「終焉 Toward the End of Time」

- ジョン・アップダイク John Updike -

<ジョン・アップダイク>
 ジョン・アップダイクといえば、1960年に発表された「走れウサギ Rabbit,Run」がやはり一番有名でしょう。映画化されて大ヒットした異色作「イーストウィックの魔女たち The Witches of Eastwick」(1984年)の原作者として初めて知ったという人も多いかもしれません。20世紀末のアメリカ文学界における重鎮として、彼の名を知らないアメリカ人はいない。そんな存在のわりに、日本での知名度はかなり低い作家かもしれません。僕自身、昔「走れウサギ」を読んだっきり、彼の小説にはずっとご無沙汰でした。しかし、「20世紀文学大全集」というコーナーを立ち上げたからには、久しぶりにアップダイク作品を読まないと・・・。ということで、この「終焉」を選んでみました。「カップルズ Couples」(1968年)や「ケンタウロス The Centaur」(1963年)「ブラジル Brazil」(1994年)も気になりましたが、新しめの作品ということで、この作品を選びました。後で考えると、この小説を読んだ2011年時点の僕にぴたりとはまる内容の作品でした。どこがはまるのかというと・・・先ずはこの小説のあらすじをどうぞ!

<あらすじ>
 時は2020年。アメリカと中国による核戦争が起きた後の荒廃したアメリカ。比較的被害が少なかった東海岸ボストン郊外に住む66歳の老人、ベン・ターンブルが主人公です。物語は彼とその妻グロリアが住む森の中の家を中心に冬の12月から一年を追う形で進みます。66歳になっても性欲が衰えないベンは、妻の留守の間に若い娼婦を家に住まわせたり、家の敷地内に小屋を建てた若者グループの中の少女ドーリーンに手を出すなど、年を感じさせません。彼曰く

「文明の崩壊が招いた結果で、ひとついいことは、娼婦になる若い女の質がぐんと向上したことだ。・・・」
本書より

 株取引のコンサルタントとして稼いできた彼は仕事を引退して悠々自適の生活。お金には困っていません。とはいえ暇はたっぷりあるものの、なんとなく彼は人生を楽しめてはいません。

「・・・とっさに頭に浮かんだのは、いつもの日課に遅れているということと、時に対する漠然とした恐怖だった。季節を次々と繰り出してくる時間、この新たな贈りものを運んできた時間。私にとっては、このけっこうなまばゆい新たな一日も、食の細った入院患者におかまいなしに与えられる、新鮮な食事のようなものだ。」
本書より

 しかし、政府が機能しなくなったアメリカはかつての西部開拓時代に後戻りしたかのように危険で混乱な社会状況になっています。お金もドルは紙くず同然となり、地域ごとの通貨(ウェルダー)が基準となっていました。おまけに電気やオイルを食べる特殊な金属生命体が放射能の影響によって新種の生物として登場、生態系も変化しつつありました。そんな状況の中、彼の妻グロリアはやり手の女性実業家としてバリバリ働きながら庭や家庭の問題もテキパキとこなす存在です。ベンはそんな妻の小言に耐えながら生きています。

「・・・男は、その嘆かわしい特典の代償に、女の猛烈な小言に耐えなければならない。権力、移り気、ペニスという特典のために。
本書より

 そんな妻に頭の上がらないベンはある日、病院の検査で前立腺の異常が見つかり、手術を受けることになります。なんとか手術は成功し、彼は家に戻ることができましたが、ドーリーンや少年たちの小屋は跡形もなくなっていました。どうやら、それはグロリアが警備の専門業者に依頼してやらせたことのようでした。(なんとその業者は、元々は宅配業者として全国にネットワークをもっていた運送会社フェデックスでした!)
 病によって死を身近に感じるようになったベンは、過去の出来事や彼が読む歴史の本の中の世界の妄想にしばしば浸るようになります。いつしか彼の妄想は人類が宇宙の存在を知った時代から、宇宙が終わる最後の瞬間にまで突き進んでゆきます。

<異色の近未来SF>
 SF好きな僕としては、2020年の崩壊しかかった微妙な状況のアメリカ社会のリアルな描写が気に入りました。例えば、地球のすぐそばには二つ目の月ともいえる巨大な人工衛星が存在していますが、人類はそこにロケットを飛ばすこともできなくなったため、その衛星に住んでいた人類は絶滅に追いやられたといいます。この設定はそれだけでSF小説が一冊書けそうなアイデアです。
 この本の宇宙の歴史や宇宙論についての記述はかなり本格的なため一般の読者にはちょっと難解かもしれません。でも、そのぐらい難解でリアルだからこそ、物語に奥行きが感じられ魅力的なのです。

<SFではないSF>
 この小説はけっしてSF小説ではありません。それは時間軸を未来の2020年にまで延ばして書かれた普通の人々の日常ドラマであって、事件も事故も戦争も起きないドラマチックさに欠けた映画化には不向きな物語です。SF的な部分や事件はすべて暗示されるだけになっていて、描かれているのはあくまで日常生活です。(庭の手入れ、SEX、料理、食事、ゴルフ、通院・・・)読者はそのために想像力を駆使してドラマを頭の中で思い描く必要があります。
 この小説について、こんなことが本の解説に書かれていました。

