人類を生み出した進化の鍵はウイルス感染だった? 


「破壊する創造者 ウイルスが人を進化させた」

- フランク・ライアン Frank Ryan -
<人間とはいかなる生物か?>
 人間とはいかなる生物か?そのことを人は大昔から様々な方法で追求し続けてきました。哲学、医学、生物学、芸術、心理学・・・そんな中でも遺伝子による研究は、それを最も直接的に調べる画期的な方法です。
 2001年2月12日、国際ヒトゲノム配列決定コンソーシアム(IHGSC)と民間企業セレラ社は、競合していたヒトゲノムの解読終了を同時に発表しました。これによって、人間が持つ46本の染色体の遺伝子構成が初めて明らかになりました。
(注)「ゲノム」=ある生物の持つすべての遺伝情報のこと。ヒトの場合、ゲノムは核DNA、ミトコンドリアDNAなどから構成されるが、ウイルスの場合はRNAから構成される場合もある。

 その結果で、驚きだったのは、ヒトゲノムの「サイズの小ささ」でした。ヒトゲノムの持つ遺伝子の数は、約2万個とわかりましたが、細菌など単純な生物と比べて10倍程度にすぎず、ショウジョウバエや線虫とさほど変わらないことがわかったのです。(当初は10万個はあると予想されていた)
 さらに、その解読によって明らかになったのは、私たち人間の遺伝子は、かなりの部分が地球上の他の生物と共通しているということでした。たとえば、人間の遺伝子のうち2758個はショウジョウバエと共通で、線虫とも2031個が一緒でした。3者に共通する遺伝子も、1523個あったのです。要するに人間と地上のすべての生物は、遺伝子の上ではほとんど差がないということです。(ちなみに、ここでいう「遺伝子」を「ヒトゲノム(人間の遺伝情報)」を書き記した「本」における「単語」とすると、46本の染色体は「章」のようなものです)
 多くの人は、このニュースを聞いた時、人間の持つ遺伝子がすべて明らかになったと勘違いしました。そのため、遺伝子操作によって人間をつくり変えることができる時代がすぐにやって来るのではないか?そう思いました。正直、僕も、良くも悪くもそんな日が近いと同じように感じていました。ところが、明らかにされた人間の遺伝情報というのは、人体の構造を生み出すタンパク質合成に必要な「機能遺伝子」の部分だけで、それはわずかヒトゲノム全体の1.5%にすぎなかったのです。

<ヒトゲノムの構成>
人体を作るたんぱく質情報    レトロ・トランスポゾン   
機能遺伝子  HERVとLTR  LINE  SINE  DNAトランスポゾン  不明
1.5% 9% 21% 13% 3% 52.5%
(注)「トランスポゾン」=ゲノム上で移動、複製を自在にできる遺伝子のこと。ジャンピング遺伝子と呼ばれることもある
 じゃあ、機能遺伝子以外の98.5%は、どんな役割を持っているのでしょうか?どうやら、この残りの98.5%にこそ、人類進化の歴史が収められているようなのです。実に興味深いじゃないですか!

・・・本当にあらゆることがわかるまでには大変な時間がかかるだろうけど、生命や進化の根本的な原理はもうわかっているのだから、あとはそれを応用して、細部を調べていくのだと思っていた。生命観が変わるような画期的な発見というのはもうないだろうと思ったのだ。
・・・この本を読んで、その考えは覆された。生命は、本当はもっともっと複雑なものらしい。皮肉なことに、科学の発達により、それがわかってきたのだ。科学によっていったんは単純明快に説明されたことが、同じ科学によって再び複雑になってしまった。
 ほんの一瞬でみお、人間は生命の神秘によって近づいた、と思ったのはやはり罰当たりだったのか。

夏目大<本書の訳者「あとがき」より>

 というわけで、人類が誕生するまでの進化の歴史におけるウィルスの驚くべき役割についての新説をご紹介させてただきます。そのために、まずは「ウイルス」とは何か?から話を始めましょう。

