崩壊する自由の国アメリカの証言集

「綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語 The Unwindeing An Inner History of The New America」

- ジョージ・パッカー George Packer -

<分厚いアメリカの歴史>
 全682ページという大作で、なおかつノンフィクション作品ということで、なかなか手が出にくい本かもしれません。しかし、書評の中に「この作品はまるでスタインベックの小説のようだ!」というコメントがあるように、この本はドラマチックでスケールの大きな歴史書でありながら一気に読ませる物語性も持っています。それは、世界のリーダーだった国アメリカが経済的、文化的に崩壊してゆく大河ドラマです。
 なぜ、僕は昔からアメリカ文化にどっぷりとつかっていてそれが大好きなのにも関わらず、反面アメリカという国が大嫌いなのか?
 その理由がこの本を読んで再確認できた気がします。「アメリカン・ドリーム」の母国は「自由」であるがゆえに「無法地帯」でもあり、誰もが「銃」を持てる国は、自らの手で生き延びることができれば夢がかなう国でもあります。それが僕の大好きなアメリカです。
 この本を読んでいて、僕の人生観、映画観を大きく変えたロバート・アルトマン監督の映画「ナッシュビル」を思い出しました。あの映画で描かれていたアメリカの「狂気」、「自由」、「夢」、「偽善」、「エンターテイメント」は、この本でも描かれています。ただし、この本に描かれているのは「ナッシュビル」が公開された1975年以降、世界のリーダーだったアメリカの「夢と自由」が綻びてゆく過程です。(思えば、イーグルスがロック文化の終焉を歌った「ホテル・カリフォルニア」の発表は1976年でした)
 1950年代に経済的な黄金時代を迎えたアメリカは、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、ソ連との冷戦の泥沼にはまり込むうちに、その栄光を失って行きました。人類を月に送り込んだり、人間の脳を越える電子計算機を開発したり、究極の破壊兵器となった原子爆弾を生み出したり、音楽の力によって人々の意識を変えたりしてきた偉大な国アメリカは過去のものとなりました。
 この本では、1978年から2012年までに起きた様々な事件を、実際に関わった様々な人々が当事者の立場から語っています。

自動車産業の失速とアメリカ経済の後退
ウォルマートの誕生と地域社会の崩壊
クリントン政権の誕生とスキャンダル
シリコンバレーの発展(ペイパル、アップル、フェイスブック・・・)
バイオエネルギー産業の登場
9・11同時多発テロ事件とイラク戦争
オーガニック食品ブーム
サブプライムローンとリーマン・ショック
新聞からネットメディアへ
ウォール街占拠事件
オバマ政権の誕生と失望
崩壊した都市の再生プロジェクト(タンパ市)
ティーパーティー(原始アメリカ指向で小さな政府を目指す政党)の躍進
遺伝子操作による不老不死研究
オプラ・ウィンフリー・ショー(アメリカの人気テレビ番組)
ジェイZ(ヒップホップ・アーティスト)のブレイク

 この本を読んでいて改めて気づかされたのは、アメリカ人にとっての「自由」とは、「夢」をかなえる自由であると同時に失敗する自由でもあるということです。

 揺り戻しは自由をもたらす。かつてないほど多くの人々が、かつて許されたことがないほどの自由を手に入れた - 自由に去り、自由に戻り、新たな人生を歩み、真実を手に入れ、仕事につき、仕事を辞め、高みを目指し、結婚し、離婚し、破産し、再出発し、事業を興し、二兎を追い、限界を試し、瓦礫の山に背を向け、夢をもしのぐ成功に有頂天になり、屈辱的な敗北を喫し、ふたたび挑戦する。・・・・
「綻びゆくアメリカ」プロローグより

 だからアメリカは世界を変えてきたのです。だからアメリカは凄い国なんです。
 しかし、その自由があまりにも一部の人間にだけ利用されるようになると・・・どうなるのか?1980年代以降、様々な分野において、悪い流れがアメリカを襲うことになりました。
 悪夢を見るようなアメリカ社会の現状は、餓死やエイズ、内戦によって死が身近にあるアフリカとは違って、真綿で首を絞められるような悲惨さに満ちています。
 2014年に黒人少年射殺事件から始まった暴動も、アメリカ社会が1950年代に退行してしまったかのように見えます。

