「われら」

- ザミャーチン Evgenii Ivanovich Zamyatin -

<有名かつ難解なSF史に残る名作>
 近代ロシア文学、SF小説、アンチユートピア小説、そしてロシア革命について語る時、この小説のタイトルはたびたび登場します。しかし、実際にこの本を読んでいる人は非常に珍しいかもしれません。
 やはりそれは、SFといってもロシア文学でありエンターテイメント性に乏しいせいためからかもしれません。小説のかたちも普通の小説とは異なり、主人公が書き残した報告書として書かれていて、「物語」としては理解しずらくなっています。おまけにその報告書には、著者が実際に体験した出来事以外にも夢の中の出来事まで書かれています。どこまでが現実なのか、読者の混乱は避けられないはずです。そんなわけで、先ずはこの小説の「あらすじ」を説明しておいた方が良いかもしれません。

<あらすじ>
 主人公のD503号は、数学の専門家として「単一国」が建造中の宇宙船「インテグラル号」(積分号)の計画に関わっています。その国では国民は名前ではなく番号で呼ばれ、その行動も「時間律令板」によってそれぞれ定められていて、「個人の自由」は存在していません。「個人時間」というわずかの自由時間だけが例外で、それぞれの家は外から丸見えになるよう作られていました。
 食料に困ることはないものの、石油から作られた人工食品によって彼らは養われており、SEXについても個人個人が政府の管理のもとにおかれていました。

「・・・要点を言おう。古代の或る賢人が、もちろんまぐれ当たりだろうが、うまいことを言った。『愛と飢えが世界を支配する』というのである。従って、世界をわがものににしたいならば、人間はその両支配者を支配しなければならない。・・・・・」
(石油食品と性の統制による支配体制の完成について語られた言葉)

 D503号はそんな管理された社会をユートピアと信じる模範的な国民の一人でした。

「・・・それから自問自答した。なぜ美しいのだろう。この踊りがなぜ美しいのか。それが非自由の運動であり、そもそも踊りに秘められた深い意味とは、美学的な面での絶対服従と完璧な非自由にほかならないのであるから。・・・」
(インテグラル号を建造する機械を見る主人公の記述)

 しかし、彼はI330号という謎の女性と知り合い、それを契機に生き方、考え方に変化が生じ始めます。実は、彼女は単一国と外界を隔てる「緑の壁」の向こう側の人々と共闘し革命を起こそうと企てる組織「メフィ」のメンバーでした。彼女は彼がユートピアと認める「慈愛の人」による政治システムを認めず、「慈愛の人」が革命を途中で終わらせたことは間違いだと指摘します。「革命」には終わりはないはずだ、と彼女は主張しました。

「しかし、I、それは無意味だよ。数というのは無限なんだから、最後の数を求めても無駄なことだ」
「じゃどうして最後の革命なんていうの。最後の革命なんてありゃしない、革命は無限なのよ。・・・」

(確かに「革命」が止まったところから、共産主義が崩壊を始めたことは歴史が示しています)
 そして、現在の体制を変えるために、現在建造中のインテグラル号を乗っ取りる計画を立てていることを彼に打ち明け、協力を求めます。

「それから先は何もない!終わりだ。全宇宙が均質になって、至る所、一面に・・・」
「なあるほど、至る所均質にね!それこそエントロピー、心理的エントロピーじゃないの。あなたは数学者のくせに分からないのかしら、差にこそ、温度差や、熱コントラストにこそ生命は宿るのよ。もしも全宇宙の至る所が同じように温かい、あるいは同じように冷たい物質でならされているとしたら・・・その物質を刺激して、火を、爆発を、地獄を起こさせてやらなきゃ。だから私たちは刺激を与えるのよ」


 I330号を愛してしまった彼はいつしか革命の動きに巻き込まれてゆきます。しかし、政府はそうした革命組織の動きをすでに察知しており、国民の政府に対する反抗心や疑いの心を取り除くための医学的な処置方法を発見してもいました。そして、その実施に踏み切ります。ただし、取り除かれるその反抗心とは、「想像力」という人間のもつ大切な能力のことでした。

