嘘と報道の古くて新しい関係


「とてつもない嘘の世界史 Truth A Brief History of Total Bullshit」

- トム・フィリップス Tom Phillips -

<フェイクの時代>
 21世紀に入り、SNSの急速な発展がもたらした危険な兆候の一つに報道への信頼感の薄れがあります。新聞やテレビの報道が、かつては世界を変えるほどのインパクトと信頼性があり、だからこそアメリカ大統領や日本の総理大臣を退陣に追い込む偉大な報道も生まれていました。
 しかし、ネットの力が強まったことでニュースの使いまわしが当たり前になり、実際に事件を取材する現場(新聞)が疲弊し、力を発揮できなくなりつつあります。そこへ追い打ちをかけるように現れたのが、トランプ大統領のようにフェイク・ニュースを自ら作り、ばらまくインチキ政治家や国家でした。先に情報をばらまき、ファクト・チェックを実質的に無効化にしてしまうやり方が、報道の真実味を失わせることになりつつあります。今や、多くの人が新聞を読まず、テレビも見ずにネットのニュースだけを見る時代になりました。いよいよ事件の真相は、嘘の区別がつかなくなりそうです。
 改めて、嘘とは?新聞とは?フェイク・ニュースとは?について考えてみたいと思います。

<嘘とでたらめ>
 「嘘」は時に芸術的だったり、時に戦略的だったりする高度なものです。「でたらめ」とは大違いなのです。

 別の言葉で言うと、嘘つきは真実に対して細心の注意を払う。理由は船乗りが氷山に細心の注意を払うのと同じである。嘘つきは真実のありかが正確にわかっていなければならない。そうしてこそ、注意深く的確に真実であってもなくても困らないばかりか、でたらめを口走りながら、できることなら偶然にも少しばかり正確なのが理想である。でっちあげたでたらめの世界がときおり現実世界とかぶってしまっても、でたらめは無事で傷つかないどころか、でたらめの信憑性を引き立ててくれる効果さえあるかもしれない。ところが、嘘つきがうっかり都合の悪い真実を認めてしまったら、命取りになりかねない。

・・・嘘とでたらめはきちんと分けなければならない。嘘はきめ細かな面に着目し、分析を要するに巧みな芸当である。嘘はかならずしも大きな問題ではなく、大きな問題となるのはでたらめである。
 そして、ありとあらゆる種類の嘘のほかに、昔ながらの間違いがある。

<新聞誕生と嘘>
 多くのマスコミの中でも、新聞ほど世界中で信頼されているメディアは、今はまだないのではないでしょうか?
 1605年ドイツのヨハン・カルロスは、商売、郵便、印刷を一つにした新媒体「新聞」を初めて発行した人物と言われています。ただし、その最初の新聞とされる「レラツィオン紙」の内容は、「名士の誰それが、今、どの街にいるか?」といった一部有名人のスケジュールやゴシップの情報がほとんどで一部のエリート層に向けた内輪の情報源にすぎなかったようです。その意味では、現在の芸能ゴシップ紙の原点と呼ぶ方が近いのかもしれません。それでも情報の入手手段が少なかった時代のせいか、ドイツやオランダの各都市に同じような「新聞」が次々に登場しました。

 1833年アメリカ、ニューヨークに「サン紙」が登場し、新聞の役割が大きく変わることになりました。
 サン紙は、他紙との差別化を図るため、当時、6セント程度だった新聞価格に対抗し、1セントという常識破りの価格設定を行います。それまでの新聞は、予約購読やパトロンからの支援などによって経営が支えられていました。しかし、サン紙は新聞売りが路上でそれを宣伝しながら一般市民に大量に売る方法を導入。大量に販売することを前提に、誌面への広告収入も得られるようになりました。こうして本格的な大衆向け新聞が誕生したのです。時代のニーズにあっていたその新スタイルは大成功となり、1835年には、販売部数を2万6000部に伸ばし、英国でのシェア、ナンバー1の新聞、「タイムス」をも上回ります。
 大衆向けの新聞となったことから、新聞誌面の記事も大きく変わるようになります。一部のセレブたちの情報よりも、大衆は事件や災害、芸能ゴシップなどを求めることから、そうした大衆を満足させる記事が優先されることになって行きます。しかし、そこから大衆が喜ぶなら事実かどうかはどうでも良い。そんなスタンスの新聞社も現れることになり、「フェイク・ニュース」が誌面をにぎわせるようになって行きます。そうした誌面のスタイルを利用し、急速に売り上げを伸ばした新聞社主の中に、あの映画「市民ケーン」で描かれたアメリカを代表する新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストがいました。

<ハレー彗星事件>
 1910年ハレー彗星が地球に接近するというニュースが報じられますが、その中で大きな問題となる記事が書かれました。

 その記事はたった三段落だった。一面の真中に「彗星の尾に猛毒が」という見出しがあり、続いて天文学者が新しい分光学の技術を駆使してハレー彗星の尾に大量のシアンがあることを発見したと伝えた。・・・・・二段落目の終りに、その天文学者のひとりとして、フランスのマミーユ・フラマリオンの意見をさりげなくはさんだ。そのシアンが「大気に広がると、地上のあらゆる生き物を殺してしまう」というものだった。ジャーナリズムの内輪では、これは肝心な部分を文中に埋める技法として知られている。

 この記事は、アメリカ国民の多くに不安をもたらしました。この世の終わりが訪れると思い込んだ多くの人の中には自殺者まで現れたといいます。新聞社はその記事の取り消しを試みますが、一度広がった情報はそう簡単には消せないことがこの時、明らかになりました。

