- 山田太一 Taichi Yamada -
<このサイトを生み出した作品>
僕にとって、山田太一の「早春スケッチブック」は、彼のドラマの中でももっとも好きな作品です。なぜなら、そのドラマの登場人物が主人公の青年に語った言葉は、今でも僕の心に強く残り影響を与え続けているからです。
「もし、君が何かを好きになったら、それについてもっと知りたくなるはずだ。芸術だって、人間だって、何だって好きになればなるほど奥深くまで知りたくなるだろう?」
正確なセリフは忘れているのですが、僕の中ではこの時のセリフが今でも心に深くに染み込んでいます。それがこのサイトを生み出し、長く続けさせる原動力になったともいえます。
僕にとっての心の師匠の一人、山田太一について、素晴らしい本が出たのでそれを参考に「脚本家・山田太一とその作品」について書いてみようと思います。先ずは彼の生い立ちから始めます。
<生い立ち>
山田太一は、1934年6月6日東京の浅草に生まれました。実家は当時最も賑わっていた地域、浅草国際劇場前で大衆食堂を営み、繁盛していました。ところが、太平洋戦争の終わりが近い1944年、彼が小学4年の時、突如食堂を閉めることになります。それは空襲による火事の延焼を抑えるため、街に防空帯を作るために立ち退きを余儀なくされたからです。こうして彼は神奈川県湯河原町で少年時代を過ごすことになりましたが、翌年、母親を病気で失うことになります。
1954年、彼は一浪した後、早稲田大学の教育学部に入学。同級生だった寺山修司と親しくなります。
1958年、大学を卒業した彼は松竹の大船撮影所に入社。木下恵介監督などの下で助監督として働き始めました。
1961年、大学の同級生だったNETアナウンサー石坂和子と結婚。その後、二人の間には二男一女が生まれています。
1965年、映画の黄金時代が終わり、テレビの時代が始まったことから、木下恵介は映画からテレビへの活躍の場を移そうと考えます。そのために設立された木下プロに参加するため、彼は松竹を退社します。徒弟制度が残る古い映画界の体質により、彼は最後まで助監督のままで、監督として映画を撮ることはできませんでした。彼にとって、映画の世界は苦い思い出の場所かもしれません。彼のテレビ界でのスタートは、映画界での敗北から始まったわけです。
幸いテレビ界は人材不足もあり、優れた脚本を求めていました。そのため彼は木下恵介アワーからすぐに脚本家デビューすることになります。連続ドラマ「3人家族」(1968年)で注目された彼は、さっそくNHK朝の連続テレビ小説「藍より青く」で大物脚本家の仲間入りをすることになりました。
「記念樹」(1966年)全46回(TBS木下恵介劇場作品)
(脚)山田太一、木下恵介
(出)馬淵晴子、有川博
「3人家族」(1968年)全26回(TBS木下恵介アワー作品)
(演)木下恵介ほか
(出)竹脇無我、栗原小巻、あおい輝彦、沢田雅美
<1970年代>
「二人の世界」(1970年)全26回(TBS木下恵介アワー作品)
(演)木下恵介ほか
(出)竹脇無我、栗原小巻、あおい輝彦、三島雅夫
「藍より青く」(1972年)全312回(NHK連続テレビ小説)
(演)岸田利彦
(出)真木洋子、高松英郎、佐野浅夫、赤木春江、大和田伸也
「それぞれの秋」(1973年)全15回(TBS木下恵介人間の歌シリーズ) (演)井上靖宏、阿部雄三ほか(プロデューサー)飯島敏宏、坂巻武彦
(出)小林桂樹、久我美子、林隆三、小倉一郎、高沢順子、桃井かおり
第6回テレビ大賞本賞、第八回ギャラクシー賞、第14回日本放送作家協会優秀番組賞
<あらすじ>
気弱な青年(小倉)と不良グループに入った妹(高沢)、そして脳腫瘍に冒された父親(小林)と彼につくす妻(久我)。それぞれが問題を抱えて悩むホームドラマ。病が悪化した父親は正気を失い、それまで隠してきた家族への思いを語りだします。 家族に対する怒りや憎しみが明らかにされた時、彼らはどう対応するのか?僕が初めてちゃんと見た山田太一作品です。気弱な主人公に、同じように気弱な青年だった僕は自分を重ねて見ていました。思えば、山田作品の登場人物の年齢が上がるのと、僕が年をとるのとは、着実に重なっていました。
今振り返ると、この作品の時点で、すでに山田流ドラマの基本ができあがっていたました。真面目で気弱な主人公。不良っぽいけどしっかり者の妹。真面目だけが取柄の昭和の父親。うんざりしながらもそんな夫を支え続ける貞淑な妻。不満を抱えた家族がある日突然トラブルに巻き込まれ、混乱の中で新たな関係を築き再スタートを切る。これが、彼のドラマの基本となりますが、主役となる「家族」は常にその時代をある意味象徴する存在として描かれているところがミソです。
「男たちの旅路 第一部」(1976年)全3話(NHK土曜ドラマ山田太一シリーズ) (演)中村克史、高野喜代世志(制)近藤晋(音)ミッキー吉野
(出)鶴田浩二、森田健作、水谷豊、桃井かおり、前田吟
<あらすじ>
民間の警備会社で働くガードマンたちが、その仕事先で出くわす事件やトラブルに立ち向かう人間ドラマ。特攻隊の生き残りという吉岡司令補(鶴田)とその若い部下たちがぶつかり合いながら、しだいに理解しあって行く成長の物語。毎回テーマが変わり、旬の問題が扱われました。(障害者問題、高齢者問題など)1974年のNHK大河ドラマ「勝海舟」において、演出家によって脚本を変更されることに反発した倉本聰がNHKと衝突。番組を途中降板しました。NHKのプロデューサー近藤晋は、この事件の反省のもと、1975年に「脚本家第一主義」を掲げて「土曜ドラマシリーズ」を立ち上げました。そして、そのシリーズから、「男たちの旅路」や「阿修羅のごとく」(向田邦子)などの名作が誕生することになりました。