 1978年から2012年まで世紀末のアメリカで何があったのか?それぞれ異なる立場の人々の証言によって、その真相を立体的に浮かびあがらせる試みは、このサイトの目指すところも一致しているので大いに参考になりました。もちろん、その取材の徹底ぶりと母国アメリカへの熱い思いに到底かないませんが・・・。素晴らしい本です。

<この作品の登場人物たち> 
 この本に登場するのは、もちろんすべて実在の人物です。
ディーン・プライス(起業家、脱石油を実現するため、新エネルギーの実用化を目指す)
ジェフ・コノートン(政界インサイダー、議員の裏方としてアメリカの政治を見てきた人物)
タミー・トーマン(コミュニティー・オーガナイザー、崩壊した街タンパの再生を目指す)
ピーター・ティール(ベンチャー・キャピタリスト、シリコンバレーに誕生したネット企業のバック)
ニュート・ギングリッチ(政治家、共和党右派の国会委議員)
オプラ・ウィンフリー(テレビの人気プログラム司会者、黒人から世論を動かすスーパースター)
レイモンド・カーヴァ―(作家、貧しさの中からリアリズム文学の傑作を生み出した小説家)
サム・ウォルトン(量販店チェーン「ウォルマート」創業者、地域経済だけでなく地域社会をも崩壊させアメリカ全体を変えてしまった人物)
コリン・パウェル(軍人、中東における戦争の英雄からブッシュ政権の国務長官へ)
アリス・ウォータース(オーガニック・レストラン経営者、学校での菜園活動により教育の復興を目指す)
ロバート・ルービン(クリントン政権で国家経済会議委員長に就任した経済アナリスト)
ジェイZ(ミュージシャン、企業家、貧しい黒人家庭で様々な犯罪に関わりながらそこから這い上がって成功したアメリカン・ドリームの体現者)
エリザベス・ウォーレン(連邦破産法委員会アドバイザー、ウォール街の犯罪を明らかにしようと孤軍奮闘する)
<1970年代末アメリカ政界の変化>
 1960年代末に起きた世界的な反体制運動の後、アメリカは急激に「自由度」を増しました。運動自体は行き詰まったものの、社会は確実に変化しました。しかし、ベトナム戦争での敗戦やオイルショック、経済競争での敗北により、アメリカ経済は崩壊。そこでアメリカの経済界は強いアメリカを復活させるために、長く封印していた「パンドラの箱」に手をつけます。それは経済界における社会主義的な縛りを取り除き「自由」を与えこることでした。

 ジョージ・ワシントンが大統領だった1792年から、金融危機は10年からの15年くらいのサイクルで繰り返されてきた。恐慌、取り付け騒ぎ、信用収縮、暴落、不況。農民は土地を失い、家族はばらばらになった。そんなことが百年以上も続いた。大恐慌を迎え、オクラホマは荒廃した。「もっとうまいやり方があるはずだ」。アメリカ国民は知恵を絞った。
「これ以上、景気の浮き沈みに翻弄されるべきではない」。大恐慌によって三つの原則が打ち立てられた。
◦ 連邦預金保険公社(FDIC)・・・銀行に預けた資金は安全に保護される。
◦ グラス・スティーガル法・・・銀行が顧客の預金を好き勝手に運用することは許されない。
◦ 証券取引委員会(SEC)・・・証券市場は厳重に監視される。
 50年ものあいだ、これらの秩序のおかげでアメリカは金融危機に陥らずにすんだ。恐慌やメルトダウン、資産の凍結は一度も起こらなかった。規制がアメリカ国民に安全と繁栄をもたらしたのだ。銀行業は退屈そのものだった。歴史上例をみない多数の中産階級がアメリカに誕生した。・・・・・
 そして1970年代後半になり、1980年代前半を迎えた。
「規制がどうしたって?そんなもの厄介で、コストがかかるだけだ。もう役目は終わっただろう」。そんなふうにして、政府は規制緩和に乗りだした。・・・


