「中島みゆきLIVE 歌旅 劇場版」

- 中島みゆき Miyuki Nakajima -

<唯一のコンサート映像作品>
 中島みゆきのコンサートを収録した作品が今まで一つもなかったとは、ちょっと驚きです。今まであったライブ映像は、ロスアンジェルスのソニー・スタジオで行われたスタジオ・ライブと伝説的なライブ「夜会」シリーズのDVDのみ。「夜会」は、少数の観客を前に、演劇用の会場を舞台に行われた限りなく舞台劇、もしくはミュージカルに近い音楽芝居であって、コンサートとはいえません。
 なぜ、彼女はここまでコンサートの収録を行ってこなかったのか?それは彼女がコンサートという表現活動を、観客と彼女の一期一会の場と考え、記録に残すべきものではないと考えていたからのようです。彼女らしい判断です。
 ではなぜ、2007年の映像をあえて2012年になって映画館で公開することにしたのか?
 その答えは、今回、この作品を映画館で見てわかりました。(僕のかってな判断ですけど・・・)なぜなら、このコンサート映像は、DVDで小さな画面で見るだけではもったいないほどクオリティーが高いのです。映像、音楽、演出、どれをとってもです。
 そして、もうひとつ大事なのは、2011年という日本にとって歴史的な年を振り返る時、「糸」や「一期一会」、「昔から雨が降ってくる」、「重き荷を負いて」、「宙船」などの曲が再び輝きを増してきたことです。今一度、それらの曲を聴くべき時が来ていると思えるからこそ、あえてこの映像を公開するべきであると判断したのではないでしょうか?
 中島みゆきの最近の曲を知らないあなたでも、彼女のファンではないとしても、あなたが音楽ファンなら、きっと感動すること間違いなしです。

 さて、それではこの映画で歌われている曲を順番にご紹介してゆきます。

「御機嫌如何」(1987年)(「かもメール」のCMソング)
 オープニング・ナンバーは、挨拶代わりにぴったりの元気な曲です。しかし、コンサート映像とはいっても、ほとんどの映像はステージ上のカメラが撮ったアップ映像。観客もまったく映らないため、スタジオ・ライブのような印象で、そのうえ、バンドの演奏があまりに完璧なため、ライブならではの荒っぽさが感じられません。これでいいのか?と心配したのですが、それは間違いでした。音の荒っぽさはライブの魅力のひとつかもしれませんが、それだけがライブの魅力ではないはず。ライブだって完璧な演奏を追及していいんじゃないの?そんな彼女の声が聞こえそうなほど、このコンサートでのバックの演奏は、ストリングスも含めて見事に一体化しています。
 音量をもっと高くしてほしかった気がしますが、それはシネコンであるがゆえに周りの映画への影響を考えての限界なのでしょうか?

「1人で生まれて来たのだから」(1999年)「夜会」より
 軽やかなシャンソンのようなこの曲を歌う彼女の声は、まるで越路吹雪のようです。こうやって、曲により歌い方や声の質を自由自在に変えることができ、なおかつそうした曲を作ることのできるシンガー・ソング・ライターは、日本に他にいるでしょうか?
 ふと僕は歌手ではなく、テキサス・レンジャースで活躍中のダルビッシュのことを思い出しました。変幻自在に変化球を使い分けるだけでなく、時には相手を馬鹿にしたかのような脱力投法でタイミングをずらしたりする彼の投球術は、研究と実践、それに遊びの中から生み出されたものです。
 彼女もまたデビューした当初から、「時代」のような力強い歌い方と「わかれうた」のような淡々とした歌い方を使い分ける歌い手でしたが、その後、数多くの曲を作るとともに歌い方のバリエーションも増やしてきました。それは、彼女自身の人生経験とともに増えたきたのかもしれません。

「あなたでなければ」(2006年)
 デビュー当時、彼女の名前を世に知らしめたのは「恨み節」の歌い手としての存在感でした。「わかれうた」や「化粧」、「悪女」、「ひとり上手」など、別れたり、捨てられたりした女性が歌う男たちへの悲しい歌の数々は、「泣ける歌」を歌う女性歌手たちの元祖だったともいえます。さらに言うと、それまで演歌で歌われていた女性の世界観をニューミュージックの世界に持ち込んだ先駆だったともいえます。
 しかし、もう彼女は「恨み節」は歌わなくなりました。別れた男への恋心どころか、男へのちっちゃな愛なんてどうでも良くなったようです。今や彼女が歌うのは、もっと大きな「愛」の歌になったのです。実際、このコンサートで歌われている曲には、具体的な恋の物語を描写するような曲がまったくありません。

「一期一会」(2007年)(「世界ウルルン滞在記」のテーマ曲)
 「恨み節」を歌わなくなった彼女が、代わって歌うようになったのは「人生に立ち向かう人々のための歌」です。人と人との出会いと別れ、「絆」と「一期一会」について歌うことは、それなりの人生経験があって初めて可能になることです。「一期一会」というテーマを扱える歌い手になった彼女は、それに見合うだけの「死」や「別れ」も体験してきているのです。
 1970年代から2000年代まで、彼女が各10年ごとにオリコン・ナンバー1ヒットを飛ばしてきたのは、その時、彼女が歌いたかった歌と時代が求めていた歌が常に一致していたからこそ可能になったのです。そこには、歌と人との「一期一会」は、歌と時代の「一期一会」と同義なのかもしれません。