<ウイルスとは何か?>
 「ウイルス」とは、「カプシド」というタンパク質の殻に包まれたDNA(遺伝子)の直線状の塊です。それに対し、「細菌」は細胞膜に包まれリング状にDNAがつながった塊のことで、「ウイルス」の1000倍ほどの大きさになります。それだけ「ウイルス」は単純な構造をしているので、その変異のスピードは1000倍と早いのですが、逆に他の生物に寄生しなければ生きて行けないという宿命も背負っています。そのため、多くの研究者は「ウイルス」を「生命」とは認めていないようです。
 「細菌」と違い「ウイルス」は、寄生した宿主の体内で遺伝子情報を乗っ取り、それを利用して自分の複製を作り出すことができます。その結果、ある種の「ウイルス」は宿主の体内からその子孫の体内にまで子孫を残すことができるようになりました。ウイルスは、宿主が残す子孫によって永遠に生き続けることができることになったわけです。
 では、次にウイルスが生き残るために編み出した「共生」という生存システムについてまとめてみます。

<共生とは何か?>
 「共生」という言葉は、ドイツの植物学者アントン・ド・バリーが1878年に作ったものです。生きて行くために生物たちが協力し合う同様の関係があまりに多く見つかったため、それを表現する言葉が必要になったようです。バリーは共生を「種の異なる生物が共に生きること」と定義しています。
 「共生」を細かく分類すると以下のようになります。
「寄生」
 異なる生物の体内もしくは身体の一部となって生きる方法。これも「共生」の一形態です。
「片利共生」
 片方の生物がもう一方の生物に害を与えずに利益を得る関係。
「相利共生」
 双方が互いに利益を与え合う関係。
「行動共生」
 助け合いの「行動」によってお互いの生存を有利にする方法。例えば、口の中の掃除をするエビとそれを許すことで他の魚に襲われないようにする協力関係など。
「代謝共生」
 二つの生物が一体化することで、生存を有利にする究極の共生。例えば、熱水鉱床に住むチューブワームと体内の細菌の関係のようなお互いに存在が不可欠な関係あど。
<例としては>
<ミトコンドリアの場合>
 ミトコンドリアはかつて、酸素呼吸をする細菌、「好気性細菌」でした。その細菌が10億年以上前に、共生していた「プロチスト(原生生物)」という単細胞の真核生物と融合して、新たな一つの生物となりました。(こうして、光合成をする生物が誕生することになります)
 それと同じような共生関係がウイルスと哺乳類の間にも生まれた考えられます。ヒトゲノムの34%をしめるLINEやSINEはレトロウイルスに由来するものだろうと考えられています。
<イエローストーン国立公園のウイルスの場合>マリリン・ルーシンク、リス・ヴィラレアルによる研究(2006年)
 そのウイルスは、ある菌類に感染しており、また、その菌類自体、地熱で高温になった土壌に育つキビ類の植物に寄生しています。寄生されている側の植物は、菌類のおかげで熱に耐えることができます。それは一見すると、よくあるパターンの共生です。ところが、菌類に感染しているウイルスを取除いてしまうと、植物は熱に耐えることができなくなり、枯れ始めたのです。これは菌類が存在しない場合と同じ現象でした。ウイルスを菌類に再度感染させてみると、植物は熱への耐性を取り戻しました。さらに調べたところ、ウイルスが、ある代謝産物を提供していることがわかりました。三者間の共生はどうやらそのおかげで成り立っているよです。(植物、細菌、ウイルスによる三者共生)

<レトロウィルスとは何か?>
 レトロウィルスとは、RNAウィルスの一種です。それは自らのRNAゲノムを、逆転写酵素と呼ばれる酵素によってDNAに逆転写し、宿主のDNAゲノムの中に組み込むことができます。このことをテミンとデヴィッド・ボルエィモアが発見したことで、それまでの「セントラルドグマ」が崩れ、遺伝情報は必ずしも「DNA - RNA - タンパク質」という順にだけ流れるわけではなく、状況によっては順序が変わり得ることが明らかになりました。レトロウィルスによって、遺伝情報はRNAからDNAへと逆方向に流れることもあり得るということです。
 このレトロウィルスは、宿主のゲノムが枝分かれしてできたか、その構成要素が進化したものと考えられます。
(注)「逆転写酵素」=一本鎖のRNAの配列をもとにDNAを合成する反応(逆転写)を触媒する酵素のこと