このシリーズの主役である吉岡司令補を、実際に太平洋戦争で生き残った経験のある鶴田浩二が演じていることには大きな意味があります。
経済成長を続け、世界における「勝者」の地位を獲得しつつあった日本社会にとって、吉岡司令補は、いわば日本人が忘れかけていた「敗戦」という経験の亡霊として茶の間に立ち現れたというべきだろう。
「高原へいらっしゃい」(1976年)全17回(TBS) (脚本)山田太一、折戸伸弘、横堀幸司(演)高橋一郎ほか(プロ)高橋一郎、山田護(音)小室等
(出)田宮二郎、由美かおる、潮哲也、池波志乃、常田富士男
<あらすじ>
高原に立つ打ち捨てられたホテルを再開しようと、新米スタッフを集め彼らを育てるホテルマン(田宮)の苦闘を描いた人間ドラマ。後にリメイクもされました。
「男たちの旅路 第二部」(1977年)全3回(NHK土曜ドラマシリーズ) (演)中村克史、高野喜世志(制)近藤晋(音)ミッキー吉野
(出)鶴田浩二、水谷豊、柴俊夫、五十嵐淳子、池部良
「岸辺のアルバム」(1977年)全15回(TBS金曜ドラマ) (演)鴨下信一ほか(制)大山勝美(プロ)堀川敦厚(テーマ曲)ジャニス・イアン「ウィル・ユー・ダンス」
(出)八千草薫、杉浦直樹、中田喜子、国広冨之、風吹ジュン、新井康弘、津川雅彦、竹脇無我
第10回テレビ大賞本賞、第15回ギャラクシー賞
<あらすじ>
多摩川のそばに立つ一軒家に住む4人家族の物語。付き合っていたアメリカ人男性に暴行され妊娠してしまった姉(中田)は子供を降ろそうとして病院に行き、そこで年上の医師(津川)と恋仲になります。そんなことも知らない母親(八千草)は、仕事一辺倒の夫(杉浦)との関係が冷え切っていて、ある日見知らぬ男性(竹脇)と不倫関係におちてしまいます。
「ぼくは自分がだらしないせいか、どんな風に人が生きたっていいと思っている。
ただ、死ぬこととか、孤独とか、誰かを好きになることとか、人間の根元にあるような問題を小馬鹿にしたような生き方は好きじゃない。・・・」
中田喜子の堕胎処置を行った医師(津川雅彦)
それぞれに秘密を抱えながらも、それを隠そうとする家族に怒りを爆発させる息子(国広)。様々なトラブルを抱え一触即発の家族を大型の台風が襲い、洪水によって家が押し流されてしまいます。
家は?家族は?
「俺は、お前が憎いが、お前を必要としている。生活にさしつかえるから必要としている、というんじゃないぞ・・・
お前を離したくない。しかし、つぐなうというような、なんでもするというような、そんな、へり下ったお前と一緒にいたんじゃない。
いままで通りのお前といたい。」
杉浦直樹の妻への言葉「岸辺のアルバム」は、様々な意味で山田太一の代表作といえます。
(1)家族の崩壊と再生を描いたホームドラマ
家族のそれぞれが不条理なトラブルに巻き込まれ、ある意味あり得ないほど不幸な状況に追い込まれて行く展開は、「それぞれの秋」でもすでに描かれていましたが、この作品では「家」そのものが崩壊してしまうという究極のラストが待っています。
つまり、こうだ。前衛芸術の作家たちは、不条理な作品を観客に投げ出すことで「勝者」の側に立ってしまうところがある。それに対して山田太一は、登場人物たちがドラマという不条理に投げ出されて「敗者」へと転落する姿を描こうとするのだ。だから私たちはそのとき、自分自身の人生のなかでも起きていた不条理な「敗北」を思い出して共鳴する。いわば山田ドラマとは、不条理を投げ出す側ではなく、不条理を受け止める側=「敗者」の視点に立つという独特の不条理劇なのである。
そして、そこまで家族を追いこんでおきながら、彼らが再生できることを描いてみせたことで、山田太一は「偉大という言葉が似合う存在」になりえたのです。
しかし、この「岸辺の原っぱ」の場面は彼らの不幸を幸福に反転させて見せてしまうような力があった。さらに言えば、私はこの岸辺の光景から、戦後日本の焼け跡までも連想した。空襲で焼け野原になって裸で投げ出されていた「敗者」として日本人たちは、しかし同時に戦時全体主義下の「勝利」のための束縛から解放されて、「敗者」でいることの自由と幸福を感じたのではなかったのか。・・・
(2)時代の変化を写し出す社会性のあるドラマ
この作品は高度経済成長下の日本が「家族」を崩壊させつつあるという現実を描写していますが、そこには60年代日本の熱い時代の終焉を見ることも可能なのかもしれません。
だから「岸辺のアルバム」とは、「大学紛争」という政治的季節の終焉の後に、その怒りの気分を家族という私生活の領域に持ち込んだ「家族紛争」を描いたドラマだったともいえる(そう考えると、このドラマのタイトルバックで使われた1974年の多摩川決壊のニュース映像 - 川の濁流に一軒家が根こそぎ流されていく衝撃的な映像 - は、放水を浴びる東大安田講堂や浅間山荘の映像を想起させる)。
(3)テーマ曲として既存の曲を用いたオープニング
山田作品における音楽は、正直それほど重要な存在ではないように思います。ライバルともいえる存在の倉本聰作品の場合は、ドラマの要所にこの曲でなければならないと思える曲を選んでいて、曲と音楽は一体化している部分があります。
それに比べると山田作品におけるタイトルバックのテーマ曲は、ドラマ全体のイメージづけとしては優れていますが、違う曲でもあり得たかもしれません。とはいえ、その選曲の良さがドラマの人気を支える部分でもあり、ヒットさせるための有効な武器になっていたことも確かです。だからこそ、テーマ曲は既存の曲だったのかもしれません。
「岸辺のアルバム」:ジャニス・イアンの「ウィル・ユー・ダンス」