「・・・だがこれは諸君の罪ではない。諸君は病気なのだ。その病名は、想像力という。これは諸君の顔に黒ずんだしわを噛み跡として残す毒虫だ。これは諸君を追い立てて絶えず彼方へと走らせる熱病だ。その「彼方」なるものは幸福の終わる所から始まるのだが。これは幸福への道に残された最後のバリケードだ。だが喜べ、バリケードは既に爆破された。
 幸福への障害は取り除かれた。単一国科学の最近の発見によれば、想像力の中枢はワローリオ氏橋の部分にある一つの貧弱な脳神経節である。この神経節をエックス線によって三度焼けば、諸君は想像力の病を永遠に免れる。
 諸君は今や完全無欠であり、機械と同等の存在であり、こうして百パーセントの幸福への道は開かれた。急げ、老いも若きも全員が一刻も早く『大手術』を受けよ。
『大手術』の行われる集会所へ急げ。
『大手術』ばんざい!
単一国ばんざい、慈愛の人ばんざい!」


 それに対し、革命派はついに行動を開始します。そんな混乱の中、彼は単一国のリーダー「慈愛の人」に呼び出されます。そして、「慈愛の人」は彼らが目指す世界について、幸福とは何かについて、こう語りかけます。

「・・・まずきみに訊ねよう。人は幼い頃から何を祈り、何を夢み、何に苦しむのだろう。何者かが現れて幸福の最終的な定義を下し、しかるのちに鎖でその幸福に人々をつなぎとめてくれることを、ではないか。われらが現在為しつつあるのは、正しくそのことにほかならぬ。・・・」

 さて、革命の結果は?
 二人の愛の結末は?

<著者ザミャーチン>
 この小説の著者ザミャーチン Evgenii Ivanovich Zamyatinは、1884年中部ロシアにあるドン川上流の地方都市レベジャニで生まれました。高校卒業後、ペテルブルグ工科大学に入学した彼は、そこで造船学を学びました。しかし、在学中の1905年、ロシアでは第一次ロシア革命が起き、彼もその運動に参加し逮捕されています。その頃から彼は作家活動を始め、地方社会における労働者の苦しい生活をリアルに描いた「ある地方の物語」(1911年)や「僻地にて」(1914年)などを発表。ネオリアリストとの呼ばれた新世代の作家たちの中心人物として注目を集めるようになりました。
 1916年から1917年にかけてのロシア革命の際、彼は砕氷船アレクサンドル・ネフスキー号の建造に関わっていたため、イギリスに滞在していました。革命後に帰国した彼は、「ママィ」「洞窟」「竜」などの幻想小説、未来小説を発表した彼は、仲間たちと文学グループ「セラピオン兄弟」を結成します。そのグループのマニフェストにはこう書かれていました。
「・・・われわれの要求はただ一つ、すなわち芸術作品が有機的、現実的であり、その固有の生き生きることである。問題は自然をコピーすることではなくて、自然と同等の固有の生を生きることなのだ。われわれは文学的空想が一つの固有の現実をかたちづくることを信じ、実用主義を望まない。われわれは宣伝を行うために書くのではない。芸術は生と同等に現実的である。そして生と同じく芸術には目的も理由もない。芸術は存在せずにはいられないから存在するのである。」
 1920年から1921年にかけて、彼は本書を書き上げ発表するものの、内容が反体制的であるとして、国内での出版は認められませんでした。1927年にチェコで「われら」は出版され海外で大きな反響を呼びますが逆に彼は政府から強い締め付けを受けるようになり、1932年亡命を余儀なくされます。その後はほとんど作品を発表できないまま、1937年フランスで寂しく生涯を終えました。「われら」が母国で正式に出版されるのはペレストロイカ以後、1988年になってからのことになります。