<エリシア・クロロティカ>
 エリシカ・クロロティカはウミウシの仲間ですが、植物と動物、両方の性質をもっています。この生き物の幼生はヴァラチェリア・リトレアという藻類を食べ、光合成をする葉緑体を体内に取り込みます。その後は口を失い、光合成だけで生きるようになり、まったく異なる生物に変身したことになります。この時、それによって生きるためのタンパク質供給が可能になります。こうした異なる生物間での遺伝子情報(ゲノム)の受け渡しを可能にしたのは、レトロウィルス(逆転写酵素)なのだということが明らかになりました。このレトロウィルスを通しての遺伝情報の移動は、異なる生物の共生を実現させるための重要な方法と考えられます。
 どうやらレトロウィルスの存在は生命進化の重要な鍵のようです。
 レトロウィルスには、もう一つ重要な能力があります。それは、生殖細胞のレベルでもゲノムの融合を起こすことができることです。その能力を「内在性化」と呼びます。内在性化が起きると、自由に動き回って他の個体に感染することができた外来性ウィルスが、生殖細胞に定着して内在性ウィルスに変ることができます。それは外来性ウィルスが自由を失う代わりに、宿主のゲノムの一部として長く(ほぼ永久に)生きられるようになったということです。これは「共生によって新たなゲノムが生まれた」と考えることもできます。抗体や免疫細胞によって活動を抑制されることはありません。
(オーストラリアに住むコアラの体内に潜むコアラ・レトロウィルスは、100年前にコアラが体内に内在させるようになったウィルスであることが研究によってわかりました)
(注)「内在性」=「自分自身の「一部になった」という意味。宿主のゲノムに組み込まれたレトロウイルスを「内在性レトロウイルス」と呼ぶ
 レトロウィルスが、宿主となる生物の遺伝子を直接変更することを「攻撃的共生」と呼びます。

<攻撃的共生とは何か?>
 ここで大事なのは、すでに触れたとおり、「攻撃的共生」には、進化という観点から見て二つの段階があるということだ。ウイルスが一定期間存続できるかどうかは、感染した宿主の集団のうち、どのくらいの個体が生き残るかにかかっている。攻撃的共生の最初の段階では個体数は大幅に減少するが、最低限は生き残る必要がある。選択され、生き残った個体たちが、ウイルスと長期にわたる関係を築く基礎となるのだ。生き残った個体とウイルスとが共生し始めた時が、新たな段階の始まりである。その段階になれば、自然選択は、ウイルスと宿主の関係に作用し「始める。
 しかし、ここで大きな問題があります。すべての生物には自己と他者を見分け、他者の侵入を許さない基本的システムである「免疫」という機能が存在するのです。

<免疫とは何か?>
 免疫システムは、極めて柔軟性が高く、反応も迅速である。侵入してくる細菌やウイルス、特にウィルスは体内においても恐ろしい速さで進化するので、それに対応するためだ。・・・私たちの持つこの免疫システムが「適応免疫」と呼ばれるのはそのためだ。・・・問題は、このように複雑でダイナミックなシステムが、どのようにして生まれたのかということだ。

 実は、強力な免疫システムには一つだけ盲点があります。それは妊娠から出産にかけての過程において、母体と子供という異なる生物が免疫による攻撃を回避していることです。

 胎盤の最も重要な役割は、胎児の抗原と母親の血球が接するのを防ぐことだろう。そのために、内膜直下筋層を構成する細胞は融合して、全体の一枚の薄いプラスチック幕のようになっている。個々の細胞の核は残っているももの、細胞膜はなくなっている。このような膜を「合胞体」(シンチウム)と呼ぶ。ただここに一つの大きな謎がある。私たち脊椎動物の細胞には、元来、このように互いに融合して合法体を作るような能力は備わっていないのだ。だが、HIV=1のようなレトロウィルスには、哺乳類の細胞を融合させる能力がある。炎症を起こさせ、細胞核はあるが細胞膜のない多数の細胞の凝集体を作ることができるのである。
 2000年2月、この謎はマサチューセッツ州ケンブリッジにある遺伝学研究所のジョン・M・マッケイらによって解明された。彼らはこのような細胞の融合を可能にするような、それまで知られていなかったタンパク質を発見したのだ。そのタンパク質を合成するための情報が、ヒトゲノム中の機能遺伝子には存在しないこともわかった。その情報は、何とHERV-Wと呼ばれるヒト内在性レトロウィルスのenv領域で見つかったのである。