 この時代にアメリカを急激に変えて行ったのは、実は政治家たちではなく経済人たち、そして彼らの力を政界に持ち込ませた経済界出身のロビイストたちでした。

 かつての党体制はすでに消滅していた。その支援者と党の上層部との密室政治は終止符を打とうと願う志の高い改革派が、その息の根を止めたのだ。ギングリッチはこうなることも見通していた - 政治家が実業家となり、党内の派閥よりも、特定利害をもつ政治活動委員会やシンクタンク、メディア、ロビイストに頼るようになることを。・・・・・
ニュート・ギングリッチ(政治家、共和党右派の国会委議員)

・・・ロビイストは、雇われた殺し屋のような存在かもしれない。非難を向ける先があるとすれば - 金まみれの選挙を容認する選挙資金法はさておき - 大金をぶらさげて議員に接近しようとする特定利益団体だろう。
「さあ、約束どおり、あなたが必要とする資金を集めました。もっと大きな金額が絡むような、複雑な政策論争のお手伝いだってできますよ」。コノートンはそう語りかける。

ジェフ・コノートン(政界インサイダー、議員の裏方としてアメリカの政治を見てきた人物)

 経済界と政界の癒着は、軍をも巻き込むことで軍産複合体となり、アメリカは世界各地の紛争に常に関わり続けることになります。
<金融業界の犯罪>
 経済アナリスト、ロビイストたちは、政界に潜り込むことで政治家以上に巨額のお金を得ることができるシステムを構築してゆきます。特にその中で大きな役目を果たしたのは、金融業界のやり手たちでした。
 住宅価格の高騰を利用して利益を上げる不動産業者に湯水のように投資する銀行。それを利用して、ボロ屋を転がして巨額の利益を上げる詐欺師たち。彼らによって、住宅価格は天井知らずの上昇を続けます。しかし、最後のそのバブルが始めた時、負債を背負うことになったのは高額の不動産に投資していた一般の大衆でした。

 銀行はリスクが第三者によってすぐに肩代わりされるのをいいことに、借り手を襲った詐欺師たちがあばら屋に法外な代金を支払う資金を貸し付けていた。金融業界では「住宅ローン担保証券」という新しい専門用語が生まれた。・・・ウォール街が資金の貸し手から住宅ローン債権を束にして買いとり、それを債権に仕立てて投資家に販売し、巨利を稼ぐ手法だ。その言葉は新種のウィルスのように人々に恐怖を与えた。ヴァン・シクラーはようやく理解した。金融業界が売り買いしている証券の根底にあるのは、タンパの住宅ローンだったのだ。そして、焦げついたローンが世界の金融システムを崩壊させようとしていた。
ヴァン・シクラ―(新聞記者)

 自分の目で確かめた取材を通してわかったのは、責任は「万人」ではなく、特定の組織にあるということだ - 政府機関に不動産業界、そしてとりわけ重大な責任を負うべきは金融機関だ。ソニー・キムは表に立つ役まわりを演じたにすぎない。
「あれは組織的なものでした。銀行は不動産を自ら調査することもなくローンを承認していた。それほど強欲だったのです。とにかく住宅ローンを成立させようと躍起になっていました」

ヴァン・シクラ―(新聞記者)
(ソニー・キムとは?タンパで貧しい人々から家を安い価格で買い取り、それを高額で販売する詐欺行為を行い逮捕された悪徳不動産業者。しかし、どうようのことはアメリカ全土で行われ、彼らに多額の資金を知っていて貸し付けていたのが銀行業界でした)

 かつて金融業界の詐欺まがいの行為を監視していたシステムはすでに過去のものになっていました。弱肉強食の経済界では、金持ちはさらに金持ちになり、貧しい人はより貧しくなる。これは当然の結果でした。