「沿線地図」:フランソワーズ・アルディの「もう森へなんか行かない」
「想い出づくり」:ザンフィルのパンフルート
「ふぞろいの林檎」:サザンオールスターズの「いとしのエリー」
山田作品はけっしてトレンディ―でも、前衛でもありません。しかし、テーマ曲も含めたタイトルだけは「時代性」(トレンド)を用いて視聴者を引き付ける工夫をほどこしています。その代り、「ふぞろいの林檎たち」の場合のように内容とは異なり、「トレンディ―ドラマ」の先駆作と思われてしまうという誤解のもとにもなりかねません。
「男たちの旅路 第三部」(1977年)全3話(NHK土曜ドラマシリーズ) (演)中村克史、重光亮彦(制)沼野芳脩(音)ミッキー吉野
(出)鶴田浩二、水谷豊、柴俊夫、桃井かおり
(第一話)「シルバーシート」(第32回芸術祭大賞)
笠智衆、殿山泰司、加藤嘉、藤原釜足、志村喬
(第二話)「墓場の島」
高松英郎、根津甚八、金井大
(第三話)「別離」
草薙幸二郎、池部良「シルバーシート」
お年寄りとして大切にされているはずの老人たちが電車(都電)を乗っ取り車庫に立てこもってしまい、ガードマンたちが彼らの説得にあたります。なぜ彼らは「立てこもり」という無謀な犯罪に走ったのでしょうか?彼らはそうすることで何を訴えたかったのでしょうか?
そうそうたる顔ぶれの老いたる名優たちの競演が見ごたえたっぷりです。
「墓場の島」
人気歌手(根津)が自分の歌いたい曲を歌わせてもらえないことに反発し引退を宣言しようとします。ここでもガードマンたちがそんな彼の行動を止めようとします。ラストで主人公は引退宣言を撤回しますが、それはスタッフからの意見により変えられたもので、当初の山田太一によるラストシーンでは引退するところで終わっていたといいます。
このドラマの直後、キャンディーズが引退を宣言。山口百恵などアイドルの引退宣言が続くことになり、山田太一は結末の変更を悔やんだといいます。
「沿線地図」(1979年)全15回(TBS金曜ドラマ) (演)竜至政美、大山勝美(制)大山勝美(プロ)片島謙二
(テーマ曲)フランソワーズ・アルディ「もう森へなんか行かない」
(出)岸恵子、河原崎長一郎、真行寺君枝、児玉清、広岡瞬
まったく異なる家庭に育った若い二人が家族の反対を押し切って駆け落ちをしてしまい二つの家族が大混乱するホームドラマ。真行寺君枝は、当時絶頂期でした。結婚して引退しましたが惜しかった。 1986年、僕はトルコへ行った帰りのアエロフロートで偶然彼女のすぐ近くの席に座りました。その美しさは、アエロの通路をふさぐ乗務員のおばさんたちによってさらに引きたてられ、僕は日本人に生まれて良かったと改めて感慨にひたった思いがあります。でも、あんな美しい方が安いアエロフロートのエコノミークラスの席に座っているなんて・・・掃き溜めに鶴・・いや失言でした
「男たちの旅路 第四部」(1979年)全3話(NHK土曜ドラマシリーズ) (演)中村克史、富沢正幸(制)沼野芳脩、後藤英夫(音)ミッキー吉野
(出)鶴田浩二、清水健太郎、岸本加世子、柴俊夫
(第一話)「流氷」水谷豊
(第二話)「影の領域」梅宮辰夫、加藤健一
(第三話)「車輪の一歩」斉藤とも子、京本政樹、斉藤洋介、古尾谷雅人、赤木春恵
障害者の社会進出について真正面から挑んだ作品。車イスではまわりに迷惑をかけているという思いから外に出られない若者たちが一歩を踏み出すまでを描いた感動作。ラストで主人公の少女(斉藤)が「誰か、私を上まで上げて下さい」と階段の前で思い切って声をあげるシーンには本当に感動しました。
斉藤とも子も可愛かったのですが、ブレイク前の斉藤洋介、古尾谷雅人らの脇役も印象深かった。・・・いまや車椅子の障害者たちは、斉藤とも子のように恥ずかしがらないで済むようになった代わりに、通り行く人々とコミュニケートすることがなくなった。障害者は障害者の、健常者は健常者のルートを通って効率的に鉄道を利用できるようになったので、健常者としての私たちは横目で駅員の仕事ぶりを眺めていればよい。確かにそれは基本的には良いことなのかもしれない。
しかしそこには、差別がなくなった代わりに、ドラマもなくなってしまったように思う。
あれから30年以上たちました。時代は変わり、車椅子に便利な駅は増えましたが、それで人の心がつながるわけではありません。皮肉なことです。
<1980年代>
「獅子の時代」(1980年)全51回(NHK大河ドラマ)
(演)重光亮彦ほか(制)近藤晋(音)宇崎竜童
(出)菅原文太、加藤剛、大原麗子、大竹しのぶ、加藤喜
第13回テレビ大賞優秀番組賞
「想い出づくり」(1981年)全14回(TBS金曜ドラマ) (演)鴨下信一ほか(プロ)大山勝美、片島謙二(音)小室等(テーマ曲)ジョルジュ・ザンフィル
(出)森昌子、古手川裕子、田中裕子、柴田恭兵、前田武彦、坂本スミ子、児玉清、佐藤慶、加藤健一
<あらすじ>
三人の普通の独身女性(森、古手川、田中)が偶然同じ詐欺被害にあったことから意気投合。それぞれがまったく異なる人生を歩みつつ、そこから飛び出すための「想い出」を作ろうと新たな人生を模索し始めます。この作品だけではないのですが、山田作品においては配役は非常に重要な役割を果たしています。その時代、その配役であって初めて輝きを放つのもテレビドラマのもつ特徴です。その意味では、山田作品においても、この作品における森昌子や「ふぞろいの林檎たち」の中島唱子、柳沢慎吾などの存在は特に忘れられません。そう考えると、山田作品は再放送よりも、新たな配役によるリメイクの方が意味があるのかもしれません。