(注)「合胞体(シンチウム)」=複数の核を含む細胞。不完全な細胞分裂によって生じる場合と、細胞融合で生じる場合がある。ウイルス感染細胞あhその代表的な例

 いよいよ面白くなってきました。遺伝情報を直接的に子孫に残すために、レトロウイルスは免疫システムを突破する「トロイの木馬」の役目を果たすことが可能なのです!そのために、ウイルスは、宿主の体内奥深くに侵入する作戦を編み出すことになりました。

 ウイルスのライフサイクルの中でも彼女が特に興味を持ったのは、宿主の細胞の中でウイルス粒子が砕けてゲノムが放出され、それが宿主のゲノムと結合する、という段階である。ウイルスの遺伝子とその制御機構が機能することで、宿主の体内では、ウイルスの子孫が次々に作られることになる。これはまさに分子レベルでの生存闘争だ。つまり、宿主の細胞の中で、ウイルスは「分子的な存在」へと変態を遂げるわけだ。パンディアはその状態のウイルスを「分子生命体」と呼んでいる。
 「元は細胞を持った寄生体だったウイルスが、やがて細胞膜や細胞構造を失い、宿主の細胞に依存して生きるまったく新しい存在に進化したわけです。

クラウディウ・バンディア(アメリカ国立感染症センター)

 こうしてウイルスが宿主と一体化した時から、そこには新たな生命が誕生したと考えることができます。

 はじめはどちらも利己的だったウイルスと細菌の関係は、やがて、相利共生の関係へと進化していく。これは、両者の関係も自然選択にさらされることを意味する。長い時間が経過する中で、ファージに何か「欠陥」が生じることは十分に考えられる。たとえば、感染力、攻撃力を失ってしまい、その結果、ファージと細菌が一体となってしまうこともある。二つだったものが一つのものとして進化を始めるわけだ。
 これは、ミトコンドリアやHERVと基本的に同じ状況と言える。保護機能を持つウイルスを中に抱えた細菌は、いずれ、他の似たウイルスの感染を拒絶する力を持ち始める。それと同じことは、動物の内在性レトロウイルスで時々起きている。これはまだ原始的な免疫システムだが、それが今日、私たち人間が持っているような、複雑で高度な適応力を持ったシステムにまで進化してきた。

(注)「(バクテリオ)ファージ」=細菌(バクテリア)に感染するウイルス

 こうして、新たな生命が誕生してもその生命は、生存競争に耐え、生き続け、その子孫を残さなければ、単なる異形の生命体で終わってしまうことになります。もちろん、単純な生命体ならば内在性レトロウィルスの存在によって永続的な進化が可能になるでしょう。しかし、人間のような複雑な生命体になるまで、単細胞が進化するのに自然選択と突然変異という偶然に頼るだけで可能なのでしょうか?ウイルスと細胞はお互いにより高度な生命になろうと、意識的に協力をし合っているわけではありません。そもそも多くのウイルスに感染した細胞は、その影響で死滅するはずです。例えば、近年では人類に恐怖を与えたAIDSの例があります。

<AIDSとは何か?>
 AIDSウイルスは非常にシンプルなウイルスである。三つの遺伝子領域から成り、わずか10個ほどの遺伝子をコードしているにすぎない。では、一体なぜこんなシンプルなウイルスがこれほど恐ろしい敵になるのだろうか。
 その問いに対する私の答えは簡単だ。「AIDSウイルスは、まだ人類という宿主に適応するように進化していないから」である。


 たとえば、あるウイルスが、ある動物に感染してから長い時間が経過し、ついには動物に重大な病気を引き起こすことなく共存できる状態に達した、とします。その後、よく似た別の動物が、その動物と接触したとします。そういう場合に非常に近い異種間でウイルス感染が起きると、ウイルスはとても凶悪なふるまいをするようですね。たいていは死を招くような病気を引き起こす。これも進化によって生じたメカニズムの一つだということは考えられませんか。・・・これは、ウイルスと宿主との間の共生関係によって進化したメカニズムではないかと。・・・

 また、ここで重要なことは、関係の近い宿主に感染したウイルスに起きることは、基本的に常に同じであるということだ。第一に、元の宿主に近い種の個体に入り込んだウイルスは、いったん入り込めば二度と消え去ることはない。・・・この「いつまでも消えない」という性質を、生物学の用語で「持続性」と呼び、いつまでも消えないウイルスを「持続性ウイルス」と呼ぶ。そして、このようにいつまでも消えないという性質があるからこそ、ウイルスと宿主の間の関係が新たに進化していくことができるのだ。

