、この組織が機能する前に第二次世界大戦が始まってしまいましたが、その意志が第二次世界大戦が終わる前再び形となります。

 ユネスコの第五代の事務局長フランス人のルネ・マウはユネスコの事業における三つの指導理念をあげています。
(1)国際知的協力(多数のNGOとの協力による)
(2)発展途上国向けの具体的支援活動(識字教育など教育活動の援助)
(3)倫理的活動(国際理解増進のための協同学校、人権問題の普及、文化遺産などの保存・・・)

<ユネスコの組織・体制>
 ユネスコの加盟国は現在190近くになり、総会への出席者は2000人以上になるといいます。使用されている公式言語は、英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語。
 当初は国を代表する人物が個人として参加していましたが、国としての政策を左右する問題を討議する場合、個人参加ではなんの政治的力もないため役に立ちません。そこで現在では、「国を代表して参加すること」が求められることになっています。

<ユネスコの部署>
(1)教育センター
(2)自然科学センター
(3)文化センター
(4)コミュニケーション情報センター
(5)社会・人文セクター
(6)管理・行政部門
 その他、環境・人口問題調整室、世界遺産センター、平和の文化室など

<ユネスコ設立>
 1942年、戦争がまだ続く中、イギリスのロンドンで連合国文部大臣会議が開催され、そこで戦後の教育、文化、科学での国際協力体制の基礎が築かれました。その後、ヨーロッパの戦勝国に加えて、ソ連、カナダ、中国、インドなどの国も参加し、ユネスコ設立の動きが本格化します。第一次世界大戦の後、再び起きてしまった世界大戦に世界中の人々は危機を感じていました。再び戦争を起こさないようにするためには、どうしたらよいのか?どの国も真剣にそのことを考えている時代でした。そのためには、国連活動だけでは不十分化もしれない。そう多くの人々は考えており、そのためにユネスコ設立は必要だと考えられたのです。
 1945年4月にサンフランシスコで国連の設立会議が開催されると、すぐにユネスコの設立会議の準備が始まりました。
 1945年11月にロンドンで44か国が参加して設立総会が開催され、ここでユネスコの設立も採択されました。設立総会で初代事務総長に選ばれたのは、科学者、思想家、生物学者のジュリアン・ハックスレーでした。
 ユネスコが世界平和を目的にしていることは、設立時に制定された憲章に明快に記述されています。

<国際連合教育科学文化機関憲章より>

 戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
 ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代わりに、無知と偏見を通じて人間と人種の不平等という教義をひろめることによって可能にされた戦争であった。
 文化の広い普及と正義・自由・平等のために人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、且つ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神をもって果たさなければならない神聖な義務である。

 政府の政治的及び経済的取組みに基づく平和は、世界んも諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなかればならない。
 これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の充分で平等な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに探求され、且つ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達んも方法を発展させ及び増加させること並びに相互に理解し及び相互の生活を一層完全に知るためにこの伝達方法を用いることに一致し及び決意している。
 この結果、当事国は、世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、且つ、その憲章が宣言している国際連合教育科学文化機関を創設する。

<日本の加盟>
 1951年6月第6回ユネスコ総会において、日本の加盟が承認されました。それは日本の国連加盟に先立つものでしたが、それだけ当時日本はユネスコへの加盟に積極的だったということです。それは、日本人が平和を願う気持ちの強さの表れでもありました。
 1947年、仙台にユネスコ協会という民間の団体が誕生。その団体は日本のユネスコ加盟を後押しするために立ち上げられたもので、その後日本各地で次々に同じ目的を持つ団体が立ち上げられました。そうした民間からの熱意が政府を後押しすることで、ユネスコへの加盟が早まったのでしょう。日本のユネスコ加盟は、こうした草の根的な運動から始まったともいえるのです。今も昔も日本の政治家は、平和を求めるより、危機を煽ることに興味があるのかもしれません。
 日本はユネスコへの加盟にあたり、前田多聞代表(元文部大臣)が行った演説の中にこうあります。

「・・・戦後の混乱と不安と無援助のさ中にあって、粉砕され屈辱を受けた日本人の心は、希望と光明を与えてくれる治療薬を熱心に求めて、最後にユネスコに求めるものを見出したのであります。ユネスコ精神は、平和を愛する民主国家として再建の途にある今日の日本にとって、指導原理でなくてはなりません。・・・」