「アップダイクは最初から、ごく平凡に幸福な中流階級の人間が70年間にわたっていかにも記録しそうな人生航路をすべて記録する任を自分に課していた。この点で、彼の牙城を脅かす者は40年の間一人も出現していない。
 ベトナム戦争時代の「帰ってきたウサギ」(1971年)は、1969年のアメリカがどんな感じだったのか、その立体感覚を伝えることでは、どんな小説にも、そしてむろんどんな映画、テレビショー、歴史の専門書にも優っている」

「サロン・ドットコム現代英語作家ガイド」より

 なるほど、彼はそれまでの作家生活で描いてきたアメリカ社会像の延長線上にある作品として、近未来を舞台に書き始めただけなのかもしれません。ただし、その2020年アメリカ社会についての時代考証はさすがです。

<限りなく小さな政府となったアメリカ>
 2010年代に入り、アメリカでは原理主義的な民主主義の復活を目指す「ティーパーティー派」が政界で力をつけていると話題になっています。政府は限りなく権限を少なくし、州ごと、地域ごとで独立独歩で政治を行い自立すべきであるという考え方が徹底されています。
 この小説で描かれているアメリカ社会は、まさにそんな理想的な姿に近づいています。ただし、それは中国との戦争の結果訪れた望んではいない結果だったのですが・・・。政府が機能しなくなり、地域ごとの自治が行われているアメリカ。その全体を輸送網という貴重な連絡手段によって結びつけているのは、運送会社大手のフェデックスFedexでした。この実在企業はその輸送網を用いて様々な業務を展開し、いつしかアメリカのおける柔らかな支配者になりつつありました。
 普通のSF作家なら、サイバーダイン社(「ターミネーター」)のようなハイテク企業か原理主義宗教や過激な軍事組織が支配する近未来を描きそうなところです。そこを単なる民間企業がいつの間にか支配する側になりつつあると言う設定にしてしまうあたり、さすがです。
 さらに彼はここでアメリカと中国の戦争を予測しています。この小説の発表は1997年なので、その数年後にアメリカが直接イスラムのテロリストによって攻撃を受けることになるとは、さすがの彼も予測できなかったようです。現実は、作家たちの予測や妄想をも越えるものだったのかもしれません。

<妄想の世界>
 ある意味、この小説全体は、著者が抱いたアメリカの未来についての不気味な妄想を文章化したものかもしれません。この小説の中には主人公が突然歴史上の人物となり妄想の歴史内を生きる場面がたびたび登場します。この妄想内妄想もこの小説の読みどころです。(ちょっと難解で混乱させられることろでもありますが・・・)古代エジプトのピラミッドに侵入した墓泥棒、キリスト教の布教活動を行う「マルコによる福音書」の著者マルコ、ポーランドのユダヤ人収容所の看守など、もしかすると自分が生きたかもしれないもうひとつの人生を妄想する主人公。それは主人公が超能力によって別次元に存在するもうひとりの自分に乗り移ったようでもあり、単に次元が混乱し、異なる宇宙が所々で混線してしまったかのようでもあります。もしかすると、すでに宇宙は終焉を迎えていて、主人公はそうして生まれた時間と時空の混乱に巻き込まれているのかもしれない、そうも考えられます。

「”おそらく”。この言葉は量子を観測するときの現実における小さな分岐のようなものだ。ハイゼンベルクの不確定性原理によれば、ある素粒子の位置、または運動量を観測するたび、他の特性が不可知になる。その素粒子の<波動関数>は崩壊する。我々の宇宙は我々の観測を含んでいる。しかし、ある宇宙論者の主張によれば、このシステム - 粒子、観測装置、観測者も含めた - は、別に可能な状況で、つまり、この観測の瞬間から分岐したパラレルワールドで存在し続けるという。これは<多世界>解釈と呼ばれる。・・・」
本書より

 ビッグバン以降、膨張を続けている宇宙は、もしかすると再び収縮を始めているのかもしれず、あるいは収縮と膨張を繰り返す脈動の状態になりつつあるのかもしれません。もちろん、そのことはこの宇宙を生きている人類に自覚できることではないかもしれませんが、どこかにその影響が現れているとしたら、やはり特殊な能力をもつ人間の意識下(内宇宙)なのかもしれません。
 この小説の主人公ベンは今や人生の終焉に向けて最後の時を迎えつつあります。ならば終焉へと向かう宇宙と彼の精神の内宇宙が引き合うこともあるのではないか・・・。「細部から宇宙を見る」ある意味SFの王道的アイデアがこの小説には隠されているのではないか?そんなことを考えながら読んでみました。
 これを読む僕自身も気がつくと50歳を越えています。人生の終焉に向けて悪あがきをするベンの生き様に共感を覚える世代になりました。やれやれ、そんな年になっていたとは・・・宇宙の終焉を心配している場合ではなさそうです。腰が痛かったり、朝起きたらなぜか目まいがしたり(メニエル病)なんとなく身体にガタがき始めていることを自覚するようになって読むと本当にしみじみと読めるはず。正直あまり気分のいいものではないのですが・・・ 

「終焉 Toward the End of Time」 1997年
(著)ジョン・アップダイク John Updike
(訳)風間賢二
青山出版社

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