つまり山田太一は、個々の役者たちの魅力を念頭におきながら、いかにそれらをテレビドラマとして面白く生かすか、という職人的な意識を持ってこれらの脚本を書いている。決してこれらの作品を、この配役などの同時代性を超えて、普遍的な意味を持たせようとは考えていない。まさに映像作品になった瞬間に自らが消えるべきものとして書いているのだ。・・・
「男たちの旅路 スペシャル 戦場は遥かになりて」(1982年)NHK (演)中村克史(制)近藤晋(音)ミッキー吉野
(出)鶴田浩二、ハナ肇、本間優二、清水健太郎、中原理恵、柴俊夫、岸本加世子
第9回放送文化基金奨励賞
<あらすじ>
何者かが建物に侵入し、破壊を行う事件が連続して起きます。主人公たちガードマンは武器を持たないことから犯人グループに対抗することができませんでした。そのため、吉野は部下たちに闘わずに逃げるよう指示します。しかし、それでは自分たちの存在意義がないと、犯人グループに若手のガードマンが立ち向かい命を落としてしまいます。つまり「君たちは弱いんだ。それを忘れるな」という吉野司令補の言葉を、軟弱な若者たちに対する戦中派による「勝利」の言葉としてではなく、文字通り、どんな人間も弱いからこそ肯定されるべきなのだという「敗者」の言葉として読み替えてしまうこと。それが、このドラマのなかで山田太一が繰り返し挑戦していることだろう。
さらに吉野司令補は部下たちにこう語りかけます。
「本当に強いということは、自分が大勢の敵を前にしては『無力』であることを認め、他人に弱虫といわれることを恐れることなく堂々と逃げることなのだ」と。
言うまでもなく、それは特攻隊員としての吉岡司令補自身が、周囲の大人たちに弱虫といわれることを恐れていた「敗者」に戦後日本の平和憲法を擁護しようとする主張であることもまた間違いあるまい。・・・
この年1982年と言えば、中曽根政権が誕生し、アメリカのレーガン政権とともに日本が急激な右傾化の時期にありました。(2014年にも状況は似ています)この作品は、そんな時代に対するメッセージでもあったはずです。
次作の「終わりに見た街」もまたこの影響から生まれた作品でしょう。
「終わりに見た街」(1982年)全1回(テレビ朝日 終戦記念企画) (演)田中利一(プロ)千野栄彦ほか
(出)細川俊之、中村晃子、なべおさみ、蟹江敬三、ハナ肇、鈴木清順
第15回テレビ大賞優秀番組賞
<あらすじ>
現代を生きるごく普通の家族が家ごと太平洋戦争中の東京にタイムスリップしてしまいます。現代に戻る方法がわからず、そのまま残ることを考えるようになった家族ですが、戦局の悪化にともない自分たちに何かできないのか?戦争の結果を知っていることを使い役に立てるのではないか、と考えるようになります。・・・現代でも毎年8月になると、戦争体験の悲惨さを批判的に描いたドラマや小説がたくさん世に出る。・・・
だから逆に私たちは、戦争体験の話を、自分とは無関係な遠い昔話のように感じてします。・・・そうやって他人事のように過去の戦争体験を眺めてしまう呑気な視聴者や読書に対して、まるで自分たち自身が戦争を体験しているかのような切実さを持って読んだり見たりさせることはできないかのような切実さを持って読んだり見たりさせることはできないか。
そういう狙いが本作を書かせたのだと思われる。
戦時下という現在を生きている人間にとっては、何が正しくて何が間違っているかなど分からない。ただ全力で現在を生きるしかない。そういう姿を戦後日本の立場から見下ろしたように見られるのはたまらないと、と。つまりここで山田は、戦争中に間違って鬼畜米英を信じて死んでいった多くの日本人を、その間違った「敗者」のままで救済しようとしている。
そしてそれは過去の人々を救済するだけでなく、現在の人々を救済することにも通じるはずだ。・・・
このような、勝者の歴史認識とは違った、敗者を敗者のまま救済するような歴史観はないのか、そう山田太一はここで問いかけているのだと思う。
「早春スケッチブック」(1983年)全12回(フジ金曜劇場) (演)富永卓二、河村雄太郎(プロ)中村敏夫(音)小室等
(出)山崎努、岩下志麻、河原崎長一郎、鶴見辰吾、二階堂千寿、樋口可南子
<あらすじ>
普通のサラリーマンの主人公(河原崎)の長男(鶴見)はある日、古い洋館に住むカメラマンの男、沢田(山崎)と出会います。偏屈な沢田に初めは距離を置いていたにも関わらず、少しずつその魅力にひかれていった長男は、ある日、沢田が自分の母親を捨てた人物で自分の実の父親であることを知ります。ところが、彼は不治の病に冒されていて、もう余命がわずかしかありませんでした。
いつしか家族全員が彼からの影響を受けるようになり、平穏だった家庭は混乱し始めます。そんな中、真面目だけが取り柄の長男の父親が、思わぬ提案をします。「山田太一は、芝居によって観客の日常生活や常識を揺さぶろうとした寺山修司の実験的な試みに強く反発した。それは彼がそうやって人々の日常を壊そうとする前衛芸術家たちの立場ではなく、その不条理を突きつけられるふつうの観客の立場に立ってドラマを作ろうとしていたからだと思う。・・・つまり山田太一ドラマは、不条理が描かなかった、日常を壊されたふつうの人々(敗者)のその「後」の生活を描く作品だった。だから彼は、寺山修司や大島渚や萩元晴彦らによる60年代の前衛芸術運動の高まりが消えていった70年代半ばから、際立った作品を書くようになった。・・・」
早稲田で同級生だった友人の寺山修司はこの作品が気に入っていて、毎週欠かさず見ていました。そして観終わると電話をかけてきて感想を述べたといいます。
