ギャグのないリアリズム・ミュージカル・コメディ反戦映画


「素晴らしき戦争 OH, What a Lovely War」

- リチャード・アッテンボロー Richard Attenborough-
<異色の戦争ミュージカル映画>
 異色の映画でワン&オンリーの構成なため、時代と共に評価が高まってきた作品です。でもどこが「ワン&オンリー」なのかというと。
「ギャグのない喜劇映画」
「リアリズムにこだわったファンタジー映画」
「地味なのにオールスター映画」
「メッセージを発しない反戦映画」
 この作品は、相反する特徴をいくつも併せ持つ実に不思議な映画なのです。同じタイプの映画は、1960年以降いままでまったく撮られていないはず。だからこそ、21世紀になってなお、この作品はリスペクトされ続けているのでしょう。
 この作品のオリジナルは、1960年代にイギリスでヒットしていたミュージカル舞台劇です。この映画にも出演している俳優のジョン・ミルズがその映画化を思い立ち、その脚本を監督のリチャード・アッテンボローに持ち込んだところから企画がスタートしています。自身も舞台劇を見ていたアッテンボローは、その映画化に賛成し、自分も出たいと解答します。すると、ミルズは「君に監督してほしい」と言い出しました。当時、アッテンボローは俳優としての活動しかしていませんでしたが、マハトマ・ガンジーの伝記映画をいつか撮りたいという思いを抱いていました。
 そんな彼にとって、初監督作品にしては題材が難しすぎるのではないか?彼はそうも考えていたようです。しかし、ミルズは実績のある監督が無難に仕上げるよりも、新人監督の方がこの新しい企画には向いていると考えていたようです。(「新しい葡萄酒は新しい革袋に」という聖書の言葉もあります)
 その期待に答え、いつか自分の夢をかなえるためにも、監督の仕事を引き受けよう。アッテンボローはそう決断し、自ら出資者も探す製作者としての役も果たすことになります。(その努力のかいがあったのでしょう。彼の夢は、1982年傑作伝記映画「ガンジー」として実現することになります)

<困難だった映画化>
 この作品の映画化にはかなりの困難が伴っていました。
 第一次世界大戦という絵的に地味な戦争を描いていること。(ほとんどが塹壕に潜り込んでの消耗戦)
 戦争の悲劇をミュージカルという娯楽映画的手法で描いていること。それだけでも、映画化は興行的に困難なはずでした。
 そのうえ、この映画が公開された1960年代末、世界の映画界ではヌーヴェルヴァーグとニューシネマの時代が始まっていました。映画の新時代、「ミュージカル映画」はもう完全に過去の遺物と思われていました。そう考えると、まともな映画製作者なら手を出さない企画です。そんな中、アメリカの映画製作者が前向きに検討しているとの連絡を受け、アッテンボローはその人物に会いに行き、すでに他の俳優の出演交渉を始めていて、ローレンス・オリビエ、ジョン・ギールガットらの了承も得ていると伝え、資金提供の約束を取り付けることに成功しました。
 実はまだローレンス・オリビエにはまったく話もしていなかったアッテンボローは、すぐに病気療養中だったオリビエのもとを訪ね、映画の企画を説明。するとオリビエは、出演を承諾してくれただけでなく、他の大物時俳優たちへの推薦にも動いてくれることになりました。こうして、この作品にはイギリスを代表する当時の大物俳優が数多く出演し、ジャン・ピエール・カッセルなど他国の俳優までも出演してくれることになったのでした。そのうえ、彼らは友情出演的に破格の安いギャラで出演を受け入れてくれたようです。こうして、この映画は地味ながらイギリス最高の俳優たちが出演したオールスター・キャストの映画になったのでした。

<ファンタジックなのにリアルな映像>
 この映画の撮影・美術が独特なのは、その多くの場面を英国ブライトンの桟橋とそこに作られたセットで撮影していることです。あえてリアリズムを無視することで、ノスタルジックな英国の雰囲気を出しながらも、経費節減に成功しています。遊園地や軍の本部や見張り塔や駅が同居する不思議な空間は、ミュージカルにぴったりのファンタジックな雰囲気を作り出しています。
 それに対して、兵士たちが閉じ込められ、戦闘を繰り広げる戦場の場面は実に本物らしいリアルな作りになっています。撮影に使用した塹壕は、海辺にあった廃棄物処理場に実際に塹壕を掘った場所でした。そのために撮影現場は悪臭がするだけでなくネズミが走り回る戦場よりもひどい環境だったということです。そんな場所に作られた泥の中をはい回ることになった若い役者たちの表情が、本物の兵士たちのようにリアルなのは当然かもしれません。これもまた予算を抑えるための苦肉の策だったのですが、このリアリズムは今なら絶対に許されないでしょう。幸いなことに英国の大物俳優陣が出演したのは、ほとんどすべてパーティーなどのシーンだったので出演者からのクレームもなかったようです。そして、そのパーティーと塹壕の極端なまでの対比が、この映画の重要なポイントです。