 人類はその誕生後から、こうしたウイルスからの攻撃を受け続けてきました。バイオハザードのアリスのようにウイルスからの攻撃を闘い抜き生き延びてきたのです。

・・・私たち全員が同じHERVを受け継いでいるということは、私たちの直接の祖先はすべて同じだけのウイルスに感染していたことになる。・・・ただ、AIDSの例や、コアラレトロウイルスなどの例を見る限り、新たなウイルスと出会う度に、ほとんど毎回、恐ろしいことが起きていた可能性が高い。つまり、感染症が大流行して多数の個体が死に、淘汰されるというパターンが繰り返れた可能性が高いのだ。だとすれば、私たち現代人の祖先は、進化の歴史上、何度も繰り返し起きた、致死的な感染症の大流行をすべてくぐり抜けて生き延びてきたということになる。

 では、そうしたウイルスへの感染が人類の進化を進めたのでしょうか?いやいや、そんなチマチマした変化だけでは、いつまでたっても、単細胞は単細胞のままでしょう。そこには、もうひとつ重要な鍵が存在する。そう主張したのは日本人の遺伝学者、大野乾です。

「自然選択と突然変異だけでは、生物の進化は説明できない。・・・地球最初の生命体が今日の細菌と同様のものであるとすれば、そのゲノムは数千ほどの遺伝子から成ることになる。そして、後の世代はすべて、その数千のただ受け継ぐだけのはずだ。突然変異や自然選択が起きたとしても遺伝子の数が増えるわけではない」
・・・何十億年という進化の歴史の中では、遺伝子の重複という現象が起きているはずというのが大野の考えだった。
 大野は、脊椎動物の進化の歴史の中で、四倍体化が2回起きていると主張した。一度目は、脊椎動物から初期の魚類が発生する際に起き、二度目は、魚類と両生類が分岐する際に起きたという。この大野の仮説は「2R仮説」と呼ばれる。近年のゲノム解析によって、この説の正しさが証明された。

(年代的には、一度目は5億1000万年前ごろで二度目が4億2000万年前ごろ)
「遺伝子重複による進化」より

 「遺伝子重複」とは、交配によって生まれた生物が、親から受け継いだ遺伝子を減数分裂によって半分ずつに分けるのではなく、そのまま倍の遺伝子を持つようになることです。これを四倍体といいます。
(注)「減数分裂」=有性生殖生物において、精子や卵子などの生殖細胞が作られる際、染色体は雄、雌がもつものの半分づつを子供が受け継ぐという仕組み
<四倍体とは何か?>
 四倍体では染色体の重複が起きるが、それは生物の複雑性が増すことを意味する。四倍体の発生には二つのパターンがある。一つは、突然変異によるものである。生殖細胞の形成の際には、通常、染色体数の半分に減るが、突然変異により、このはたらきが阻害されることがあるのだ。これによって生じる四倍体を「同質四倍体」と呼ぶ。もう一つは、異種交配によるものである。異種のゲノムの性的結合によって四倍体が生じることがある。これを「異質四倍体」と呼ぶ。同質四倍体の場合は、ただ同一の染色体が重複するだけなので、それが直接、複雑化につながるわけではない。しかし、余剰の遺伝子を多く持つ分、環境の変化に適応できる可能性は高まる。突然変異によって新しい遺伝子が生じる機会が多いからだ。
 異質四倍体の場合は、異質のゲノムが融合するわけなので、一種の遺伝子レベルでの共生発生だといえる。遺伝子、ゲノムの複雑さは、即座に大幅に増すことになる。そして、直線的な進化ではなく、網目状の進化が起きるのだ。
(ただし、ゲノムに機能障害が起きる可能性も高い両刃の刃でもあるのですが・・・)

 要するに、異なる種の生物のオスとメスが交配を行い、近縁種だったために、その混血となる子供が生まれたとします。普通はこの時、子供は遺伝子の減数分裂によって、オスとメスからそれぞれのゲノムを半分づつを受け継ぐはずですが、それをすべて受け継ぐという異常事態もあるということです。そうなると、その親は自分が持つ特殊性(色、大きさ、形、能力など)を次の子に残す確率が非常に高まるのです。そして、それが進化の歴史において、加速度的に生物が変化の道を突き進んだ特殊な時期の原因だったのかもしれないのです。
 実際、そうした例が数多く発見されています。