実は、山田は依然、寺山の芝居を見て、観客を強引に不条理の世界に引きずりこむやり方が嫌いだと言って批判したことがあったといいます。しかし、この作品ではそんな寺山のような芸術家たちへのオマージュが捧げられています。いつも普通の人々を描いている山田作品ですがここでは珍しく「芸術家」をテーマにしています。(実は、僕も寺山修司の舞台劇「観客席」を見て、凄いけど生理的に「嫌だなあ」とも思いました。まあそこが寺山の狙いだったのですが・・・)
「どうせ、どっかに勤めるか?どうせたいした未来はないか?バカいっちゃいけねえ。そんな風に見切りをつけちゃいけねえ。
人間てものはな、もっと素晴らしいもんだ。自分に見切りをつけるな。
人間は給料の高い低いを気にしたり、電車がすいてて喜んだりするだけの存在じゃねえ。
その気になりゃあいくらでも深く、激しく、ひろく、やさしく、世界を揺り動かす力だって持てるんだ。偉大という言葉が似合う人生だってあるんだ。」
沢田(山崎努)
普通の人々を馬鹿にするかのような発言をしていた沢田ですが、家族との出会いによって少しずつ考えが変わり始めます。
「欠点を鋭く指摘して、人にははずかしい思いさせるなんてことは、実に下劣なことです。素晴らしいのは誰にも、恥ずかしい思いをさせないような人格だ」
沢田(山崎努)
寺山修司が70年代を代表する前衛の作家だったとすれば、山田太一は同世代の後衛作家だったのかもしれません。
・・・つまり山田は、政治運動の高揚感が消えていった後の、「シラケ」の時代と呼ばれるような70年代半ばにおいて、まさにその「シラケ」た私生活のなかに抑圧されている感情を見つめ、それをドラマとして掬いだそうとした。その意味でこそ山田太一は、「後衛」の作家なのだ。
「ふぞろいの林檎たち」(1983年)全10回(TBS金曜ドラマ) (演)鴨下信一、井上靖央(プロ)大山勝美、片島謙二
(出)中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、国広富之、高橋ひとみ、小林薫、根岸季衣、佐々木すみ江
第16回テレビ大賞優秀番組賞
<あらすじ>
3人の四流大学の学生が、合コンで3人の女性たちと出会い、それぞれカップルとなり、学生生活から就職までの体験を共有することになります。それぞれが異なるコンプレックスを抱え、彼らはこれからの人生について悩みながら少しずつ成長してゆくことになります。山田作品の中で最もヒットした作品といえるでしょう。放送時、僕自身が大学を卒業したばかりだったので、同時代の青春として感情移入できたので思い入れはおのずと強い作品です。
この「ドラマは、一般的に「敗者」と呼ばれがちな若者たちが、勝ち上がるのではなく「ふぞろい」のままで人生を歩んでゆくドラマとして制作されました。ところが「バブル時代」の影響だったのか、続編では3人もいつしか勝ち組的な人生観に巻き込まれ、「ふぞろい」観が失われてしまうことになります。しかし、それもまた時代を映す鏡でもあるテレビドラマの宿命なのかもしれません。さらにこの作品のテーマ曲となった「いとしのエリー」の大ヒットがこの作品のイメージに大きな影響を与え、日本人の多くにとって忘れられない作品となります。
・・・サザンオールスターズの「いとしのエリー」(1979年)をBGMにして映し出されるあの映像を、ある世代以上の日本人で思い浮かべられない者はいないだろう。しかし、そうしたメディア・イメージとしての社会的な共有は、逆にこのドラマがいかなる作品として作られたかという最初の企画を見えなくさせていると思う。・・・
6人の若者たちがこれからの人生に迷う中、中井貴一の実家で彼の兄(小林)が病弱で姑にいびられてばかりいる妻のために、感動的な宣言をします。
「若いもんが、どうだか知らねえが、世間がどうだか知らねえが
俺は幸子じゃなきゃ嫌なんだ」
小林薫のセリフ
自分たち以上に「敗者」のように扱われていた兄嫁が深く愛されていることを知り、若者たちは「勝者」を目指すことだけが人生ではないということに気づきます。そして、時任は就職に悩む柳沢に「問題は生き方よ」と語りかけます。
いや、というよりも「問題は生き方よ」というそのメッセージは、一度は「勝者」になろうとして苦い敗北を経験した者だけがうっすらと理解できるような、「消極的」なメッセージなのだと思う。だからこのメッセージは、言わばそれ自体が「敗者」なのである。
「敗者」が「勝者」になろうと苦しむのではなく別の生き方で「幸福」を目指すことを選択する。山田太一作品すべてに共通するテーマがここで見事に描かれています。
彼はこのドラマで、「敗者」が「敗者」であるのは自らを「勝者」の視点において見てしまうからであることを明らかにし、その上で、「敗者」たちがその「勝者」の視点の呪縛からいかにして自らを解き放つかという問題を描こうとしているからだ。
別の言い方をすれば、「敗者」が「勝者」に成りあがろうとすることなく、「敗者」のままで自らに誇りを持って生きるとはどんな事なのか。それがここで山田太一が想像している可能性である。・・・
「日本の面影」(1984年)全4回(NHKドラマ・スペシャル) (演)中村克史、音成正人(制)原俊二、中里毅
(出)ジョージ・チャキリス、檀ふみ、津川雅彦、小林薫、樋口可南子、柴田恭平、真行寺君枝(雪女)、田中健
第21回ギャラクシー大賞、第17回テレビ大賞優秀番組賞、第2回向田邦子賞
<あらすじ>