 ルービンがゴールドマン・サックス、ホワイトハウス、財務省、およびシティ・グループの要職についていた1970年代後半から2007年までのあいだ、金融セクターの成長は目覚ましかったが、それを監視する規範や倫理は崩壊した。アメリカの企業収益に占める金融業界のシェアは2倍に拡大し、国民所得に占める金融関係のシェアも2倍になった。
 上位1%の所得のシェアは3倍に拡大した。この間、中間所得層の所得の伸びは20%にとどまり、貧困層の所得は変わらなかった。2007年には上位1%が国内の富の40%を独占し、下位80%は全体の7%を保有するにすぎなくなった。ルービンがウォール街とワシントンの頂点にいたのは不平等の時代だった。そlれは19世紀以来この国が経験したことのない、世代を越えて受け継がれる不平等だった。

ロバート・ルービン(クリントン政権で国家経済会議委員長に就任した経済アナリスト)

 こうして20世紀が終わる頃には、もう自由化という名の「弱肉強食社会」に歯止めをかけることは、たとえ大統領でも不可能な状況になっていたのでした。

・・・80年代には、労働組合と市民派弁護士、消費者保護団体が手を取り合って闘うことができたが、2010年には彼らはすっかり力を使い果たしていた。「金融改革を求めるアメリカ人」という組織が、新たな消費者機関の設立を求める動きをみせていたが、コノートンの方から彼らに電話をして発破をかけなければならなかった。・・・
ジェフ・コノートン(政界インサイダー、議員の裏方としてアメリカの政治を見てきた人物)

 リーマン・ショックは、そうした金融業界の犯罪的詐欺的行為が生んだ必然的な結果だったといえます。しかし、問題はそうした金融業界による国家規模の犯罪を政府が見逃しただけでなく、罰することもできなかったことです。ということは、また同じ悲劇がアメリカを襲うことは必然であり、貧富の差がさらに拡大するのも必然ということです。

 2010年3月15日 - その数日前、リーマン・ブラザーズ破産に関する調査報告書が公表され、きわめて疑わしい会計処理が同社の破産を招いたことが強く示唆された - カウフマンはふたたび議場に向かった。・・・
「つまるところ、これはわが国の法制度に一貫性があるかどうかを問うものです。もし私たちが、投資家から数百万ドルを騙し取ったウォール街の企業を、レジから500万ドル盗んだ泥棒と同じように扱わないなら、いったい国民にどうやって法の支配を信じろというのでしょう」

テッド・カウフマン(上院議員)

・・・大統領は就任後の最初の年を、一歩もゆずらない共和党との駆け引きに費やし、信念に反して、金融危機によって失墜した銀行家たちが責任を免れるのを黙認した。大統領は「新しい責任の時代」について語ったが、銀行家たちは対象外だったようだ。オバマのチームは想像力のない顧問であふれていた。・・・
「国家はエリートが無責任になった時点で転落し始めます」。オバマはポピュリストのアウトサイダーではなく、進歩的なインサイダーにすぎなかった。

トム・ペリエロ(下院議員)
<国民の責任>
 もちろん、1980年代以降のアメリカの変化は、政治家や金融業界だけの責任ではありません。それを見逃し、許したのは民主主義の国に生きる一般大衆の責任でもあります。

 彼はさらに、有権者が地元の政党や国家機関にもはやさしたるつながりを感じていないことも見抜いていた。彼らはテレビによって政治を判断しており、政策の説明や合理的な議論によって心を動かされることはなかった。彼らの心に訴えるのはシンボルや感情だ。・・・

「私が描く人物はたいてい、自分の行動が何かの意味をもつことを願っている」。レイはかつてそう語っている。
「ところが彼らは同時に、大勢の人々がそうであるように、現実は違うと達観している。何をしてもむだだと。かつて大切だと思っていたものが、あるいは、命をかける価値があると思っていたものが、いまや何の価値もなくなっている。彼らの人生は安らぎを失い、目の前で崩れ落ちてゆく。正常な状態を取り戻したいのに、彼らはできないんだ」。

レイモンド・カーヴァ―(作家、貧しさの中からリアリズム文学の傑作を生み出した小説家)

 しかし、金融業界によるサブプライム・ローンによる詐欺行為に巻き込まれた中産階級の人々はアメリカにおいては一部の階層にすぎません。貧困層に属する大半の国民は、そんな詐欺に巻きもまれることすらないのです。