 突然変異と自然選択による進化と異種交配による進化では、同じ進化でも大きく異なっていただろうということは、頭で考えるだけでもすぐにわかる。実際に両者はまったく違っているのだ。共生による進化にも同じことが言えたが、異種交配による進化のパターンは、直線的ではなく「網目状」になる。進化的にまったく違う系統に属するはずの生物の遺伝子が生み合わさって、新たなる種が生まれるからだ。・・・たとえば、自然界で染色体の数が倍になっている植物を発見したとしても、単なる「事故」とみなし、深く考えることはなかったのだ。しかし、今では、異種交配が自然の様々な環境でごく普通に起きていることを認める植物学者が増えてきている。実際に植物を観察していると交配種が多く見つかるためだ。

「私は個人的には、異種交配が進化の重要な推進力であることを疑ってはいません。異種交配は、主に生存にとって有利になるような対立遺伝子を移入することで、進化を推進させます。・・・」
ロジャー・バトリン教授(シェフィールド大)

 もうひとつ重要なのは、そうした異種交配が起きた時、環境がその生物を自然淘汰してもなお、それが次の世代まで生き続けた時に初めて新たな「種」が誕生したと言えるのだということです。人類の誕生から現在までの道のりも、そんな長い長い生き残りの歴史だといえそうです。

種の分岐は、突然変異と自然選択の蓄積により、長い時間をかけてゆっくりと起こる」というのが、これまで広く信じられてきた通念である。デヴィッド・ライクらの発見は、その通念からすれば驚くべきものだった。正確には、この発見は2つの驚きをもたらした。一つはチンパンジーとヒトの分岐の時期が、これまでの説よりも最近で、630年前か、おそらくそれ以降であるということ。そしてもう一つはさらにショッキングなことだ。二つの種の間で、多数の染色体の遺伝子配列を比較した結果、どうやら、チンパンジーとヒトの分岐のタイミングは一つではないらしいということがわかったのだ。・・・
「怒る人はいるかもしれないが、この食い違いは、このように説明すべきだと考えられる。つまり、ヒトとチンパンジーの祖先は一応、分岐はしたが、その後もしばらく互いに遺伝子を交換し合っていた。そして今から630万年前、ついに完全に分岐した、と」


 進化論において、長い間、環境が与える影響が子孫に受け継がれることはないと考えられてきました。要するに、生きている間にあなたがどんなに身体を鍛えても、その鍛えられた筋肉があなたの子供に遺伝することはない、ということです。
 キリンの首が長いのは、親が首を長くしようとがんばったからではなく、より長い首を持つ遺伝子を受け継いだ子供が他の子供よりも、より多くの子孫を残す可能性が高いということです。(首が長い方がより多くのエサを食べられるので、長く生き、より多くの子供を残す確率が高いから)ところが、ここで新説が登場します。

 進化を推し進めるのは、遺伝子の変化だけではない。いわゆる「エピジェネティクス」も関わってくる。力に大小はあるが、どれもが変異をもたらす点では同じである。突然変異とは、細胞分裂の際の遺伝子のコピーの「エラー」であり、この変異が進化にとって重要であることは今も変わらない。しかし、その他にも、共生発生、異種交配、エピジェネティクスな変異などが、進化上、大きな役割を果たすことがわかっている。・・・

 エピジェネティクスは、”ふつう”のジェネティクス(遺伝子のはたらき)を操作する”影の実力者”みたいなものだ。本書では「魔人」と呼んでいる。セントラルドグマにおけるDNA→RNA→タンパク質の流れは、従来は決まりきったひとつの流れだと教えられていたが、最近になって「いくつもの流れがある」ことがわかってきて、どのタイミングがどの流れにするかを決めるのがエピジェネティクスである。若いときは”良い流れ”で遺伝子がオンになっていたものが、歳をとったら”悪い流れ”になって発ガンするものも魔人のエピジェネティクスだ。
長沼毅(生物学者)