・・・「ジャーナリズムは歴史の『第一稿である』というものがあるが、これにはただ一つ問題がある。残念ながら、第二稿を出すことを誰も気にかけないことだ。・・・」

<「サタデーナイト・フィーバー」の嘘>
 映画化され世界的なデスコブームの引き金となった映画「サタデーナイト・フィーバー」の原作小説「新しい土曜の部族儀式」の著者はニューヨーカーでもなく、ましてアメリカ人でもない北アイルランド出身のニック・コーンと言うイギリス人でした。
 彼は当時、ブルックリンの人気ダンス・クラブを取材するためにニューヨークに来ていて、タクシーでクラブに着き、降りようとしたところで目の前で酔払いのケンカが始まりました。そして、動けずにいた彼のところに倒れ込んだ酔払いが、彼の靴に嘔吐。結局彼はクラブを訪れることなくホテルの部屋に逃げ戻り、仕方なく、1950年代モッズ・カルチャーを背景に自分の友人だったクリスという青年をもとにルポとして書き上げ、それを雑誌「ニューヨーカー」に発表しました。
 ということで、彼はブルックリンのディスコを一度も訪れることなくあの「サタデーナイト・フィーバー」を書いていたのでした!

<テレーズ事件>
 フランス在住のアメリカ人女性テレーズ・ランバートは、アメリカの資産家クロフォードの遺産を相続することになっていましたが、二人の甥がその遺言に異を唱え、訴訟を起こされていました。そしてその訴訟は終わりなき裁判となっていて、その間、彼女はフランスの銀行から巨額の融資を受けることで豪華な暮らしをし続けることができました。フランスの裁判制度は、審議は遅く、終わりそうになると、次なる訴訟が起こされてしまい、訴訟はいつまでも終わることがありませんでした。その桁外れの訴訟金額には誰もが驚き、その行方を注目していましたが、それがインチキであることに気づく者はいませんでした。
 まさかその訴訟がすべてアメリカに住むとされた架空の甥たちによって起こされたものとは、フランスの裁判所も、銀行も、彼女の知人たちも誰も知らなかったのです。

 天才的なテレーズがやってみせたことは壮麗でした。たかだか400万や600万の遺産だと言ったなら、2年ともたなかったでしょうし、しみったれた数千フランしか借りられなかったでしょう。でも一億フランです!それほどまで巨額な金には、人々は度肝を抜かれて脱帽しました。
 
 テレーズ・ランバートの巨額詐欺事件は、1902年5月9日に遺産を相続した証明書類を入れていた金庫が開封され、それが虚偽だったことが明らかとなりました。

<「グレーテスト・ショーマン」P・T・バーナム>
 「世界一偉大な興行師」と呼ばれ「ザ・グレート・ショーマン」として映画化もされた興行師P・T・バーナムもまた「嘘」を商売のタネにした人物でした。
 最初に彼がショー唯一の見世物として売り出し、成功したのが161歳という超高齢の女性ジョイス・ヘイム。彼女はかつて、アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンの乳母だった!そんな触れ込みでお客に彼女を見せていましたが、その一年後に彼女が死去。彼女の年齢は嘘だったのではないか?という詐称疑惑が浮上します。
 するとバーナムは、自分の潔白を証明するために、ジョイスの遺体を掘り出し、解剖すると発表。なんとその解剖のために、一人50セントの入場券を発売します。そして、そうやって集めた1500人の観客の前で彼女の遺体を解剖。すると医学者は彼女の遺体を見て、80歳以上ではないと判定してしまいました。
 するとバーナムは、今度は「実はジョイスはまだ生きている」と豪語!遺体は別人のものだったと発表。こうして次々と彼は新たな商売に結び付けるのでした!
 間違いなく彼こそ、本物の「グレート・ショーマン」です!

<モーリス・ジャールの偽の名言>
 2009年、「アラビアのロレンス」などで有名な映画音楽界の巨匠モーリス・ジャールがこの世を去りました。
 この時、アイルランド在住の学生ショーン・フィッツジェラルドが、ウィキペディアにちょっとした悪戯の書き込みをしました。それはモーリス・ジャールが自らの死の瞬間について書き残した文章として彼が創作した文章でした。
「私の命が尽きる時、私の耳にだけ聴こえる最期のワルツが奏でられるだろう」
 その後、彼はすぐにこの文章を削除しましたが、世界各地の新聞に彼のこの文章が記事として掲載されてしまいました。

<メスメルの生物磁気実験>
 ドイツの医師フランツ・メスメルは、生物には宇宙全体に共通した生命をつかさどる存在「生命磁気」が流れていると主張。彼はその「生物磁気」の流れを制御することで病気の治療などが可能になるとして、治療行為を実践しました。その考えは一大ブームとなり、ヨーロッパ全体に広がりますが、科学的根拠があるかがどうかが問題視されることになります。そして、多くの科学者がその説には何の根拠もないことを証明しました。そして、発表された結果報告にはこう書かれていたそうです。

「おそらく人類の過ちの歴史は、あらゆることを考慮するなら、発見の歴史よりははるかに価値があって興味深い」

「真実は不変で幅が狭い。つねにそこにあり、真実を知るには、たいして心の働きなどいらず、それを受け入れる魂の素質さえあればいい。しかし、過ちの領域は広く、魂が魂をどこまでもふくらますだけの空間があり、かぎりない匠の技、美しく凝らしたぜいと不条理のかぎりを惜しみなく見せてくれる」


 真実は当たり前で面白くないが、嘘は奥が深く、芸術的で、予想外で、何より面白い!のです。そして、時にはそこから新たな真実が見つけることもあるのです。

「とてつもない嘘の世界史 Truth A Brief History of Total Bullshit」 2019年
(著)トム・フィリップス Tom Phillips
(訳)禰冝田亜希 Aki Negita
河出書房新社

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