アメリカからやって来たラフカディオ・ハーン(J・チャキリス)は記者とした働いた後、日本人女性(檀)と結婚し、小泉八雲として日本で生涯を閉じました。そんな彼が妻から口伝えで聞いた日本の怪談を彼の人生を交えて映像化した大作ドラマ。「耳なし芳一」「むじな」「雪女」などの名作が見事によみがえります。ラフカディオ・ハーンの作品は今でこそ、日本の伝承文化を語り継いだ貴重な文学作品として高く評価されていますが、発表当時はあまり評価されませんでした。それは日本が国家を上げて西欧化の道を歩む中で、古い日本の文化や慣習は捨て去るべきものと考えられるようになっていたからです。逆にいえば、彼がもしそうした過去の伝承を残すことにこだわらなければ、その時代に「むじな」も「雪女」も消えてしまっていたかもしれません。
なぜ山田は、それほどまでにハーンにこだわったのか。言うまでもなく、ハーンは、日本が近代化の軌道に乗り始めた明治23年に来日して14年後に亡くなるまで、近代化を目指して発展していく日本社会に抵抗するかのように、日本の伝統的な習俗や古い昔話に深い愛着を持ち、それを人類学的ともいうべき繊細な観察眼で記録し続けた人物だからだろう。ハーンは、いわば「キツネに騙される日本人」たちを愛し、記録に残した貴重な人間なのだ。
ハーンの仕事が口伝えの伝承を未来に残す仕事だとすれば、山田太一はテレビ・ドラマによって消え去りつつある日本の家族を残そうと試みているのかもしれません。さらにいうと、ハーンが主人公を妖怪たちの世界に立たせることでドラマを展開させたのに対し、山田は家族に不条理な事件や環境を与えることによってドラマを展開させています。
山田太一が優れた作家であるのは、彼自身が怪異譚を意識して書く以前に、このようなリアリズム作品のなかに怪異譚を忍びこませてしまっていたからだと思う。・・・つまり山田太一は、人間に化けたキツネとして、私たちをうっとりするような神秘の世界へと引きずり込もうとしたのである。(例えば、「岸辺のアルバム」で八千草薫が見知らぬ男の電話に惑わされたように、「早春スケッチブック」で主人公が洋館に住む謎の男にひかれてしまったように・・・)
「輝きたいの」(1984年)全4回(TBSドラマ) (演)生野慈朗(プロ)大山勝美ほか
(出)菅原文太、和田アキ子、三原順子、ジャガー横田、今井美樹
<あらすじ>
普通の人生を歩んでいた少女たちが女子プロレスラーを目指し、それぞれのドラマを展開する青春スポ根ドラマブレイク前のあの今井美樹が女子プロレスに挑戦していました!思えば、アイドルでもなくアスリートでもない「女子プロレス」というスポーツは、それだけで「敗者」のスポーツに見られがちです。そんな世界でも、輝けるのか?そこがこのドラマのポイントです。この作品、僕は好きでした。今井美樹の「輝き」はすぐに彼女をブレイクさせることになりました。だって本当に彼女かわいかったですから・・・。
なぜ山田太一は女性たちが家庭の抑圧された地位から抜け出して社会で光り輝く姿を描くのに、わざわざ女子プロレスなどという胡散臭い職業を選んだのだろうか。・・・
実は山田が女子プロレスを選んだのは、菅原文太の言うこととは正反対に、彼女たちが派手な反則や水着で男性客を喜ばせなければならない見世物としての宿命を背負っているからだろう。彼女たちは、いかに本筋で強くなりチャンピオンになっても、観客に楽しんでもらわなければ興業として成り立たない。
「ふぞろいの林檎たちⅡ」(1985年)全13回(TBS金曜ドラマ) (演)井上靖央、大山勝美、鴨下信一(プロ)片島譲二
(出)中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、国広富之、高橋ひとみ、小林薫、根岸季衣、佐々木すみ江1作目の大ヒットにより続編のオファーは当然でした。しかし、コンプレックスの塊だった主人公たちは前作で成長を遂げ、大人になってしまっているだけに続編でも同じようにドラマを展開できるかが問題でした。ここでは就職して、職場で現実社会と対峙して苦しむ姿が描かれます。そして、まわりの人々の生き方にもスポットを当ててドラマを展開させることにもなります。国広&高橋のカップルもまたこのドラマの重要な存在でした。(高橋ひとみは本当に謎めいていて魅力的な存在でした)
山田太一のドラマでは、訪問者がいざ帰ろうとする間際になって、何かのドラマが始まってしまうことがある。「じゃあ」とか「さよなら」といった台詞を誰かが言ったところで、その相手がドラマにとって重要な台詞を語り始めるのだ。いわば「さようなら」という言葉自体が相手の感情を強く喚起し、それまでもやもやした心の中の思いが言葉として表出されるのだ。
「ふぞろいの林檎たち」において高橋ひとみに出て行かれた国広冨之を中井貴一が訪ねた時の会話より
「シャツの店」(1986年)全6回(NHKドラマ人間模様)
(演)深町幸男(制)近藤晋
(出)鶴田浩二、八千草薫、佐藤浩市、平田満、杉浦直樹
「深夜にようこそ」(1986年)全4回(TBS金曜ドラマ)
(演)大山勝美(プロ)大山勝美、市川哲夫
(出)千葉真一、名取裕子、松田洋治、富士真奈美、松本伊代
「友だち」(1987年)全6回(NHKドラマ人間模様)
(演)深町幸男ほか
(出)倍賞千恵子、河原崎長一郎、井川比佐志、菅井きん
映画「異人たちとの夏」(1988年)(同名タイトルの小説は1987年) (監)大林宣彦(製)杉崎重美(プロ)樋口清(原作)山田太一(脚色)市川森一(撮)坂本善尚(音)篠崎正嗣
(出)風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、名取裕子、永島敏行、ベンガル
<あらすじ>
マンションで一人暮らしをする作家がある日、かつて住んでいた下町を散歩していると、今は亡き父親の幽霊に出会います。なぜか若い頃の姿の父親は、彼を家に招き、そこで彼は母親とも再会します。あり得ない幽霊との出会いに驚く主人公ですが、なぜか怖いというよりも懐かしさを感じてしまいます。いったい二人は何者なのか?