「With」(1990年)
 この歌で彼女が用いていた手の動きは、手話だったのでしょうか。彼女はダンスを踊るわけではありませんが、顔の表情と手の動きによって、様々なことを語ることができます。声の使い分けと同様、彼女の表情の豊かさと体の動きの多彩さもまた誰にもマネの出来ないレベルだと思います。
 この映画では、アップの映像により、いかに彼女が指先の動きから眉毛や口の動かし方にまで神経を行き届かせているかがよくわかります。たとえ何年か後に彼女の顔にシワが目立ってきたとしても、彼女ならそれを表現方法の一つとして用いることができるでしょう。そう、あのエディット・ピアフのように・・・。

「糸」(1992年)(1998年TVドラマ「聖者の行進」のテーマ曲、その他、関西電力のCMソングにも使用された)
 バンクバンドのカバーで有名になったこの曲は、まさに「泣ける名曲」です。私とあなたが織り上げた布が、「いつか誰かを」暖めるかもしれない、という発想に脱帽です。誰か決まった人だけのために人は生きているのではない。そんなことは関係なく、人は未来のために何かを為すことができるはずだ。だからこそ、彼女は恋人のためだけの歌を歌わなくなっただと思います。
 2011年の大災害によって、この曲の持つ意味はより深く理解されるようになったのかもしれません。被災地に住む人々に思いをはせ、自分にできることは何かについて考える。これから生まれてくる来る子どもたちのために、自分たちには何ができるのかを考える。そうした、誰か知らない人のために何かをなすことの大切さを歌うこの曲の価値が今再び高まってきたのだと思います。
 しかし、この曲がかつて関西電力のCMソングに使用されていたなんて、皮肉を通り越して衝撃的です。

「命の別名」(1998年)(TVドラマ「聖者の行進」のテーマ曲)
 この曲も「糸」に匹敵する感動的な作品ですが、もともと「糸」とのカップリングで発売されたCDシングルです。この曲も含め、この映画では、4分ごとにクライマックスが訪れます。でも、4分に一度笑えるコメディー映画ならあるかもしれませんが、4分ごとに観客を感動させる映画はちょっと考えられません。音楽という芸術は、映画のような総合芸術ではない分、そんな離れ業が可能になるのです。

「ララバイSINGER 〜アザミ嬢のララバイ」(2006年、1975年)
 このコンサートで歌われる唯一の70年代の曲が、ここでちらっと登場する「アザミ嬢のララバイ」です。1975年にこの曲でデビューした彼女は、21世紀に入って再び「ララバイ」を歌ったのが、2006年発表のこのアルバム・タイトル曲でした。30年の時を越えた二つの「ララバイ」のコラボレーションもまた感慨深いものがあります。

「宙船(そらふね)」(2006年)(TOKIOに提供され大ヒット)
 TOKIOのヒットで知られるこの曲ですが、元々彼らのために書かれた曲ではなく、あくまでも彼女のアルバムに収められるために書かれた曲のようです。ここでは男性コーラスとのデュエットにより、新たな輝きを得ています。しかし、力強い男性ヴォーカリストの後に登場する彼女の歌声は、美しさ、しなやかさ、力強さ、どれをとっても遥かに、前座の男性ヴォーカルの上を行っています。
 この曲もまた、2011年という年を越えた今、改めてその重さに感動させられる歌詞をもっています。「宙船」を操ることの重要さと責任の重さ、そして操るものの無能さを日本人は昨年痛いほど認識したからです。

「昔から雨が降ってくる」(2007年)(「世界ウルルン滞在記」のエンディング曲)
 なぜ、「昔から」雨が降るの?なんとも不思議なタイトルの曲です。そして、この曲もまたこのコンサートのクライマックスの一つです。この曲での彼女はついに「時を越える愛」の世界にまで達しました。ここで歌われている「雨」とは何でしょうか?
 雨によって生かされることで、母なる海から陸上へと進出することになった我々の祖先。彼らにとって雨はなくてはならないものでした。その雨を生み出した海の成分は、我々の「血と汗と涙」とほぼ同じ。地球は、この雨によって守られることで生命の森を築きあげてきたのです。
 「人間愛」から「地球愛」のレベルにまで範囲を広げた彼女の歌は、いよいよそのスケールを大きなものにしつつあります。

「唇をかみしめて」(1982年)
 このコンサートで唯一、オリジナルではなく、先輩フォークシンガー吉田拓郎のヒット曲をカバーしたもの。あえてここでこの曲を選んだのは、それだけ彼女はこの曲に思い入れを持っているということでしょう。考えてみると、吉田拓郎と彼女はラジオの深夜放送全盛期「オールナイト・ニッポン」の看板スターでした。