(注)「エピジェネティクス」=遺伝子配列自身を変化させることなく、その発現に変更を加えるメカニズムのこと。または、その種のメカニズムについての研究のこと。
(注)「エピゲノム」=ある生物の個体で機能するあらゆるエピジェネティックの総体。「メチル化」「ヒストン修飾」「RNAi」など
 エピゲノムは、遺伝子とちがい、生涯にわたって環境から影響を受け続けることは重要。(飲食物、精神的ストレス、病気、環境汚染、気候変動・・・)

 「エピジェネティック」の解明により、多くの遺伝子的な病の治療が可能になるかもしれません。
 「癌」という特殊な病については、まさにこの問題が関わっていると考えられているようです。

 「癌」というのは、身体の細胞が無期限に分裂し、周囲の組織に浸潤していく病気に与えられた名前である。
 元々は他の細胞や組織、器官と完全に調和して機能するようプログラムされていた細胞が狂ってしまい、独立を宣言して体内で暴れ回るようになった病気、と言ってもいいだろう。


 癌という病気は、結核などの細菌感染症やAIDSなどのウイルス感染症とは性質が違っている。癌は、いわば「自分自身」が引き起こす病気である。自分自身の細胞のはたらきが極端に異常になる病気だ。異常になった細胞は、体内の他の部分の細部たちと強調することをやめ、完全に利己的にふるまうようになる。勝手にどこまでも、とめどなく分裂を繰り返すようになるのだ。これは細胞が「不死身」になるということでもある。・・・
 つまり、興味深いことに、癌というのは、進化の過程を逆戻りしているとも言える。現在のアメーバなどのような単細胞生物から、多細胞の動物、植物、菌類への進化の過程を逆戻りしているということだ。
・・・

 皮肉なのは、細菌やアメーバなどの単純な生物は決して年を取らないということです。「年を取ってやがて死ぬ」そういう特性は、多種多様な細胞、組織、器官から成る複雑な生物が受け継ぐべき「遺産」のようなものなのです。
 エピジェネティックなメカニズムは、遺伝的に傾向があります。「年をとりやすい」、「統合失調症になりやすい」、「癌になりやすい」・・・したがって、エピジェネテックな面から病気を治療することも可能で、その研究が進められています。

<総まとめ>
 人類の誕生に至る道のりは、単に細胞が突然変異だけで多細胞化、複雑化したのでは期間的に不可能だったのではないかと考えられます。それは、生命が体内にレトロウイルスというDNAを変異させられる特殊なウイルスを少しづつ抱え込むことで可能になったと考えられます。
 彼らは、他のウイルスの侵入を防いだり、他の生物に感染したりしながらも、少しづつ異なる種の遺伝子を受け入れることで、周囲の環境変化に適応できるよう予備的な遺伝子を蓄えて行きました。そのおかげで、急激な環境変化や敵からの攻撃にも絶滅することなく子孫を残すことができました。
 そんな中、時には異種交配と遺伝子重複という偶然が突然変異を生み出すこともあり、それが生存競争において勝利することでその遺伝子が爆発的に増え、新たな種を生み出すことを実現することにもなりました。しかし、そうした突然変異も一代限りでは、新種誕生とはならなかったはずです。レトロウイルスは、そうした特殊な遺伝子を遺伝子情報に直接刻み込む上で大きな役割を果たしたと考えられます。
 では、遺伝子情報変更による種の多様化を、人間はどこまで把握できているのでしょうか?残念ながら、未だ遺伝子情報の1.5%しか解読できていない上に、残りの98.5%はあまりに複雑に絡み合っているために、まったく解読が進んでいないのが現状です。
 たぶんその情報を単純にデジタル化して把握することは永遠にできない気がします。もし、それを実現することが可能なら、それは抽象的な絵画と音楽が組み合わさったようなアナログ的な3D映像(ホログラム)のようなものなのではないでしょうか?

 地球の陸といわず海といわず、生物圏のどこにもウイルスがいる。そして、地球上の全生物のゲノムにも”ウイルスもどき”が居座っている。こうなると、地球生物の多様性なんて外見的なものであり、ウイルスを介してゲノムが入り混じる「全地球生物の共生進化」や「全地球ホログラム」などを考えたほうがよいように思えてきた。
長沼毅(生物学者)

<参考>
「破壊する創造者 ウイルスが人を進化させた Virolution」
 2009年
(著)フランク・ライアン Frank Ryan
(訳)夏目大
早川書房

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