- 宇宙論、人間論、科学論 -

「宇宙とは何か?」そして「人類とは何者か?」
 この究極の問題については、大昔から様々な考えが、様々な人によって述べられてきました。
 聖書の中の「創世記」もそのひとつといえるし、アインシュタインの「相対性理論」もそのひとつです。人類は、その答えを得るために言葉、文字、数字、測量法、そして哲学や物理学を生み出してきましたが、それらはすべて「宇宙」のすべてを知るための取り組みのひとつです。
 もちろん「宇宙」について研究しているのは物理学者だけではありません。数学者も、医学者も、哲学者も、詩人も、小説かも、映画監督も、音楽家も、画家も、それぞれが自らの方法で「宇宙」とは何かを追及し、それを独自の方法で創造しようとしています。
 たとえ、それが額縁に囲まれた数十センチ四方の世界だとしても、それが素晴らしい作品でありさえすれば、そこには「宇宙」が存在しているはずです。
 したがって、「宇宙」について研究したり、創造しようとする存在は、「神」だけではないということです。
 では、そんな「神」に挑もうという恐れ多き存在、「人間」とはいかなる存在なのでしょうか?
 ここでは、「宇宙とは何か?」そして「人類とは何者か?」について、書かれた文章を集めています。

「宇宙とは何か?」

「自分があきれるほど今まで見てきたこの大地と海、いったいこれはなんなのであろうか。どういうふうにつくられたのであろうか。いったい自分はなんなのであろうか。自分ばかりではない、野生のものであれ、飼育されたものであれ、人間であれ、動物であれ、生きとし生けるものはみななんなのであろうか。またまたどこからきたのであろうか。いうまでもなく、われわれはすべて、ある秘められた『力』によってつくられている。だがその『力』はいったいなにものなのだろうか」
ダニエル・デフォー「ロビンソン・クルーソー」より

「われわれは、いかなる空間と時間の中に存在するのか、なぜ、いかにして存在するようになったのか。人類がこのような疑念を抱き始めた時から、いわゆる『宇宙論』が始まったといえるだろう。つまり『宇宙論は宇宙そのものを語るというより、世界観を語るときの思考様式であった』のであり、人類の歴史に沿ってその科学的認識は飛躍的に拡大されてきたとはいえ、その根底に横たわる問題意識に、古代シュメール人やアッカド人と現代人との間にさしたる差異があるとは思えない。・・・」
松田孝典「宇宙誌」より

「ニュートンの宇宙論の最大の特徴は、我々の宇宙から一切の価値意識を排除したことにあった。それはコスモスとしての宇宙からユニバースとしての宇宙への転換である。ニュートン以後、天体宇宙の探求は世界観をかけた学問ではなくなった。それは化学や生物学や地質学などと同列の、一つの個別科学へと変わっていったのである。」
松田孝典「宇宙誌」より

「宇宙をつくるにあたって、神には選択の余地がどれだけあったろうか」
アルバート・アインシュタイン

「これはホーキングも指摘していることだが、ニュートン以来今日まで、科学は宇宙が何であるかを問うことばかりに熱心で、なぜと問うことを忘れてきた、あるいは忘れたふりをしてきた。」
松田孝典「宇宙誌」より

「今日、われわれの前に提出されている宇宙論のキーワードは、さして多くない。その第一は素粒子の探求が明らかにしたさまざまな事実であり、第二は量子力学であり、第三はビッグバン理論であり、第四は宇宙を支配する四つの力の統一理論である。これら四つの事実あるいは信頼に足る解答例(力の統一理論は未完成だが)は、いずれも宇宙とは何であるかという問いによって導かれたといっていいだろう。そしてこれらの四つが数学的に矛盾なく統合されたとき、われわれは宇宙の究極的な理論に到達したといえるのかもしれない。」
松田孝典「宇宙誌」より

「科学が明らかにできるのは、宇宙における人間の位置と物理的存在理由だけである。そのような科学の限界を超えて『我々とは何か?』という人間存在の本質を問うのであれば、科学の否応なく哲学の領域に足を踏み入れていかざるを得なくなる。何であるかではなく、なぜと発する人間原理は、科学が人間の問題に立ち戻ろうとする新たな一歩になり得るかもしれない。」
松田孝典「宇宙誌」より

「対称性と世界」
 大学生になってレヴィ=ストロースなんかを読み出したら、彼らもまた対称性にすごく固着して、人間と動物が一体だった時代というのを描こうとしていた。でもそんな時代なんてないでしょ。ないんだけれども、そう考えないと人間の本質はわからないと考えて、対称性ということを頭の中で考えるわけです。自然の法則というのは全部対称形でできているにちがいないという確信をいだいている科学者がたくさんいることは驚きです。アインシュタインの一般相対性理論にはちょっとした傷があって対称性が崩れている。そのことをアインシュタインは一生気にしていた。
中沢新一「惑星の風景」より

「人類とは何者か?」

「我々はどこから来たか?
 我々とは何か?
 我々はどこへ行くのか?」

ポール・ゴーギャン(画家)

「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一滴の水でも彼を殺すものより尊いものだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬこと、宇宙の自分に対する優勢を知っているからである。宇宙は何も知らない」
ブレーズ・パスカル「パンセ」(1662年)より

「われわれは農耕文明の始まりをもって、地球と共生の道を放棄し、地球の資源を食い潰すことによって - 結果として環境は汚染される - 自らの繁栄を図るという重大な選択をしたといえるだろう。つまり人類はそれまでのその日まかせの生活に終止符を打ち、農耕生活を始めることによって今日の高等技術文明に向けての第一歩を踏み出したのである。」
松田孝典「宇宙誌」より

「数学とは何か?」
「数学で必要な数はな、あのね、三つだけ。ゼロ、いち、たくさん。この三つ!」
つまり、存在するのかしないのか。するなら単数か複数か。
「数学はな、当たり前で誰も疑わんことにはてなマークをつけて、それを正確に、みんなでとりあえずきめた記号でもって証明していくことなの!」

森毅(数学者)

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