 1921年といえば、まだソ連は革命の混乱の中にあり、ソビエト連邦は革命の混乱の中にあり、ソビエト連邦が正式に成立する1922年まで、国内では各地で内戦が起きていました。当時、すでにソ連による共産主義の輸出は始まろうとしていましたが、それが本格化するのは第二次世界大戦後の1945年以後のことになります。
 しかし、本書ではすでにソ連(単一国)による思想輸出が宇宙にまで及ぶであろうという予言がなされています。(確かに、戦後、ソ連はアメリカに先んじて宇宙にロケットで飛び出すことになります)

「・・・諸君の手によって理性の恵み深いくびきを掛けられるであろう他の惑星の住民たちは、いまだ自由と呼ばれる未開の状態にあるかもしれない。われらのもたらす数学的に誤りのない幸福が、われらの義務である。だが武器を執る前に、ひとまず言葉によって訴えよう。
 (慈愛の人)の名において単一国の全国家要因に布告する。自らの能力ありと思う者は挙って、単一国の美と威厳に関する論文、詩、檄文、讃歌、その他の作品を制作すること。
 それらは(積分)号が運ぶ最初の積荷となるだろう。
 単一国ばんざい、全国家要因ばんざい、慈愛の人ばんざい!」


 この本の著者ザミャーチンが造船技師だったというのも、偶然ではないでしょう。ロシアの中でもインテリ階級に属し、海外経験もあった彼はロシア革命をリアルタイムで外からながめ、それを中で体験することにより、いち早くその矛盾に気づき、それを作品として書く道を選ぶことになったのです。
 この小説は少々難解ではありますが、その分、登場人物の人間性は複雑かつリアルに描きこまれています。この点は、他のディストピア小説、反ユートピア小説とは異なっていて、悪のリーダーともいえる「慈愛の人」もまた人間的に描かれています。そのあたりが今でもこの小説が高く評価されている理由かもしれません。

「・・・よく考えてごらん。楽園の例の二人は選択を迫られた。自由なき幸福か、幸福なき自由か。第三の道は与えられずにね。馬鹿な二人は自由を選び、従って当然のことながら、その後、何世紀も束縛に憧れた。この束縛を憧れる心こそ、いいかね、いわゆる世界苦というやつなのさ。数十世紀にわたる世界苦だ!・・・」
(自由を選んだ二人とは、もちろん聖書の中のアダムとイブのことでしょう)

 人間は自由を求めることで苦しみ続ける人生を自ら選んだ。従って、人生から苦しみを取り除くには、自由を取り除けばよ。単純明快な発想で、文句のつけようがありません。そして、それは危機的時代にかならず起きる「宗教」という自由を奪う思想の流行に表れています。(江戸時代末期の「ええじゃないか」やオウム真理教、人民寺院など・・・)自由を禁じ、同じことを繰り返すことで幸福を得ようとするのは、ダンスや音楽などの世界にも当てはまります。(トルコのメブラナ教団による回転を続ける踊り(旋舞)やマラソン・ランナーが獲得する「ランナーズ・ハイ」もそう。「創造」の喜びは「自由」が生み出す喜びですが、不自由が生み出す喜びも確かに存在します。それもまた確かな事実です。
 少なくとも、人類はまだ宇宙船に乗って他の星に自分たちの文明、思想を広めるには早すぎる。それだけは確かようです。

「『われら』は、その社会予測、プロット、さらには表現の裏付けにまで科学を用いた、徹底して科学的な小説である。このディストピアの警告では、科学への依存過剰に強調が置かれている。
 なぜなら、その方向には全体主義がひそんでいるからだ。しかし、この小説は、より安全な道を示しているわけではない。それよりもむしろ、もっと広く人間一般の問題を論じることで、私たちはそれを認識して生きなくてはならない、と暗示しているように思える。ザミャーチンは、ディストピア文学を、最も鋭い人間性探求の表現手段に変えて、SFの領域を広げたのである。」

「SFその歴史とヴィジョン」(ロバート・スコールズ、エリック・ラブキン著)より 

「われら」 1921年
エフゲニイ・イワーノヴィチ・ザミャーチン(著)
小笠原豊樹(訳)
集英社版「世界の文学C」より

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