・・・アメリカ人の47%が貧しくて所得税を払うことができないと読んだことがある。47%!いったいどうやったらそんなことになるんだ。企業という金の亡者の強欲のせいじゃないか。ダニーはときどき、世界から金をなくし、小麦を牛乳や卵と交換する物々交換システムに戻った方がいいのではないかと考えることがある。・・・
ダニー(元溶接工、ウォルマート従業員)
 <流通産業がもたらした悲劇>
 貧困層に属する人々にとっては、街と地域社会を崩壊させることになった流通業界の蛮行の方が重要な問題でした。その代表的存在のひとつに、地方都市の商業地区を崩壊させた流通大手のウォルマートがありました。

 ルイジアナでは、ある町が商業地区の空洞化を恐れてウォルマートの出店を阻んだが、その話題が全米に報じられることはなかった。従業員を福利厚生のないパートタイムで雇い、低賃金で働かせ、その多くが公的支援を受けているという報告がされると、ミスター・サムは時給で働くアソシエイトが持ち株制度で20万ドルの利益を得て退職した例をあげ、ウォルマートは生活必需品の価格を下げることで人々の生活の質を向上させていると反論した。店員やトラック運転手が労働組合に加入しようとすると、会社はその動きを情け容赦なくひねりつぶし、反発する愚か者はすべて解雇した。そんなときはミスター・サムがやってきて、不当な扱いを受けたと感じるアソシエイトたちに詫びてまわり、状況を改善すると誓うのだった。そのため、ミスター・サムが実状を知っていたら、事態はここまで悪化しなかったのにという声さえ聞かれた。製造業の国外への流出が洪水のように勢いを増すと、ミスター・サムはアメリカ製品を買おうというキャンペーンを張り、政治家やメディアから称賛された。そしてウォルマートの各店舗では、バングラディッシュから輸入した衣類が並ぶ商品棚に「メイドインUSA」の文字が掲げられた。消費者は、ウォルマートがメーカーに極端な低価格を要求し、それが原因でアメリカの製造業が国外に拠点を移し、あるいは倒産に追い込まれていることを考えようとはしなかった。
サム・ウォルトン(量販店チェーン「ウォルマート」創業者、地域経済だけでなく地域社会をも崩壊させアメリカ全体を変えてしまった人物)

 地域社会が崩壊させられた後、多くの国民はそのことに気が付きます。しかし、一度壊れた社会(コミュニティー)を再生することは、ゼロから始める以上に困難なことでした。貧困層と成功した少数の裕福な階層は、その距離をどんどん広げ、その間の中産階級も減少し続けてゆきました。

 彼がこの世を去り、素朴な創業者がもはやウォルマートの顔でなくなったとき、アメリカ国民はウォルマートがもたらした影響に気づき始めた。いつの間にか、アメリカ自体がウォルマートのようになっていたのだ。すべてが安くなっていた。物価が下がり賃金も下がった。労働組合に守られた工場の仕事は減り、店で接客をするパートタイムの仕事が増加した。ミスター・サムが商機を見出した小さな町は貧しくなり、そのため消費者はますます「毎日が低価格」に依存するようになり、あらゆる買い物をウォルマートですませ、場合によっては、そこで働くしかなくなった。内陸部の空洞化はウォルマートの業績拡大にとって好都合だった。その一方で、沿岸部や一部の大都市など豊かさを増した地域では、消費者の多くが、広大な店舗に粗悪な - 有害とまでは言わないにしても - 中国産の商品を並べるウォルマートに不信感を抱くようになった。そして、高いものを買えば粗悪品の氾濫を食い止められると言わんばかりに、靴や肉を高級専門店で買うようになった。やがて、メイシーズをはじめとするかつての中産階級に支えられた店は店舗を減らし、アメリカはふたたびミスター・サムが育ったころの光景へと逆戻りし始めたのである。
サム・ウォルトン(量販店チェーン「ウォルマート」創業者、地域経済だけでなく地域社会をも崩壊させアメリカ全体を変えてしまった人物)