原作の小説は、山田周五郎賞を受賞し、山田太一の作家としての実力を証明しました。この小説を押した野坂昭如はこう感想を述べています。
「この小説、僕は全くお化けの話とも何とも思わなかったですね。ごく普通にこういうことはあり得ないという、現実の小説として読みました。ふらふらと浅草へ行ったら、そこに死んだお父さんとお母さんがいて、昔とまったく同じようにやってくれるというような願望、これはきわめて現実的で、かなり普遍性を持った願望じゃないか。・・・」
「黄泉がえり」(2003年)、「いま、会いにゆきます」(2004年)など、霊界との交信的な映画は21世紀に入り数多く作られますが、この作品は先駆的作品でした。こうした時代の先を行く作品が多いのも山田作品ならではです。人生の敗者となり、両親の幽霊に遭遇した主人公が最初に考えるのは、いままで冷たく接していた自分の息子・重樹に対して優しく接し直そうとすることである。「ここへ来て私は両親の愛情にたっぷりとひたっている。それは重樹に返すべきだと思った」
人間は自らが敗者であることを認めたとき、自分がこれまで他人から受けていた優しさという負債の存在に気づき、それを別の誰かに対して返済しようと考える。それこそが文化の伝承というものだろう。幽霊は、いわば死者たちに返しきれない負債を抱えているという自分たち生者の側の後悔と切なさが生み出す幻覚なのだ。だから敗者だけが、優しい幽霊に遭遇することができるのである。
ただし山田ドラマは、過去を懐かしむだけではなく過去にこだわることによって、未来を変えようと試みえいる点で、他の多くのノスタルジーものとは大きく異なると言えます。それどころか、時代はバブルのピーク、当然、人々は未来を語ることに忙しく過去を懐かしむ状況にはありませんでした。そのため、ドラマはトレンディ―ものがヒット。この作品のように過去を振り返るものは皆無でした。この作品の映像化もテレビではなく映画だったからこそ可能だったのかもしれません。
つまりポストモダン期は、社会全体がいまだ到来していない未知の何かへの期待に胸を膨らませるような時代だったため、そのような徴候的ドラマが流行したのだと思われる。
こうしたドラマに対して山田太一のドラマは、明らかに過去を志向する余韻的ドラマだっただろう。これから起きる何かに期待を持つというよりは、もう終わってしまった過去の出来事にぐずぐずとこだわることからドラマが展開していくのだ。
「なつかしい春が来た」(1988年)フジテレビ新春ドラマ・スペシャル
(演)富永卓二
(出)益田喜頓、長岡輝子、杉浦直樹、八千草薫、西田敏行
<1990年代>
「ふぞろいの林檎たちⅢ」(1991年)全11回(TBS金曜ドラマ)
(演)鴨下信一、大山勝美ほか(プロ)大山勝美
(出)中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、国広富之、高橋ひとみ、小林薫、根岸季衣、佐々木すみ江
ここまで来るとこのドラマは続けることに意義がある存在になりつつあったのかもしれません。同時代のドラマと比較するとまさに「都会版 北の国から」といった感じです。
「悲しくてやりきれない」(1992年)TBS月曜ドラマ・スペシャル (演)(プロ)高橋一郎(テーマ曲)おおたか清流「悲しくてやりきれない」
(出)名取裕子、役所広司、柄本明、根岸季衣
<あらすじ>
絵本の店を始めようと貯めていた貯金を盗まれたOL(名取)が、盗んだ男(役所)を共同出資者の工場経営者(柄本)と追いかけ、二人旅をすることになります。ところが、盗んだのはその男ではなく、出資者の男も実は・・・。そう。このドラマの筋立ては確かに非常識で馬鹿げている。だがそうでなければ、わくわくするようなドラマなど始まるだろうか。日常生活では決して交わしたりするはずがない人間同士が、不合理な設定のなかで無理やり出会わされたときに、初めてその状況に適応することで作者に思いがけないような魅力を発揮し始める。だからドラマ作家としては、物語のどこかに非常識な設定を仮構するしかないのだ。
その究極的な存在として、「水戸黄門」や「名探偵コナン」がありますが、彼らは自分がそんなあり得ない状況にいることには気づいていません。それに対して山田ドラマの登場人物はそのことに気づいて巻き込まれている分、ずっとリアルに感じられるのです。不条理な状況に追い込まれた主人公がどうするのか?これもまた山田ドラマの基本です。
「丘の上の向日葵」(1993年)全12回(TBS日曜劇場)
(演)清弘誠ほか(プロ)堀川とんこう
(出)小林薫、島田陽子、竹下景子、葉月里緒菜
「ふぞろいの林檎たちⅣ」(1997年)全13回(TBS金曜ドラマ)
(演)井上靖央ほか(プロ)大山勝美
(出)中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚理美、石原真理子、中島唱子、国広富之、高橋ひとみ、小林薫、根岸季衣、佐々木すみ江
<2000年代>
「終わりに見た街」(2005年)
(演)石橋冠
(出)中井貴一、木村多江、成海璃子、窪塚俊介
1982年同名作品のリメイク
「本当と嘘とテキーラ」(2008年)テレビ東京 (監)松原信吾(チーフプロ)佐々木彰
(出)佐藤浩市、夏来エレナ、樋口可南子、山崎努、柄本明、戸田菜穂