<ユネスコからのアメリカ脱退>
 2014年現在ユネスコには、なぜかアメリカが加盟していません。アメリカは1983年に脱退しているのです。そのため、ユネスコの総予算は1983年以降、一気に70%に縮小されています。(日本はほぼその20%を負担しているようです)なぜアメリカはユネスコを脱退したのか?それは1983年にまで時代をさかのぼる必要があります。
 1983年10月アメリカ軍が中米のグレナダに侵攻。世界中から批判されることになりました。
 同じ時期米ソINF(中距離核戦力)削減交渉が決裂。それに対し、ソ連などの共産圏諸国が平和・軍縮に関する決議案を次々と上程。ソ連はユネスコを利用して、アメリカに圧力をかけ続け、それに嫌気がさしたアメリカが同年12月に脱退。その後、1985年12月には英国も脱退しています。
「マス・メディア宣言」
 アメリカの脱退にはもうひとつ大きな原因がありました。それはユネスコによる「マス・メディア宣言」への反発もあったといわれています。その「マス・メディア宣言」とは、「平和及び国際理解の強化、人権の増進、並びに人種差別主義、アパルトヘイト及び戦争扇動の制止に対するマス・メディアの貢献についての基本原則に関する宣言」のことです。要するに「人種差別などを助長するようなマスコミ活動は政府が規制をしましょう!そうしないとナチス・ドイツみたいなことになっちゃいますから・・・」ということです。
 この提案を行ったのはソ連でした。それに対してマスコミへの政府の干渉は、報道の自由を奪うものだと西欧諸国が反発。(それにも一理あると言えばあるのですが・・・)そのため、その宣言には様々な修正が加えられなんとか成立にこぎつけました。もともとソ連は近隣諸国からのラジオ放送が国内に及ぼす影響を恐れたために、マスコミへの規制を求めたということのようです。
「新世界情報コミュニケーション秩序」
 さらにアメリカが嫌ったものとして、「新世界情報コミュニケーション秩序」があります。これは1974年に提案された事務局長提案の中にありました。それは「各国のマス・メディア倫理綱領のための国際的ガイドラインを作成する」というのが主な内容でした。要するに、「マスコミ情報が一部の大国、巨大メディアに独占されることで片寄るlことのないよう多様性と自由の保障を確保しよう」ということです。
 これもまたマスコミに対する規制につながると西側諸国が反発。でも、アラブ諸国にとってのアルジャジーラのようなマスコミの存在は今や貴重な存在であり、自国のマスコミを持たない貧しい国々にとっては、CNNとは異なるマスコミの存在が求められるのは当然のことです。この問題については、議論の決着がつかず、1980年代の終わりにロシアが崩壊すると提案自体が消滅することになります。

<ユネスコの今後>
 ユネスコは設立当初、2度の世界大戦への深い反省に基づく熱い思いによって動く組織として誕生しました。ところが、1970年代には冷戦構造のもとで米ソが政治利用する場となってしまい、ついには米英が相次いで脱退することになりました。
 アメリカ抜きのユネスコに世界を変えることはできるのでしょうか?
 教育よりも先にやることはないのでしょうか?
 世界遺産を守ることより、飢餓に苦しむ人々にパンをくばる方が意味があるのではないか?
 ユネスコの活動に対する様々な疑問があります。
 しかし、ユネスコという存在は、人類がひとつの理想に向かう意識の象徴としてだけでも重要な価値があり、その活動の盛り上がり無しに世界平和の実現は不可能なはずです。
 そのユネスコに日本が加盟する際、政治家ではなく一般大衆の中から加盟を求める動きが起きたことは、いかに当時の日本人の多くが平和を求め、戦争を回避するためにはどうしたらよいかについて考えていたかを示しています。当時は誰もが「もう戦争をしたくない」という強い意志をもっていたのです。
 そして、今や日本の平和貢献はユネスコにおいても大きな存在です。そのことに日本はもっと誇りを持つべきだし、それをさらに進めてゆくことこそ、今の日本が進むべき道であり、けっして「積極的平和主義」などという愚かな選択ではないと思います。
 ユネスコの理念は日本国憲法第9条とともに、もっともっと知られるべき存在だと思います。

<参考>
「ユネスコ 50年の歩みと展望」
 1996年
(著)野口昇(ユネスコで10年働いた事務官)
シングルカット社

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