ジェイン・ジェイコブズ著「アメリカ大都市の死と生」より
 ジェイコブズは、ヴァン・シクラ―が人影まばらなクリーブランド・ハイツの暑苦しい午後に思い描いた、都市の理想像について語っている - 小さな区割り、歩行者が移動しやすい環境、多目的な土地利用、人目が多い安全な通り、ある程度以上の密集性。人の暮らしがもっとも豊かで創造的になるのは、多様な背景をもつ人々が顔を合わせ、意見を交換し合える場所だ。まさに、それが実現するのが都市である。ただし、どんな都市でもというわけではない。

 残念ながら、アメリカの多くの都市はそんな理想からほど遠い存在になりました。人々の交流どころか、安全に街を歩くことすらできないのですから・・・。
<政界の無能ぶり>
 経済界の無軌道な活動に翻弄されていたアメリカですが、政界にはその動きを制御することはできませんでした。それどころか、軍部出身の英雄である政治家ですら、軍の暴走を止められないのが現在のアメリカです。明らかに暴走だったイラク戦争を止められなかったコリン・パウエルは軍が生んだ政界の英雄でしたが、この戦争で彼の名誉は地に落ちてしまいました。

 2003年2月5日、国務長官は、火災で取り壊されたケリー・ストリート952番地の建物から20分ほどのところにあるイーストリバー沿いの国連本部に向かった。録音テープと写真、模式図、白い粉末を収めた小瓶を手に、安全保障理事会のテーブルにつく。世界が生中継を見守るなか、75分間にわたってサダムの脅威について説明した。彼が生涯をかけて築き上げた権威と自制をもって語ると、多くのアメリカ人は納得した。アメリカがまだ健全に機能していることを示す人物の言葉だったからだ。
 彼は立ち上がり、軍人らしく背筋を伸ばして堂々と退席した。
 彼はどんな竹杭や南部の人種差別主義者による責苦よりも、はるかにひどく自らを痛めつけたのだ。
 戦争が始まったとき、大統領は赤ん坊のように眠っていたという。「私も赤ん坊に眠っていた」と国務長官は述べる。「二時間おきに、叫び声をあげて目を覚ましていたのだから」
コリン・パウェル(軍人、中東における戦争の英雄からブッシュ政権の国務長官へ)
<アメリカン・ヒーロー&ヒロインの苦闘>
 ノンフィクション作品とはいえ、あまりに救いがないアメリカの現状にはうんざりさせられます。しかし、それだけで終わらないのもまたアメリカです。
 というわけで、最後にアメリカン・ヒーローが登場する部分から・・・。アメリカという国は、「悪」が強い分、「善」もまた強い国かもしれません。しかし、綻びつつあるアメリカをなんとか修復しようと闘い続ける「アメリカン・ヒーロ-」たちの苦闘は厳しく長い道のりになりそうです。

 連邦破産法委員会アドバイザーのエリザベス・ウォーレンもそんな「アメリカン・ヒロイン」の一人です。彼女は、まるでエリン・ブロコビッチのように金融業界の巨悪を追及し続けます。

 金融業界や政界のインサイダーたちは彼女がそこにいるだけで居心地が悪くなった。キャピトルヒル周辺では当たり前となっているビジネスのやり方が、じつは決して許されない堕落であることを思い出すからだ。

 ウォール街で行われた若者たちによる占拠事件(2011年)に参加し、その中心的存在になった女性ネリー・スタンプの言葉です。そこには、政治的な意図はなく、純粋に社会への疑問がぶつけられていました。

「段ボールを敷いて野宿し、労働団体やコミュニティ団体に公園に見に来るよううながしました。・・・だれもが、要求は何なのかと訊ねます。でも私たちに要求なんていらないんです。ウォール街に何かを要求すれば、彼らこそが権力者なのだというメッセージを送ることになってします。でも本当に権力をもっているのは、数で勝る私たちなのです」

