- ウォズ・ノット・ウォズ WAS(NOT WAS) -

<ウォズ兄弟って何者?>
 不思議なプロジェクト、WAS(NOT WAS)は1980年頃、自動車産業の中心地であり、かつてモータウン・レコードの本拠地として栄えた街、デトロイトで活動を開始しました。彼らは、元々デヴィッド・ウォズとドン・ウォズという白人の兄弟によって始められたプロジェクトで、そこに黒人のヴォーカリスト、スウィートピー・アトキンソンとサー・ハリー・ボウエンズをメンバーとして加えた白黒混合のダンス・バンドでした。(といっても、ライブより、スタジオ・ワークを重視していたのですが)
 しかし、ウォズ兄弟の生み出すファンキーなサウンドの新しさ、格好良さは、当時の白人ポップスの枠を完全に越えていました。僕は、最初彼らのサウンドを耳にしたとき、この兄弟は絶対黒人の兄弟にちがいないと思っていました。

<彼らの成し遂げたこと>
 彼らの斬新なサウンドは、ある種ハウスの先駆けであり、ダブやリミックスなど、今では当たり前の手法を彼らはいち早く取り入れていました。そのため、時代が彼らに追いつくのにはずいぶんと時間を要しました。それでも、ドン・ウォズは、その後プロデューサーとしての手腕を評価され、1995年にグラミー賞のプロデューサー・オブ・ザ・イヤーに輝き、その名を世界に知られることになります。

<WAS(NOT WAS)の正体>
 実はウォズ兄弟というのは、架空の兄弟で、いうなればブルース・ブラザースみたいなものでした。ドン・ウォズは、本名ドナルド・フェイグソンといい、デトロイトでセッション・マンとして活躍するベース・ギタリストでした。当然デヴィッド・ウォズも仮名で、本名はデヴィッド・ウェイスといい、なんと本職はジャズ評論家でした。それでも二人は一応いとこ同士だったようです。
 そして、このプロジェクト的バンドにメンバーとして加わったのが、先の二人の黒人以外のヴォーカルにドナルド・レイ・ミッチェル、サックスにデヴィッド・マクマレー、ギターには、ランディー・ジェイコブス、キーボードにジェイミー・マホベラックとなっていて、ほぼ不動のメンバーでした。
 彼らは1981年にP-ファンクのハウス的ファンク・アルバムといった感じの「ウォズ・ノット・ウォズ…ん」でデビュー。以降4枚のアルバムを発表。最近では、1997年にオーケストラ・ウォズの名義で"Forever's A Long,Long Time"という傑作を発表しています。(このアルバムは、ファンク・ジャズによる伝説のカントリー歌手の実録音楽ドラマといった不思議な構成になっているのですが、これが見事な作品に仕上がっているのです)

<多彩なサウンドを生み出すための豪華ゲスト>
 彼らのサウンドには、ロック、ソウル、フリージャズ、カントリー、ヒップ・ホップ、ファンクなど、数多くの要素が含まれていますが、その実現のために、多くのジャンルのアーティストたちをゲストとして迎えています。
 MC5のギタリスト、ウェイン・クレーマー、ジャズ・ヴォーカルの大御所、メル・トーメフランク・シナトラJr.、カナダの歌う詩人レナード・コーエン、プレ・パンクのヴォーカリスト、イギー・ポップ、それにミッチ・ライダーオジー・オズボーン、ジャズ畑でいうと、ハービー・ハンコック、テレンス・ブランチャード、カントリー界からはマール・ハガード、プリンスの秘蔵っ子だったシーラEなど実に多種多彩なメンバーです。インタビューによると、彼らはまるで異種格闘技大会のようバラエティーに富んだメンバーを意識的に集めているようなのです。それは、彼らが目指す「奇妙な世界を写し出す音楽」を生み出すための戦略のひとつなのだそうです。個性的なアーティストたちの奇妙な組み合わせほど、聞く人に奇妙な感覚をいだかせるものはないということなのです。
 この「奇妙な世界」の構築こそ、どうやらウォズ兄弟の目指すもののようです。

<ダンス&グルーブの研究家>
 ドン・ウォズは、かつてデトロイトのお気に入りのクラブにいつもラジカセを持ち込んでいたそうです。そして、クラブで踊る客がもっとも乗っているときの音楽を録音し、それを後で聞いては、乗りの良いグルーブとは、どんなものなのかを研究していたというのです。(ちなみに、そのひとつの結論は、「ビートとビートの間に身体を動かすことのできるスペースをつくることの重要性」なのだだそうです)

<リミックスの先駆者>
 彼らは12インチ・リミックス盤を積極的に作り始めた先駆者でもありました。それは自らの曲を何度もリミックスしたり、他人の曲をリミックスしたりすることで、より多くの展開を生み、可能性を広げることができる方法と認識しての取り組みでした。そして、このことが後にプロデューサーとして活躍する際、大いに役立ったことは間違いないでしょう。

<多彩なアーティストたちのプロデューサーとしての活躍>
 自分たちのアルバムの録音に迎えた多彩なアーティストたちと同様、ドン・ウォズは実に多彩なアーティストたちのアルバムをプロデュースしています。ボニー・レイット、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、エルトン・ジョン、ウィリー・ネルソン、B−52’s、ジョー・コッカーなどなど、超大物が目白押しです。しかし、彼がプロデューサーとして評価されたのは、ブライアン・イーノやダニエル・ラノワのように、どのアルバムにもプロデューサーとしての独自のカラーを打ち出して行くのとは違ったようです。あくまで主役であるアーティストのカラーを重視し、自分はそのカラーを目立たせる裏方に徹するタイプ、一見地味な役回りです。しかし、これは、多彩なカラーを求める実に彼らしい仕事ぶりなのかもしれません。

<彼らが奇妙な世界に憧れるわけ>
 デヴィッドが好きな作家は、フランスの小説家、ジャン・ジュネだといいます。(「泥棒日記」が有名な泥棒から小説家になった不思議な世界観をもつ作家)そして、同じフランスの映画監督ルイス・ブニュエールが大好きで、彼の作品のような音楽を作るのが夢だといいます(「ブルジョアジーの秘かな愉しみ」で有名な前衛派の映画作家)
 そして、二人がそろって好きなのが、デヴィッド・リンチ監督の不気味な名作ブルー・ヴェルヴェットだとか。考えてみたら、あの映画の不気味なほどにきれいな50年代のアメリカの街並みと彼らのデビュー・アルバムのジャケットにある郊外の人工的な住宅地の街並みは、実に似た趣味です。
 アメリカ人にも、こういう趣味の人間がいたとは驚きです。やはり、アメリカは広いんだなあと感心。

<締めのお言葉>
 ドンはリミックスとジャズの共通点について、こう言っています。
「リミックスは、ジャズにおいて、アドリブが生み出す、無数の異なるヴァージョンと同じものだ」 ミュージック・マガジン 1989年8月号のインタビュー記事より

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