<ギャグのないコメディ>
 英国のコメディ映画と言えば、モンティ・パイソンの傑作の数々があります。そのナンセンスでブラックなギャグは、英国ならではのものです。しかし、この映画ではそうしたブラックなギャグはまったく出てきません。登場人物たちは、最初から最後まで大真面目にそれぞれの役目を果たしていて、観客を笑わせるような台詞はまったくでてきません。
 例えば、軍の指導者は自分の作戦により何十万人もの兵士の命が失われたにもかかわらず、真面目な顔をして後悔の表情などありません。それに対して、無謀な作戦によって犬死して行く若者たちは指揮官に文句を言うこともありません。その対比がまた笑うしかないのです。パーティー会場と塹壕の対比も同じく笑うしかありません。
 出撃前の礼拝の場面では、大真面目に神のご加護をと祈る牧師と黙ってその言葉を聞く兵士たちの対比がまた笑えます。こちらも両方大真面目です。有名な讃美歌「いつくしみ深く」が始まると、途中から兵士の独唱による替え歌となり、「早く家に帰りたい」というメッセージが歌われますが、それも顔色一つ変えないのです。
 歌詞の意味が分からければ実に美しい歌で、「なんて戦争って素晴らしいのだ!」と思うかもしれません。

<リアリズムを越えて>
 CGの発展により戦場映像のリアリズムは、どこまでもリアルになりましたが、それで戦争の悲惨さが完全に伝わるか?というとそうではない気がします。この映画では、そうではない見せ方に挑戦し、それにある程度成功していると思います。
 映画の中に何度も登場する赤い花はアヘンの原材料として有名なケシの花です。そして、アヘンはモルヒネ、ヘロインの原材料であり、戦場で使用されてきました。ケシの花の赤が目立つ中、この映画にはリアルな死体や血の映像はほとんど出てきません。リアルな残虐な映像を排除したおかげで、この映画は笑えるのかもしれません。そうした「リアリズム」と「象徴性」の見事なバランスが、この映画を他にない存在にしていると言えそうです。
 優れた芸術家は、そのデビュー作に才能のすべてが示されているとよくいいます。アッテンボロー監督は、この作品の後、1982年に念願だったマハトマ・ガンジーの伝記映画「ガンジー」を完成させます。数多くある歴史的偉人の伝記映画の中でも、これだけスケールが大きく、高い質の作品はその後作られていないかもしれません。デヴィッド・リーンの「アラビアのロレンス」に匹敵するだけの作品は、もう生み出すことは不可能かもしれません。(それだけスケールが大きい歴史的人物で映画化されていない人物が、そもそももういないかもしれません)
 この作品におけるラスト・シーンの壮大で象徴的な「死者の丘」の映像は、見る者に忘れられない印象を残すはずです。


「素晴らしき戦争 OH, What a Lovely War」 1969年
(監)(製)リチャード・アッテンボロー
(製)ブライアン・ダフィー
(脚)アン・スキナー
(撮)ゲリー・ターピン
(美)ハリー・ホワイト
(編)ケヴィン・コナー
(衣)アンソニー・メンデルソン
(ダンス)エリナ―・ファザン
(出)ローレンス・オリビエ、ジョン・ギールガット、ラルフ・リチャードソン、ジョン・ミルズ、ケネス・モア、ジャック・ホーキンス、コリン・レッドグレープ、ポール・シェリー、モーリス・ローヴ、コリン・ファレル、バネッサ・レッドグレープ、マルカム・マクフィー、ダーク・ボガート、ジャン=ピエール・カッセル、マギー・スミス、スザンナ・ヨーク、ジェーン・シーモア、エドワード・フォックス
<あらすじ>
 政治的な緊張が続いていたヨーロッパで、ついに第一次世界大戦が勃発。ドイツと戦うため、イギリス政府は兵士を募集。多くの若もたちが国ためにと入隊を志願し、ヨーロッパへと向かうことになりました。ブライトンに住むスミス家からも兄弟たちがそろって入隊しました。
 戦場に着いた兵士たちは、泥だらけの塹壕に隠れて、ドイツ兵と向かい合う日々が続きます。クリスマスには、そのドイツ兵と一時的な休戦もある騎士道精神がまだ残る時代でした。しかし、彼らに指示を与えるのは、はるか彼方で戦場の現状を知らずに作戦を立てる貴族階級の指揮官たちで、その愚策により多くの若者たちが無駄に命を落とすことになります。
 そうとも知らないスミス家の兄弟たちは戦場で次々に命を落とすことになります。

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