 「食育」の分野で社会の再生を目指す女性ヒロインも登場します。

 アリスは、カリフォルニアの公立学校の惨状を根本的に改善するには、菜園をつくるしかないと考えた。・・・
 彼女はこうしてレストラン経営者、あら伝道師へと生まれ変わった。個人的に資金を集め、役所から許可をとりつけ、人手を探し、生徒を参加させるまで2年ほどかかった。しかし、「食べられる校庭」はひとたび軌道に乗ると大評判となり、全米各地の都市で導入されるようになった。

アリス・ウォータース(オーガニック・レストラン経営者、学校での菜園活動により教育の復興を目指す)

 アメリカの産業の多くが20世紀後半に失速してしまった中、アメリカの数少ない救世主となったのが、「シリコン・バレー」から生まれたコンピューター関連企業とネット・ベンチャー企業です。彼らの成功を支えた投資家たちの先見の明もまた「アメリカン・ヒーロー」的かもしれません。日本では考えられないような、先の見えない世界に巨額の投資を行う冒険心はまさにアメリカン・ドリームそのものです。それらのベンチャーがもたらした結果は別にして・・・。

「この10年で無数のインターネット企業が誕生しましたが、それを運営するのは自閉症かアスペルガー気味の人たちばかりです。モノを売る活動をしなくてすむのはいいとして、皮肉なことにソーシャル関連企業は少しも社交的ではない。グーグルがその最たる例です。機能不全に陥った世界では、新たな価値をつけ足すことができる分野が情報産業くらいしかなかったとも言えるでしょう。混沌とした現実の世界では政治も機能せず、本当に必要な人物を政治家に推すためのシステムは機能していません。そんな空白を埋めるかのように現れたのがバーチャルな世界です。実体のない、0と1だけで成り立つバーチャル空間は創造主の意のままに操ることができるし、問題が発見されたら簡単に修正できる。ひょっとしたら、この国の状況を改善する最善の手段は、コンピューター・プログラミングなのかもしれません」
ピーター・ティール(ベンチャー・キャピタリスト、シリコンバレーに誕生したネット企業のバック)

 一時、大きな話題となったアメリカのバイオエネルギー産業もまた新たな経済の柱になる可能性を持っています。ここでは、廃油を使ったリサイクル・ディーゼル・オイルと植物油の利用による新たなエネルギー産業に賭ける人物(ディーン・プライス)も、ヒーローとして登場します。(とはいっても、失敗ばかりのヒーローなのですが・・・)

・・・安価なエネルギーはグローバル化を進展させましたが、エネルギー価格の高騰はグローバル化の波を押し戻そうとしています。それはガンジーの教えに立ち返ることにほかなりません。ガンジーは言いました。すぐ近くの隣人をないがしろにして、いちばん遠くの隣人からものを買うのは罪であると」。
 そして彼はノースカロライナでとりわけ貧しいとされるこの郡で、自分たちの手でエネルギーをつくる方法について語り始めた。・・・


 まだまだ彼の戦いは続きそうです。

<著者ジョージ・パッカー>
 この本の著者ジョージ・パッカー George Packer は、1960年カリフォルニア州サンタクララ生まれですから、僕と同じ年です。ジャーナリストだけでなく小説家、劇作家でもあるからこそ、この作品はノンフィクションらしからぬ面白さを持っているのかもしれません。
 「ザ・ニューヨーカー」誌のスタッフ・ライターでもあった彼が、イラク戦争後のイラクを取材したノンフィクション作品「イラク戦争のアメリカ」(2008年)は世界的に高い評価を得ました。そんな彼の宗教的、政治的、人種的、世代的な立場を感じさせない客観的な立ち位置にも好感が持てます。この感じは、1960年前後生まれというある種中途半端な世代に属する僕らの特徴ではないか?と思っています。
 ビートルズにも全共闘にも遅れているけど、知らないわけではない。「シラケ世代」であり「ワールドミュージック世代」であり「バブル世代」であり「クリスタル世代」でもある多様性だけはある世代が僕の周辺の人々でした。海外でもまた同世代は似た感覚を持っていると思います。

綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語 The Unwindeing An Inner History of The New America」 2013年
(著)ジョージ・パッカー George Packer
(訳)須川綾子
NHK出版

20世紀事件簿へ   20世紀文学大全集へ   トップページへ