「ファイト!」(1983年)(1994年住友生命のCM曲)
 彼女の歌には「人生讃歌」とももに「人生応援歌」もあります。これもまた、彼女が貫禄を増すとともに増えてきたタイプの曲です。かつては弱き者の代表として「恨み節」を歌っていた彼女は、今ではそんな弱気人々の応援団長になっています。そんな彼女の代表曲といえるのが、この曲です。オリジナルとは異なるちょっと変わった編曲になっていて、より歌詞が聞き取りやすいために、一気に物語のなかにひきこまれてしまいます。この映画の中でこの曲が一番長そうですが、そんな長さを感じさせない名曲です。

「誕生」(1992年)(映画「奇跡の山、さよなら名犬平治」のテーマ曲)
 この映画は様々なアングルから撮られた映像からできているのにカメラを持った人はいっさい映っていません。どうやら無人のリモコン・カメラが何台もセットされていたようです。カメラを映し出さないことで、観客が直接このコンサートを見ている気分になれるよう計算しているのでしょう。ここにもまた、この映画のためのこだわりがありました。

「I Love You , 答えてくれ」(2007年)
 この曲は、2007年発表のアルバム・タイトル曲。このコンサートでは、このアルバムからの曲が最も多く6曲。前年2006年のアルバム「ララバイSINGER」からが4曲となっていますから、けっしてベスト・アルバム的な選曲ではなかったことになります。しかし、ヒット曲であることよりも時代が求めている名曲をずらりと19曲そろえられることは、彼女の偉大さの証明でもあります。

「ボディ・トーク」(2007年)
 この映画は、123分(2時間3分)という長さに19もの曲を収めています。したがって、挨拶やメンバー紹介、曲間のMCもほとんどなく、徹底的に演奏する姿だけを映し出しています。よくある、会場前の観客の盛り上がりとか、会場を出る観客の姿、バックステージの準備風景などもありません。エンドロールのバックに観客たちの写真がさりげなく流されるだけです。まるで、CDをかけてライブ・アルバムを聴くようにステージ上の演奏を聴かせることに徹しています。これもまた彼女のこだわりなのでしょう。

「重き荷を負いて」(2006年)
 「人生」をテーマにしたこの名曲を歌う彼女の声は、美空ひばりのように聞こえます。そういえば、彼女の存在は今や昭和歌謡界の女王、美空ひばりに匹敵する21世紀日本歌謡界の女神なのかもしれません。彼女のゴージャズな刺繍入りの白いドレス姿は、美しいさと色気を感じさせるのではなく、「女神」としての神々しいさを感じさせ「性」を超越した存在をイメージさせます。

「本日、未熟者」(2007年)(TOKIOのための曲のセルフ・カバー)
 ここから彼女はジーンズにタンクトップ、そのうえにシャツを羽織ったカジュアルでボーイッシュなスタイルに衣装替えして登場。ギターを弾きながら歌うロック・スタイルのセットとなり、最後の盛り上がりに向けパワー・アップ全開です。

「地上の星」(2000年)(NHK「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」テーマ曲)
 2000年発表のこの大ヒット曲は、ここでは以外にシンプルに演奏され、地味な印象を受けました。それは、この曲が目立たなくなるぐらい、他の曲がどれも素晴らしいからなのかもしれません。知名度や実績から言えば、この曲がコンサート最大のクライマックスであるべきなのかもしれませんが・・・。やはり彼女のコンサートに大ヒットは必要ないのかもしれません。

「背広の下のロックン・ロール」(2007年)
 この曲はイントロと歌詞のもつ強烈な反骨精神からして、今は亡き忌野清志郎得意のR&Bナンバーを思わせます。ここに来て初めて、映像の中に観客の姿が映し出され、男性の多くが背広姿であることが、見事な演出になっています。(背広の下にはもちろんロックン・ロールが・・・)御機嫌なロック・ナンバーにも関わらず、僕は泣きそうになりました。中島みゆきは、誰よりもロック魂を持ったアーティストなのかもしれません。
 「ラスト」になって初めて会場の観客を映し出す演出は、音楽ライブ映画の傑作であり、ジョナサン・デミ(「羊たちの沈黙」の監督)の出世作でもあるトーキング・ヘッズのライブ映画「ストップ・メイキング・センス」を思い出させます。

「荒野より」(2011年プロモーション・ビデオ)(TVドラマ「南極大陸」テーマ曲)
 オマケの映像として上映されたプロモーション・ビデオは、感動の映画が終わった後なだけに少々余計ではないか?と思ったりしましたが、・・・これもまた一本の短編映画として非常に完成度の高い作品に仕上がっています。これなら、大丈夫だろうという自信を持って、あえて、アンコールに答えるつもりで追加したのかもしれません。それだけのレベルなので、是非、帰らずに最後まで見てください。

<最後に>
 僕こそ、同じ時代に中島みゆきさんの歌と共に、生きることができたことに感謝します。

「中島みゆき LIVE 歌旅 劇場版」 2007年(劇場版公開は2012年)

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