芸術祭優秀賞、民間放送連盟最優秀賞
企業のトラブル時に記者会見でどんな対応をすればよいか。最近急に増えた企業の謝罪会見のコンサルタントというタイムリーな仕事にスポットを当てた作品。そんな「嘘」を仕事とする人が、実人生でどんな生き方を選択するか。・・・同様にこのドラマを通して私たちは、もはやメディア上の「謝罪会見」をただの儀式として見ることはできなくなるだろう。たった一つの謝罪会見の中にも、様々な関係者の異なった思いがその背後で渦巻いている。そのように私たちは想像力を働かすように促される。つまり山田太一は、誰もが嘘をつく「勝者」の役割を演じることで逆に「敗者」となってしなう社会を、その傷ついた「敗者」の共同体のまま救い出そうとしている。それこそが、現代社会にふさわしい「敗者の想像力」と言うべきだろう。
「ありふれた奇跡」(2009年)全11回(フジテレビ)
(演)岡島大輔ほか(プロ)中村敏夫
(出)仲間由紀恵、加瀬亮、八千草薫、陣内孝則、風間杜夫、井川比佐志
「沿線地図」を思わせるまったく異なる家庭に育った男女(仲間、加瀬)の恋愛を描いた家族のドラマ。風間杜夫の変身が衝撃的。
<2010年代>
「キルトの家」(2012年)全2回(NHK土曜ドラマ)
(演)本木一博(制統)近藤晋
(出)山崎努、杏、松坂慶子、余貴美子、三浦貴大、佐々木すみ江、緒本順吉、正司歌江、緑魔子、北村総一郎
一人暮らしの高齢者ばかりになりつつある都内の団地を描いた人間ドラマ。ブレイク直前の杏と松坂慶子が魅力的です。
「時はたちどまらない」(2014年)テレビ朝日
(監)堀川とんこう(制)内川聖子ほか
(出)中井貴一、柳葉敏郎、黒木メイサ、樋口可南子、橋爪功、吉行和子、岸本加世子、倍賞美津子
東日本大震災で被災した二つの家族を対比させながら描いたスペシャル・ドラマ。
彼は少年時代に疎開先で戦争の混乱期を過ごし、青春時代は戦後復興期と重なりましたが、60年安保の混乱期にはすでに彼は26歳で仕事に忙しく、反体制運動どころではありませんでした。さらに70年安保の時はもう30代半ばになっており、青春時代はとうに終わりを迎えていました。
また彼が映画界で働きだした頃、映画の黄金時代は終わりを迎えていて、彼は結局一本も映画を撮ることができませんでした。
そう考えると、彼は激動の時代を主役になることなく通りすごしてきたともいえます。そんな彼の友人が天才、寺山修司だったというのは、実に象徴的です。早熟の天才として早くから様々な分野で活躍していた寺山は、彼にとって「早春スケッチブック」における山崎努のような存在だったのかもしれません。寺山がその後すぐに、山崎努と同じように病によってこの世を去ったことを考えると、それは偶然とは思えません。
彼は天才と呼ばれることはあまりない気がします。そこは向田、寺山と大きく違うところかもしれません。それは彼自身がごくごく普通の人(見た目も言動も)であり、普通の人として作品を生み出し続けているように見えるからかもしれません。だからこそ「普通の人」が見るテレビというメディアにおいて、彼は「偉大な仕事」を成し遂げてきたと考えれば納得できる気がします。
でも、もしかすると彼は「普通の人」の顔持つ「異界の存在」なのかもしれない・・・そんな気もするのですが。
「むじな」のような・・・
「あきらめないで頑張れ」と人はよく言うが、頑張れば何でもできるというのは幻想だろうと、と。人間の能力は生まれつき不平等なのだから、誰もが成功者(勝者)にはなれるわけではない。それなのに「頑張れば夢はかなう」と少数の成功者が言い続けると、成功できなかった多くの人間(敗者)が挫折感を抱えて病んでしまうことになる。それよりも、多くの人が前向きに生きるためには、自分の可能性を断念して生きていくことを説くことの方がずっと重要なのだ、と。
月刊「ビジネスアソシェ」2008年2月19日号における山田太一の発言より
最後に、恥ずかしながら山田太一師匠に捧げる詩を書いてみました。
と言いたいところですが、実は仕掛けが・・・偉大なる脚本家へのオマージュです。
「四季を旅する人々」
「春から夏へ」
春までの祭りが終わり、なつかしい春が来た
早春スケッチブックを携えた春の一族は、さくらの唄を歌いながら、表通りへ抜ける地図をたよりに藍より青い海をめざして旅に出る
小さな駅で降りると、そこには記念樹が植えられていて、彼らは夏の故郷と再会する
「夏から秋へ」
河を渡ったあの夏の日々を思いながらなつかしき海の歌を歌う夏の一族は、岸辺のアルバムを閉じると、高原へいらっしゃいの声に誘われて旅に出る
旅の途中で出会った遠い国から来た男は、本当と嘘とテキーラ、そして真夜中の匂いを残して去っていった
彼らのような男たちの旅路は、いったいどこまで続くのか?
それは沿線地図に載っていた終わりに見た街なのかもしれない
「秋から冬へ」
悲しくてやりきれないそれぞれの秋が来て、ふぞろいの林檎たちが育つ頃、秋の一族はいちばん綺麗なときを感じながら、やがて来る日のために冬構えをし始める
空を見上げると、そこには星ひとつの夜
あなたがもし、あの星のように輝きたいのなら、ありふれた奇跡を信じて、時にはいっしょに想い出づくりをしましょう
最後に一言
あなたが大好きです
<参考>
「敗者たちの想像力 脚本家 山田太一」 2012年
長谷正人(著)
岩波書店